142 飴と鞭!【挿絵有】
百四十二話 飴と鞭!
小畑を探すため、まずオレたちが向かったのはもちろん図工室前の女子トイレ。
ここはガチで人の出入りが少ないからな。
「いなかったよ」
エマが女子トイレの中を確認して戻ってくる。
「そうか。 ならここでリップを……」
「わあああああああ!!」
「あはははははは!!!」
オレがエマに手を差し出そうとしたところで1年生のちびっ子たちが周囲を走り回る。
どうやら鬼ごっこをしているようだが……なんでこのタイミングで!?
「あはは、残念だったねダイキー」
エマがリップを見せ付けながらニヤニヤと笑う。
「くそっ! 次だ!!」
◆◇◆◇
次に向かったのは図書室。
中には図書委員の2人と他の生徒がちらほらと離れた席で本を読んでいる。
「ーー……なんでここなの?」
エマが目を細めながらオレに尋ねる。
「こんなに人が少ないんだ。 もしかしたら小畑が隠れてるかもしれないだろ」
「とか言って、どうせ誰もいない本棚に隠れてリップせがむつもりなんでしょ?」
「まぁそれもある」
「はぁ……まぁいいよ。 いないと思うけど、探すだけ探してみよ」
オレたちは声を殺して静かに捜索を開始。
しかし結果はなんとなく分かっていたのだが、やはり小畑の姿は見当たらなかった。
「エマ、こっちこっち」
オレは誰もいない本棚にエマを呼んで手を差し出すと、エマは「はぁ……」とため息をつきながらポケットに手を入れる。
よっしゃああ……女子の使いかけのリップ使うの学生時代の夢だったんだよな!!
オレはエマが手を入れているポケットに視線を向ける。
「ーー……あれ、福田くん?」
「え」
後ろを振り返るとそこには本を数冊手に持った結城の姿。
「ゆ……結城さん」
「あれ、エマも……。 2人とも本読みに来たの?」
結城が純粋な視線をオレに向けてくる。
「えっと……まぁ、そんなところ……」
「ねぇ聞いてよ桜子ー。 ダイキったらさ、エマの使いかけのリップを……」
「うわあああああ!!!」
オレは小さく叫びながらエマの声をかき消して口を覆う。
「福田……くん? エマ?」
「な、なんでもないなんでもない。 ほ、ほらエマ、探してる本なかったんだから出るぞ」
「ンンンーーっ!!」
これ以上ここにいるとエマにバラされかねないと感じたオレは結城に軽く手を振った後、早歩きでエマを連れて図書室を出たのだった。
まったく……オレのドラフト1位の結城に話そうとするなんて……悪い女だぜ!!
◆◇◆◇
「あ」
昼休みもあと少しということで諦めて教室に戻ろうとしていた時だ。
階段の踊り場の隅で何かが視界に入ったので確認してみると、まさかの小畑を発見。
壁に寄りかかりながらお腹を抱えてしゃがみこんでいる。
「あ、小畑……! さんっ!」
あっぶね、呼び捨てにするところだったぜ。
オレは小畑に近づき顔を覗き込む。
小畑の目からは涙。 額からは大量の汗がにじみ出ている。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫……だから、触んないでっ!」
小畑はオレを遠ざけようと腕を払うも、どうやらお腹が痛いのだろう……すぐに苦るしそうな声をあげながらその手をお腹の方へと戻す。
「ちょっとミナミちゃん、大丈夫!?」
オレの後ろから出てきたエマが小畑の隣にしゃがみ込む。
「……っ!! わっかんない。 最近ちょっと違和感はあったんだけど……」
「立てる?」
「ちょっと……厳しいかも」
「ダイキ」
エマがオレを見上げる。
「あ、はい」
「ミナミちゃん保健室運ぶから手伝って」
「え、でももうすぐ昼休み終わる……」
「手伝って!」
「わかりました」
オレとエマは左右に分かれて小畑に肩を貸して「せーの」で立ち上がる。
「んぐぅっ……!」
立ち上がると同時に小畑が苦痛の表情を浮かべる。
「お、おいエマ、なんかめっちゃ痛そうだけど、そっとしといたほうが……」
「もうダイキ黙って! ほら、早く行くよ!」
オレは片耳から小畑の苦痛の声を聞きながら、エマの歩幅に合わせて少しずつ保健室へと小畑を運んで行った。
保健室の扉を開けるころにはもう昼休み終了のチャイムは鳴っていて、周囲には誰もおらず。
保健室の先生もどこかに行ってるのか不在のようだ。
オレたちはとりあえずベッドの上に小畑を寝かせることにする。
「うぐっ……くっ!」
小畑はお腹を抱えながらベッドの上でうずくまる。
その時に足を大きく動かしたのでスカートが捲れて中のパンツが顔を出したのだが……
「お、おいエマ!! 血ぃ出てるぞ大丈夫なのか!?」
小畑のパンツの股の部分が赤く染まり、少量だが隙間から血が漏れ出している。
「あー、なるほどね」
エマはそれを見てウンウンと頷いているが……。
「おいおいなんでそんなに落ち着いてんだよ!! 先生来るの待つのやめて救急車呼ぶか!? 救急車!」
