189 特別編・エマ② それが運命の分かれ道
百八十九話 特別編・エマ② それが運命の分かれ道
『恋だよ!! ユー、恋しちゃいなYO!!』
高校1年の時からの友達・松井ユリの言葉をスマートフォン越しに聞いた楓はとある男子の姿を脳内で思い描く。
それはまだ1度も同じクラスになったことのない野球部所属の北山ゴウ。
特にそこまでイケメンというわけでもなく、女子間で行われる恋バナにも一切名前が出てこないほどの人気のなさ。
一体どこがいいのかと聞かれた場合、楓もすぐには説明できない。
『……楓? おーーい』
「……! あ、ごめん。 ぼーっとしてた」
『なにー? 実は気になってる男子とかいるってことー?』
声からでも分かるほどにニヤニヤとした声色でユリが楓に問いかけてくる。
「え、あ……いや、別にそういうわけじゃ」
『えーー。 いいじゃん教えてくれてもー! ユリ、楓の恋が上手くいくように応援するよー?』
「あのさ、だからね……もし私に好きな人がいたとしても、そう簡単には教え……」
ーー……あ、そうだ。
ユリと話している途中で楓はあることを思い出す。
【世に出てちゃんと売れるまでは恋愛禁止】
これは楓のようにまだ芽の出ていないモデルの卵たちをまとめて面倒みてくれているマネージャーの言葉だ。
確か……もし売れる前に恋人が発覚してしまうと、必死の思いで獲得したファンが一気に離れてしまう危険性がある……だとか、もしその後別れた場合、プライベートな写真や出来事をばら撒かれてしまうこともあるから……だったかな。
実際に楓の先輩たちの代では内緒で恋人を作っていた子が彼氏とデートしているところをファンに撮られてネットで晒されて人気が一気に落ちた……という例もあるらしい。
『んん? 楓? どうしたの? それでさ、楓の好きな人って……』
「あーー、ユリごめん。 私好きな人いないわ」
『えええええ』
楓は素早くユリとの通話を「ていうかもう寝るね」と伝え終了させるとベッドの上で寝転んだまま、ただボーっと天井を見上げる。
「恋愛したら、そもそも今までやってきたことが水の泡じゃん」
小さく呟くと再び脳裏に北山の姿が浮かび上がる。
そういや何がきっかけで北山のことを認知したんだったっけ……楓はそんな北山との出会いを思い出しながら瞳を閉じた。
◆◇◆◇
それは今から少し前の高校1年の終わり頃……学年末の三者面談の時期。
部活終わりの楓が「この後も事務所に寄るのか……」と肩を落としながら校門を出ると、近くで言い争いをしている親子を見つける。
どうやら進路の件で揉めているようだ。
「だからお前は普通に高校生活を過ごしてウチの店を継げばいいんだよ! 何がウチを継ぎたくないだ……だったらウチの店はどうなる!」
父親らしき男性が半ばキレ気味に制服を着た息子であろう男子に怒鳴りつけている。
「知らねえよ! 俺は野球を頑張って……推薦で都会の大学に行くんだ! もし無理だとわかった場合は勉強を頑張ってでも都会……いや、ここから離れた大学に行く!! そしてやりたいことをそこで見つける!! 意地でも店を継ぐもんか!」
男子も負けじと父へと反論。
2人の言い争いは次第に激しさを増していき、周囲に人が集まり始める。
「あ、楓いたんだ。 ねぇねぇ、あれめっちゃ怖いね」
2人の言い争いを覗きにきたユリが楓に話しかけてくる。
「あ、ユリ。 ……え、怖い?」
「え、怖くない? だってこんな公の場で怒鳴りあってるんだよ」
ユリが信じられないといった表情を2人へと向けながら楓に問いかける。
「あー、まぁ……そうだね」
楓はユリからの質問に適当に返すと再び視線を2人の親子へと戻す。
「ねぇユリ、あの男子って名前なんて言うんだろうね」
「え、楓知らないの? あれ隣のクラスの北山くんだよ」
「ーー……北山くん」
◆◇◆◇
「あー、そうだ。 私、北山くんの……自分のやりたいことにまっすぐな姿勢に惹かれたんだ」
あれから北山とは関わったことは1度もないし、話したいなと思ったこともない。
ということは……これは恋ではなく尊敬?
楓はそっと自分の胸に手を当てながら北山を思い浮かべてみる。
「うん……ドキドキしない。 なんだ、これ恋じゃなかったんだ」
少し寂しい反面ホッとした楓はそのまま眠りに落ちたのだった。
そして翌日。
「楓ーー!! 学校遅れるわよーー!!」
「ーー……ん」
一階の階段下から叫ぶ母親の声で目を覚ます。
手元にあったスマートフォンで時間を確認するとそろそろ家を出ないといけない時間。
「うわああああ!! 私、あのまま寝ちゃったんだあああ!! まだお風呂も入ってなかったのにーー!!!」
飛び起きた楓はお風呂へと直行。
急いでシャワーを浴びて制服に着替え、朝食を食べずに家を出る。
「ーー……ん?」
スマートフォンを握りしめた状態で走っていた楓は途中でそれが振動していることに気づく。
走りながら確認するとマネージャーからだ。
【受信・マネージャー】今日の夕方、真夏のコーデ特集のモデルオーディションがあるので来るように。
「ーー……オーディション」
どう返信しようかと一瞬困惑するも、今は返さずに学校に間に合うよう全力で走ることを選択。
結果朝礼の時間ギリギリで教室に到着した楓は、なんとか遅刻を免れたことによりホッと胸をなでおろしながら自分の席へと向かう。
「小山さん大丈夫? ギリギリじゃん」
「うん、ちょっと昨日の夜話し込んじゃって」
楓はまだ名前もちゃんと覚えていない子に「あはは……」と愛想笑いをしながらゆっくりと着席。
しかしその瞬間、楓は妙な違和感を覚えた。
あれ、なんか椅子が……というよりお尻の辺りがいつもよりひんやりしてる。
ていうかこの感覚って……
「!!!!!」
ああああああ!!! パンツ履いてくるの忘れてたあああああ!!!!!
本日中にもう1話書けそうな勢いなので本日20-21時くらいを目安にまた出します!!