表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/174

4. 美味しい料理

 ひと汗かいた後、俺は食事をとることにした。


 昼食は、ふんわり焼けたパン。


 それと、野菜がたくさん入っているコンソメスープだ。


 さらに、皿の上には少量の肉が盛られている。


 こういうバランスの取れた食事が良いのだ。


 肉、揚げ物、肉、揚げ物ってのは、味に飽きてしまう。


 俺はまず、スプーンを使ってコンソメスープを口に運んだ。


「美味しい……!」


 望んでいた味がそこにあった。


 具材はしっかりと煮込まれており、濃すぎず、しっかりと素材の味が生かされたスープ。


 日本の繊細な味付けに慣れているため、こういうものが食べたかったのだ。 


 昨日の料理は塩やコショウがふんだんに使われており、口に合わなかった。


 俺は夢中になって、コンソメスープを飲んだ。


「そんなものが美味しいのか? 変わったやつだな」


 父は奇妙なものを見る目で俺を聞いてきた。


「はい!」


 料理長の腕は間違いなく、一流だった。


「ふんっ。頭でもおかしくなったか。そんなの料理などとは言わん」


 それは違います! と、危うく言い返しそうになったが、寸でのところで止めた。


 ここで、言い争っても仕方ない。


 父の性格はよく理解しているし、下手に印象を下げるのも良くないだろう。


 「……そうですね」


 と曖昧に返事をしておいた。


 その後、パンをちぎって食べる。


 これも美味しいな。


 ふわっとした柔らかなパンが口の中で香ばしい香りを放つ。


 最後に、スライスされた肉をフォークで刺し、口に入れる。


 これもいい!


 この味のバランスがいいのだ!


 パンがあって、肉があって、野菜がたっぷり入ったコンソメスープがある。


 両親がいなくなったのを見計らって、料理長を呼ぶ。


「なんでしょうか……?」


「今日の料理はとても美味しかったです。ありがとうございました」


 こんな料理を毎日食べられるなんて、料理長に感謝してもしきれないな。


 前世では、コンビニ弁当とカップ麺の生活だったからな。


 え、彼女? 奥さん?


 そんなのはいなかったよ。


 それにしてもどうして、こんな美味しい料理を作れる人に、肉を焼いただけの料理や揚げ物ばっかり作らせているのだろうか。


 別に焼き肉や揚げ物が悪いわけじゃないが、才能の無駄使いな気がする。


「特に、素材の味が詰まったスープは絶品でした! 今後もよろしくお願いします!」


 料理長、いい腕してるな!


 これからも美味しい料理を頼みます、という意味を込めて言った。


「オーウェン様……。こちらこそ、ありがとうございます……」


 料理長が深く頭を下げてきた。


 お、おう……。


 なぜか、感謝された。


 本当に意味が分からん。


■ ■ ■


 マイケルはペッパー家の料理長として、かれこれ2年以上も勤めている。


 ペッパー家はお世辞にも良い職場環境とは言えない。


 彼らは使用人のことを家畜か何かだと思っている。


 どんなに腕を振るった料理を出しても、


「この程度なら誰でも作れる。もっとマシなもんを作らんか!」


 と怒鳴られる。


 腕の立つ料理人として、名を馳せたマイケルにとって、その言葉は屈辱だった。


 誰でも作れる?


 そんなわけはない。


 各地から素材を集め、厳選し、そして長年積み重ねた技術で作った料理だ。


 味や食感、香りに拘り、どの品だって妥協してはいない。


 そのときに考えられる最高の料理を出してきた。


 だけど、彼らは塩と胡椒を存分に使った料理しか食べようとしなかった。


 そんなのを料理として認めて良いのだろうか?


 これでは、なんのために料理をしているかわからない。


 自分がここにいる意味がわからない。


 料理人としてのプライドがあるため、手を抜かずに作っている。


 しかし、むなしさが募るばかりだった。


 そんなある日、ペッパー家の跡取り息子であるオーウェンの様子がおかしくなった。


 暴言暴力を体現したような彼が、なんと使用人にお礼を言ったらしい。


 この出来事は、ペッパー家に勤める使用人全員に衝撃を与えた。

 

 さらに、オーウェンは、危うく首になりかけたマイケルを助けてくれ、翌日には、マイケルの料理を「美味しい」と言ってくれたのだ。


 それは、ペッパー家に勤め始めてから一度も言われたことのない言葉だった。


 たった一言の「美味しい」が、マイケルの心に響いた。


 マイケルはふと、料理人を目指すようになったきっかけを思い出す。


 それは初めて、母親に料理を作ったときだ。


 今にしても思えば、それは不格好なものだった。


 パンの中に野菜を挟んだだけの食べ物。


 野菜とパンでは味の組み合わせが悪く、薄い味だった。


 さらに野菜についていた水分でパンが湿ってしまい、食感も良くない。


 だけど、それを口にした母親は美味しいと笑ってくれた。


 喜んでくれた。


「そうだ……。私は誰かに喜んで欲しくて料理人を目指したのだ」


 いつからだろうか。


 主人の顔色を伺うために料理を作るようになったのは。


 料理は人を喜ばすためにあるものだ。


 その目的を思い出させてくれた彼に対し、


「オーウェン様……。こちらこそ、ありがとうございます……」


 口から自然と言葉が溢れ出ていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