オレは手を震わせながらポケットからスマートフォンを取り出す。
「あー、いいからいいから。 てかダイキ、職員室行って誰か先生呼んできてよ。 女のね」
「は!?」
「ミナミちゃんは大丈夫だから」
エマは小畑に視線を移して背中を優しく撫でる。
「えええ、大丈夫なの!?」
「エマが言ってんだよ? 信じなさいよ」
「あ、ああ、そうだよな。 分かった! 女の先生だったら誰でもいいんだな!」
「うん」
「よし、すぐ呼んでくる!」
オレは慌てて保健室の扉に手をかける。
「あ、それとダイキ」
「なんだ!?」
「ダイキは先生呼んだら教室戻ってくれてていいから」
「ーー……え!?」
「理由はそうだなー……エマが転んで保健室連れて行ってた……くらいにしといてよ」
「いやでもオレも心配なんだけど!!」
「分かった、これあげるから大人しくエマの言うこと聞いといて」
エマはポケットから取り出したリップをオレに投げる。
「え!?」
「ダイキは職員室行って女の先生を呼ぶ。 それで教室に戻って、エマが転んだの見つけて保健室に連れて行ってたから遅れたって伝える……できるね?」
「できる! 行ってくる!!」
こうしてオレは保健室から職員室へと猛ダッシュ。
勢いよく扉を開けて周囲を見渡すとちょうどポットの前でお茶を入れている女性教師と目が合った。
「あれ、今授業中じゃないの?」
女性教師の声に反応した他の教師の視線が一気にオレに集まる。
「いや……あの、先生ちょっと!!」
オレは目があった女性教師を手招きして呼び、周囲の男教師には聞こえないように小声で保健室に来るよう伝える。
エマが『女の先生』を指名したんだ。 何かあるはずだからな。
「あ、うん。 分かった、じゃあちょっと行ってくるわね」
女性教師は小走りで保健室へ。
オレはエマに言われた通りに教室へと戻り、すでに授業をしていた担任に「エマが転んで保健室に連れて行っていた」と忠実に演技したのだった。
ていうかエマは凄いな。
エマの言った通り、小畑は血が出ていたにも関わらず授業が終わると何事もなかったかのように教室に戻ってきていたんだから。
◆◇◆◇
その日の放課後、オレは自分の靴が見えるギリギリの位置に隠れて手紙を入れる犯人を待ち伏せしていると誰かが後ろからトントンとオレの肩を叩く。
振り返るとそれは小畑。
「えっ……小畑さん?」
おいおい待ってくれよ……確かに久しぶりに蹴られたいって気持ちもあるんだけど、今日は手紙の犯人を突き止めたいんだよ。
あぁでも犯人の特定と目の前の快楽……どちらを取るかと聞かれたら目の前の快楽かなぁ……。
「ねぇ福田」
「は、はい!」
小畑がじっとオレを見つめる。
え、もしかしてここで!? ここで蹴っちゃう!? 罵っちゃう!?
オレは少し息を荒げながらゴクリと唾を飲み込む。
「あのさ、昼休みのことなんだけど、保健室でさ……」
「う、うん」
あああああ、やっぱオレの声聞こえてたんだぁ……!!
パンツ見られたことに怒ってるんだよなぁそうだよなああ……てことは蹴りの力もいつもより倍増!?
それはそれで魅力的でもあり怖くもあるんですけどおおお……!!
そんなことを心の中で叫んでいると、小畑はオレの腕をグイッと前に引っ張る。
「ーー……!!」
引っ張られたことでオレの姿勢は前のめりとなり、目の前には小畑の顔。
まさかのビンタ!?
そう予感したオレは咄嗟に歯を噛み締める。
「なんかその……めっちゃ心配してくれてたね。 ありがと」
ーー……え? ビンタじゃない?
小畑がオレの目をまっすぐ見てそう囁くと、そのまま小畑は自身の顔をオレの耳元にゆっくりと近づけていく。
そして……
「ちょっとだけ福田のこと見直したかも」
「ーー……え」
小畑はオレにそう伝えるとニコッと笑いその場から走り去っていく。
オレは突然のことで脳がストップ。 小畑の後ろ姿をただジッと見つめていたのだがーー……
な、なんだこの甘さと上から目線の織り混ざった甘美な台詞はあああああああ!!!
我に返ったオレの鼓動がドクドクバクバクと激しく脈打ち出す。
「ド……ドSの女王がオレに甘い言葉……」
これはもしかして……とうとう鞭だけじゃなくて飴を与えてきたってことなのか!?
そういや前に飴を貰ったのは結構前……。
確か小畑の靴下についた砂を払った時以来だ。
そして今回は言葉による飴……果てしない女王の進化にオレの手が大きく震え出す。
「お、おそるべしドSの女王……小畑美波」
それからオレは小畑のことで頭がいっぱいになり、手紙の犯人を特定することはどうでもよくなったのでそのまま帰宅することにしたのだった。
ちなみにエマに小畑のあれはなんだったのか尋ねたのだが、オレにはまだ早いんだってさ。
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ドSの女王の飴……作者も欲しいです。切実に。