188 特別編・エマ① きっかけ
百八十八話 特別編・エマ① きっかけ
翌日の早朝。
エマの起きる音で目を覚まし、スマートフォンで時間を確認すると朝の5時半。
まだ誰も起きていないようなのでオレも隣で寝ている結城を起こさないよう慎重に布団から出る。
あぁ……一晩中結城と同じ布団で寝ていたからなのか、心なしかオレの肌にも結城の香りがほのかに染み付いているぜぐへへ。
自分の腕の香りを嗅ぎながら立ち上がると、それに気づいたエマが「何やってんのよ」とツッコミを入れてくる。
「いいだろ別に。 匂い嗅ぐくらい」
「はぁ……ほんっと変態よね。 ほら、さっさと着替えて外に行きましょ」
オレはエマとともに素早く着替えると、皆を起こさないよう慎重に部屋を後にした。
あ、ちなみに高槻さんはエマたちの布団の中でぐっすり寝ていたよ。
◆◇◆◇
「うおおお!! 寒みいいいい!!!」
ロビーを通って外へと出ると冷たい風がオレたちに吹き付ける。
「昨日の夜に出てたらこれよりもヤバかったはずよ」
「なるほど……それは確かに風邪コースだな」
オレは途中自販機で買った温かい飲み物をエマに渡すとどこで話をするのかを尋ねる。
「そうね、じゃああそこがよさそうね」
エマの指差した先に視線を向けるとそこは24時間誰でも利用することのできる足湯エリア。
もちろんこんな早朝だ。 利用している人はおろか、その周辺に人の姿は見えない。
「確かに、あそこならゆっくりと話せそうだな」
「でしょ」
◆◇◆◇
「そうだな、何から話したらいいかな……」
足をお湯につけたリラックス状態のエマが遠くに視線を向けながら小さく呟く。
「ねぇダイキ、話、ちょっと長くなるかもしれないけど大丈夫?」
「あぁもちろん。 オレは話してくれるだけで嬉しいよ」
「まぁこれ信じてくれるのもダイキだけだし、この東北旅行だって来られたのはダイキのおかげなんだから。 そのくらい話すわよ」
エマは「ふふっ」と大人びた笑みをオレに向けると、当時……小山楓だった時の話を懐かしみながら話し出した。
「あれはエマが……小山楓が高校2年の最初の頃だったかなー……」
〜特別編・エマ〜
「ねぇ、聞いたんだけどさ、小山さんってモデルしてるの?」
高校2年生になってすぐ。
クラス替えで隣の席になった初対面の女子が興味津々な表情を浮かべながら黒髪ポニーテールの少女……小山楓に尋ねる。
「う、うん。 でもまだ雑誌にも載ったことないんだけどね」
「え、そうなの?」
「そうだよ。 スカウトされたのはいいんだけど、そこからオーディション結構落ちちゃっててさ」
楓が地元の芸能事務所からスカウトを受けたのは高校1年生の夏。
今までの代わり映えしない日々を変えれるかもと思った楓は渋る両親を説得して芸能事務所に所属。 そこから華やかな生活が待っているのかと思いきや……
【不採用】・【不採用】・【不採用】
受けるオーディションは全滅。 結果、普通の女子高生と何一つ変わらない日々を送っていたのだ。
落ちる理由はわかっている。 そう……人見知り。
昔から知らない人と関わることが苦手だった楓だったので、試しに写真を撮る……と言われても緊張して自然な笑顔が作れなかったのだ。
「え、オーディションってそんなに厳しいんだ。 大変だねー」
「ーー……うん」
◆◇◆◇
「あーあ、部活終わったらまた事務所だよー。 多分オーディションの話だ」
昼休み。 1年の時に同じクラスで仲良しだった女子……松井ゆりに愚痴を漏らす。
「え! 楓、今日バスケ出来るの!? だったら顧問めっちゃ喜ぶよ!」
赤みがかったショートヘアーで低身長の松井ユリが寝癖という名のアホ毛をリズミカルに揺らしながら楓に顔を近づけてくる。
「でも顧問の先生、怒らないかな。 あんまり参加してなかったけど」
「大丈夫だって! だって顧問も知ってるじゃん、楓がモデル目指してるって! それに中学の頃からバスケをしてた子ってあんまりいないもん。 だから楓は貴重な戦力なんだよ!」
「あーあ、もうオーディション受けても落ちるだけだし、モデル諦めてバスケに専念しよっかなー」
「でも楓頑張ってるじゃん! 大丈夫、ユリは応援してるよ?」
「ーー……うん。 ありがとう、ユリ」
結局その日の放課後、部活帰りに事務所に寄ると案の定オーディションの話。
もちろん楓は受けてはみたものの、後日送られてきた結果は予想通りの不合格だった。
◆◇◆◇
『ねぇ、楓は何がそんなに緊張するの?』
不合格通知を受けた日の夜。 楓はそのことをユリにメールで報告。
するとすぐに電話がかかってきた為今こうして話をしているのだ。
「うーん、人も苦手……なんだけど、カメラのレンズも怖いんだよね」
「怖い?」
「うん。 なんかこれは仕方ないのかなって思うんだけどさ、脚を強調するときって脚にレンズを向けるでしょ? その時に『あぁ、今脚を見られてるんだ』って思うとどうも気持ち悪くてさ」
楓はその現場を思い出し軽く身震いをしながらユリに話す。
『そうなの? でもいいじゃん、楓、脚細くて綺麗だし。 もっと自信持って見せつけちゃいなよ』
「それができたら苦労しないよぉ……」
楓はスマートフォンを耳に当てたままベッドの上で仰向けに寝転がり自分の脚を見つめる。
『ユリは……楓が自信さえ付けたら無敵な気がするけどなー』
「え?」
『だってバスケの時の楓はめっちゃ堂々としててかっこいいもん。 身長もいい感じにあるし動きも俊敏だし……こう、迷いがないって言うのかな。 シュート打つ時に相手が妨害してきてもまったく怯まないじゃない』
「まぁ……うん」
『それってさ、バスケをやっている自分に自信があるから……じゃないの?』
「ーー……自信?」
楓はぼんやりと試合をしている時のことを思い出す。
自信……確かにそうなのかもしれない。
バスケの場合、自分は中学3年間をバスケに捧げてきたという事実がある。 だからそれが自信となって試合にも表れているのかもしれない。
楓が1人で納得しているとスピーカー越しから『あああ!! そうだあああ!!!』とユリのどでかい声が聞こえてくる。
「ちょっとユリ!? どうしたの!?」
『ユリ、思いついちゃった!! 楓がどうやったらバスケをしてない自分に自信が持てるか!!』
「え?」
『恋だよ!! ユー、恋しちゃいなYO!!』
「えええええええええ!?!?!?」
お読みいただきましてありがとうございます!
とうとう語る時がきましたねエマ編!!
あの行動には意味があった……それが次回かその次あたりで分かることになると思います!!
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