2. 食事中の出来事
再び目を覚ましたときには、少しだけ頭の中の整理ができていた。
まず、現在の俺の名はオーウェン・ペッパー。
体はオーウェン・ペッパーで、精神は日本人の俺と言うところか。
おそらく、精神としてより強力な方、つまり佐々木の精神が勝ったということだろう。
オーウェンの記憶は知識として残っている。
人格取ってしまって、すまんな。
まあ、オーウェン・ペッパーは、ゴミ野郎だったから、かえって良かったのかもしれない。
料理が口に合わないという理由で、料理人をすぐに解雇。
特に理由もないのに、気に入らないと言って使用人に暴力。
平民のことを本気で家畜だと思っている選民思想。
うん、まさにゴミ野郎だな。
ただし、オーウェンがそんな性格になった理由がわからないでもない。
それは両親のせいだ。
「領民とはな、搾取されるためにいる。それが彼らの務めだ」
「そうね。むしろ、私たちの土地に住まわせてあげているのだから、感謝して欲しいわ」
脂ぎった額に気色悪い笑みを浮かべるのが、父であるブラック・ペッパー。
それに続くのが、アイシャ・ペッパーだ。
生まれたときから、くずな両親のもとで教育を受けていたオーウェンは、当然のように、領民を家畜だと思って育った。
今はそんな彼らと食事中だ。
彼らはくちゃくちゃ音を立てながら、料理を口に運んでいる。
その姿は、言ってはなんだが、豚そのものだ。
おそらく、体重は100キロを超えているだろう。
という俺も人のことは馬鹿にできない体型のため、早めに痩せなければならない。
「どうした? オーウェンよ。食べないのか?」
父はそう言うが、目の前に置かれているのは、脂っこいもののオンパレード。
彼らの食べる姿を見ていると、食べる気が失せる。
さらに、前世での自分が一日で食べていた量の3倍はあるのだ。
普段からこれだけ食べていたら、当然太るよな。
「い、いえ。父上。今日はお腹の調子が良くないので……」
俺は肉を口に入れる。
うーん……。
美味しいんだけどな。
ただ、こればかり食べるのはしんどい。
「どこか具合が悪いの? オーウェンちゃん」
そう言って心配してくるのが、アイシャだ。
だが、視線は一切こちらを見ておらず、彼女は目の前の料理にご執心だ。
「……ちょっと料理が口に合わないので」
「そうか。では料理長を首にしよう。おい、お前、今日から用はない。出ていけ」
傍で控えていた料理長がびくっと震えるのが見えた。
おいおい、待てよ。
そういうことじゃないんだよ。
単純に脂っこいものをこんなに食べれないってことだよ。
「待ってください。この料理に問題はありません。……ただ、本当にお腹の調子が悪くて……。だから彼を解雇しないでください!」
俺がそう言うと、料理長は驚いた目でこちらを見る。
なんで、そこで驚く?
当たり前のことを言ったまでだ。
むしろ、こんなことでポンポン解雇する方がどうかしている。
次の料理長を見つけるのだって大変だ。
「うむ、そうか。まあ、お前が言うのなら、解雇しないでおこう。おい料理長! 今度、まずい飯を食わせたら、すぐに辞めさせるからな!」
「はっ、はい、承知しました!」
ふー、良かったぜ。
ていうか、不用意に発言するもんじゃないな。
まさかこの程度のことで解雇騒ぎになるとは思わなかった。
その後、食事を済ませると、俺は料理長のもとを訪れた。
そういえば、料理長の名前ってなんだっけ?
まあ、料理長でいっか。
「あの! 料理長さん」
俺が声をかけると、彼はまたビクッと肩を揺らす。
怖がられているな。
それもそうか。
今まで、彼に何度も無理難題を押し付けてきた。
夜中、突然目が覚めしたかと思いきや「ケーキを作れ! でなければ父上に頼んで解雇してやる!」と言うようなくそ餓鬼だったのだ。
「な、なんでしょうか……?」
「えっと、ですね。今度から僕の料理だけ量を減らしてもらえませんか?」
「量をですか? それはどうして……。あっ、いえ、なんでもございません」
料理長はすぐに頭を下げた。
そんなに畏まられると反応に困るな。
前世では普通に日本人をやっていたのだ。
「ちょっと、痩せようかと思いまして。あ、それと料理はできるだけヘルシーなものでお願いします」
なんだかんだ言って、この体ではたくさん食べてしまう。
先ほどの食事では、気持ち悪いと言いながらも、かなりの量を摂取した。
このままでは豚になってしまう。
ブヒブヒとか言いたくない。
そもそもの量を減らしてもらい、さらにヘルシーな料理に変えてもらえば、それだけでダイエットになる……気がする。
痩せるためには、痩せられる環境を作るのが一番だね。
「そ、そうですか。……承知しました」
「ありがとうございます」
俺はペコリと頭を下げて、その場を去った。