8. 可哀そうな少年
カザリーナは家庭教師としてペッパー家に行くことになった。
ペッパー家は良くない噂ばかり聞く。
彼らは選民意識が高く、貴族でなければ人ではないと豪語する人たちだ。
貴族は少なからず、選民思想があるが、その典型とも言えるだろう。
ただ、信頼も能力もない人間が権威を振りかざすのは、どうかと思っている。
それに、ブラック・ペッパーは同じ貴族でも、自分たちよりも爵位が低いとみると、途端に見下すような人という噂だ。
カザリーナは男爵家の令嬢であり、ペッパー家よりも身分が低い。
少しでも問題を起こせば、面倒なことになるだろう。
面倒を起こさずとも理不尽を要求される可能性すらある。
正直言って、関わりたくない人たちだと考えていた。
オーウェンも子供であるものの、性格に難があるらしい。
わがままで、横暴。
気に入らないことがあれば、すぐに癇癪を起す。
子供の癇癪といって侮ってはいけない。
殴る蹴るといった暴力に加え、どこから覚えてきたのか、子供とは思えない暴言の数々。
それによって辞めていった使用人の話を聞いたことがある。
そんなオーウェンのもとに、なぜ魔法教師として行くのか。
それは、ひとえにお金だ。
カザリーナの家は貴族とは言え、貧乏だ。
下には5人の妹弟がおり、カザリーナが少しでも稼ぐ必要があった。
両親にはたくさんお金を払ってもらい、魔法学園にも行かしてもらえた。
その恩返しをしたい。
だが、魔法学園では、優秀な成績を残すことができず、良い職につくことはできなかった。
友人に王都での仕事を斡旋してもらえたのに、意地になって断ってしまった。
あのときのことを少し後悔している。
そういった事情でお金が必要だった。
そんなときに、破格の報酬が貰える教師の話が来たのだ。
彼女は迷わず、飛びついた。
否、飛びついてしまった。
そのあと、あのペッパー家の家庭教師だと知り、自分の浅はかさを呪うことになったのだ。
こういうわけで、オーウェンの家庭教師になった。
最初は、とんでもない子供が出てくるのだろうと考えて、憂鬱になっていた。
だが、実際にオーウェンと会話したところ、彼はとても素直で良い子供だとわかった。
噂の方が間違っていたのだろう。
8歳児とは思えないほど大人びている。
さらに、礼儀正しく、純粋に魔法を学びたいという姿勢も好感が持てた。
(とてもいい子なんだけど……)
カザリーナは彼を不憫に思った。
オーウェンはずっと自分を偽って生きてきたのだろうか。
子供の身では親に逆らえない。
だから、ブラック・ペッパーに合わせてきた節がある。
おそらく、それがオーウェンの悪評に繋がっているのだ。
彼の境遇はあまりにも不憫だ。
オーウェンがカザリーナを助けたあとの、彼の引き攣った笑み。
上手く笑えていなかった。
きっと、誰にも愛されてこなかったのだ。
だから、素直に笑うこともできない。
そして、子供なのに大人びた性格。
誰にも頼ることができなかった彼は、大人になるしかなかったのだろう。
8歳であれば、無垢で無邪気な少年時代を過ごせるのに。
カザリーナがその歳の頃は、もっと子供らしく遊んでいた。
家族や使用人など、たくさんの愛情を受け、そして彼らに守られてきた。
その経験が今の彼女を作っている。
(はたして、この子は誰が守るのだろうか?)
オーウェンはすでに大人びている。
少しの会話からでも、彼の知性を感じ取ることができた。
オーウェンは誰かに守ってもらう程弱くはないのかもしれない。
しかし、子供とは本来、愛され守られるべき存在なのだ。
特に、魔法使いとして、これから歩んでいくのなら、愛され守ってくれる存在が必要だ。
正しい心を持つ者が正しく魔法を使うことができる。
才能あるオーウェンは、今後周りが驚くような活躍を見せてくれるに違いない。
でも、その心が満たされていなければ、いつか彼は壊れてしまう。
魔法教師として、彼を正しい方向に導いてあげたい。
そのために、今はしっかりと守ってあげなければならない。
彼女はそう思うのだった。
「子供が子供らしくいられるように、そして魔法を正しく扱える人になれるように、オーウェン様は私が守ります」
カザリーナはそう宣言した。




