154 神と犬とドM
百五十四話 神と犬とドM
どうしてこうなったのだろうか。
放課後の誰もいない廊下でオレは目の前に広がっている光景をただただ呆然と眺める。
そう、そこには……
「花江、ほら歩く」
「わ……わんわん!」
「ーー……」
前のダイキの想い人でありながら謎の脅迫手紙の犯人・水島花江が四つん這いとなり、彼女が背負うランドセルに縄跳びの紐をくくりつけてそれをリード代わりにしながら後ろを歩いている神様……いや、与田美香。
あの一件から水島の脅しはパッタリと消え、オレはおかしいと思えるほどの平和な小学生ライフを送っていたのだが……
「えっとその……何やってんだ」
オレは水島と美香を交互に見ながら尋ねる。
「ご……ご主人様」
水島が顔を赤らめながらオレを見上げると美香がリードをクイっと引っ張る。
「きゃうんっ!」
「だめ。 今は美香がご主人様」
美香が後ろから無表情のまま唇を僅かに尖らせて水島に視線を向ける。
「す、すみませんご主人様……」
「違う。 犬は、ワン」
「わ、わんわん……!」
「うん、いい子。 よしよし」
美香が嬉しそうに水島の頭を撫でる。
ーー……って、
「なにやってんだ美香ああああああああ!!!!」
オレは水島のランドセルから縄跳びを外し、水島をその場で座らせた後に美香に縄跳びを押し付ける。
「なに?」
「それはこっちのセリフだ! なんで美香お前、勝手にオレの奴隷で遊んでんだよ!!」
オレは水島を指差しながら美香に問い詰める。
「だってあの時、ダイキが『美香もする?』って聞いてきたから」
「それはあの時限定だろ分かるだろ!! それにこんなだだっ広いとこでやってんじゃねえよ……他のやつに見られたらどうすんだよ!!」
もし担任やら他の教師にでも見られたりしてみろ、苦し紛れに水島の動画も見せて抵抗したとしても、上手くいって喧嘩両成敗ってところだ。
「なるほど、そこまで考えてなかった」
美香は「なるほど確かに」と軽く頷きながら周囲を見渡す。
「大丈夫。 今は誰もいない」
美香がピシッと親指を立ててオレにドヤ顔を向ける。
「あのな美香、『今は……』とか、そういう問題じゃねえんだよおおお……」
やっぱり中身は神様……オレからしたら超重要な事柄でも、神様からしたらほんの些細なことなのだろうか。
人間とは思考回路が違うんだなぁ……。
オレは大きくため息をつくと後ろにいる水島の方を振り返る。
「えっと、水島」
「わ、わん?」
「あ、えっとすまない。 犬って設定はあの宿泊学習の時だけだ。 だから今は普通に話してくれて構わない」
そう声をかけると水島は信じられないような目をしながら小さく口を開く。
「ーー……え?」
あー、これはオレが知らない時にも美香のやつに遊ばれてたパターンだな。
美香の体が少し動くたびに水島の体もそれに反応している。
「そうだな……とりあえずこの件に関してはちゃんと話しときたいから、水島に美香、今から教室行くぞ。 この時間なら誰もいないしな」
「わかった」
「わ……うん」
こうしてオレを先頭にオレたち3人は教室へと向かったのだが……
「お、おい水島」
オレは声を震わせながら振り返る。
「な、なにかな」
「犬の設定はもうやらなくて良いっつってんだろ! なんでまだ四つん這いで歩いてんだよおおおおお!!!!」
そう……なぜか水島はリードもつけていないのに美香の隣にくっつくように四つん這いで歩いていたのだ。
オレは水島に突っ込みを入れながら手を差し伸べる。
「わ、わん!」
「え」
まさかの行動。
水島はオレの手を掴まず、あろうことか自身の手を軽く握った状態でオレの手の上にポスンと乗せる。
「ーー……なにやってんの水島」
「ああああ、ご、ごめんなさい! 私、てっきり『お手』かと……!」
こんにゃろう!!
オレは即座に美香を睨みつける。
「まさに神ブリーダー。 神だけに」
「面白くねえよ!!」
まったく……水島はオレの奴隷だっていうのによ!
「水島、とりあえずほら」
今は美香に何を言っても無駄だと感じたオレはもう片方の手を水島に差し出す。
「わんっ」
すると水島は再びオレの手の上に反対の自身の手を乗せる。
「おい」
「うわあああごめんなさい! 体が勝手にーー!!」
「あーもう仕方ねぇな!!」
オレは水島の両脇に手を入れて無理やり立たせようと試みる。
ーー……ん、なんだ?
水島からの熱い視線を感じる。
「ふ、福田くん」
「なんだ?」
「こ、ここでするの?」
「ーー……は?」
なにを言ってんだこいつは。
オレが頭上にはてなマークを浮かべていると、後ろから美香の「さすがダイキ」の声が。
「どうした美香」
「その格好をさせるとは、ダイキも分かってる」
「だから何が……」
「その水島花江のポーズは美香が教えた中でも一番こだわった芸」
美香は自慢げな表情で水島を眺める。
「こだわった芸?」
「そう。 見ててダイキ。 これが美香の自信作……」
そう言うと美香はゆっくりと水島の下半身を指差しーー……
「ちんt……」
「やめろおおおおおおい!!!!」
オレは美香の指示で腰を前後に揺らそうとする水島を無理やり止めにはいる。
ていうか水島も何でそう従順に美香の指示に従うんだよ!!
あと、ちょっとだけ嬉しそうな顔するんじゃねえ!!
「もういいから早く教室にーー……」
オレは深いため息をつきながら視線を水島から外した……その時だった。
「え」
「え?」
なぜかそこには今いるはずのない人間……西園寺の姿が。
「えっと……福田、くん? なにしてるの?」
「え、あ、西園寺……どうしてまだ学校に?」
「ちょっと調べ物があって図書室寄っててさ。 その帰りだったんだけど、これって……」
西園寺がゆっくりとオレの目の前で股を開いて爪先立ちをしている水島へと視線を向ける。
こ……これはどう説明すればいいのか。
「えっと、福田くんと同じクラスの水島さん……だよね?」
「あ、4組の西園寺さん……」
水島が未だ若干腰を動かしながら西園寺を見上げる。
「それと……そっちのメガネの子は?」
西園寺が美香を見ると、美香は眼鏡をキラリと光らせながら自己紹介。
「美香は、与田美香。 3組」
「あ、あぁ、そうか、与田さんだ。 ごめんね記憶が曖昧になっちゃってたよ」
西園寺は与田を見て数回頷く。
「それで……福田くんたちはここで何を?」
まぁ……西園寺には軽く言ってもいいよな。
「ちょっと水島に色々やられててな。 お仕置きしてたんだ」
オレが水島に視線を向けながら説明すると、水島は反省したような声で「くぅーん」とかぼそく鳴く。
……なんだよその声、可愛いじゃないか。
「お仕置き?」
西園寺がゴクリと生唾を飲み込みながらオレに聞き返す。
「そう、お仕置き」
「ずるい!!!」
「ーー……」
え?
今なんて言った?
オレはゆっくりと西園寺を見つめる。
「えっと……西園寺?」
「私もお仕置きされたいのに!!!」
えええええええええ!!!!!
西園寺は即座に水島の隣へ。 水島と同様、その場でしゃがみこんで爪先立ちをし、股を開く。
「ふ、福田くん!! ほら……早く……早く私にもお仕置き……お仕置きして!!」
西園寺が「ハッハッ……」とまるで本当の犬のように息を荒げながら熱い視線をオレに向ける。
なぁ西園寺、隣見てみろよ。
水島がかなり驚いた表情でお前を見ているぞ。
「さ、西園寺さん……!?」
しかし西園寺はそんな水島には目もくれず、ジッとオレに視線を送り続ける。
「うわあああああ!!! 美香、全部お前のせいだぞおおおおおお!!!!」
オレは神と犬とドMに挟まれて理性が崩壊。
「美香!! お前は散歩したいのか!?」
「したい」
「水島!! お前はどうなんだ!!」
「で、できれば散歩したいわんっ」
「西園寺!! お前は覚悟しろ!!」
「きゃいーーん!! きゃいーーん!!」
「よーーし!! もう散歩行っちゃうぞーー!!! 校舎全体コースだああああ!!!」
こうしてオレはほぼ投げやり気味に校内散歩を提案。
スタート地点をオレたち2組の教室に設定し、そこで一旦荷物を置いてからスタートすることになったのだった。
ーー……その、ちょっとだけワクワクしているオレがいるよ。
1度でいいからやってみたかったんだよねこういうの。
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あなたの通っていた小学校でも、散歩が行われていたかもしれない……




