173. 卒業
その後、クリス先生とカザリーナ先生は他の生徒へ挨拶をしに行った。
俺も友人や後輩に囲まれて、しばらく話し込んだ。
シャロットとも話した。
現在、シャロットはナタリーから引き継いで生徒会長になった。
彼女は魔法工学の重要性をサンザール学園の生徒・教師に伝え広めることを公約に揚げていた。
シャロットなら立派な生徒会長を務めてくれると思った。
サンザール学園で出会った者たち会話していると、だいぶ時間が経っていた。
残っている生徒も少なくなってきた。
と、そんな俺の目にベルクの姿が映った。
ベルクは女子に囲まれている。
相変わらずの人気ぶりだ。
ベルクと目が合う。
ベルクは俺に気づくと、ニッと笑ってから俺のところまでやってきた。
こいつは俺を見つけると近づいてくるが、まさかホモじゃないよな?
「女子に囲まれて楽しそうだったな」
「はははっ、正直参っているよ」
「満更でもない顔をしていたが?」
「そう見えた?」
「いや、嘘だ。いつもの貼り付けた笑みだった」
もうベルクとは8年の付き合いだ。
ベルクが心の底から笑っているか、愛想笑いをしているか、なんとなく判別できるようになった。
ちなみに8割以上が愛笑いだ。
「貼り付けた笑みって酷いな。真摯に対応していただけだよ」
「真摯にねぇ。いっそのことお前たちには興味ないって言ったほうが真摯じゃないか?」
「ははっ、そんなこと言えないよ」
「だろうな」
誰でも分け隔てなく優しいベルクだからこそ、今の人気がある。
もしベルクの口が悪かったら、女子たちは寄り付かないと思う。
「オーウェンなら、はっきりと言うかもね」
「俺だって、さすがに相手のことを考えてしゃべるよ」
「でも言うときはしっかりと言うだろ? 僕は君のようになりたかったよ」
突然のベルクの告白に対し、俺は首を捻った。
「俺なんかになっても大したことないぞ?」
「謙虚も過ぎれば嫌味にも聞こえるよ」
「謙虚というのはベルクのほうが似合ってる」
「僕は謙虚じゃない。昔、魔法使いに憧れてたんだ。すぐに諦めることになったけど。僕は魔法使いにはなれない体質だから」
「サンザール学園の卒業生が吐く言葉じゃないな」
俺は苦笑いしながら言った。
「理由は君もわかっているだろう? 魔法が使えない出来損ないの僕は、君のような眩い才能に嫉妬したんだ」
「嫉妬? あんまり感じなかったが」
「それはそうだよ。表には出さなかったから。でも今はオーウェンに憧れるようなことはない。僕は僕の道を行くと決めたから。そう思わせてくれたのも、やっぱりオーウェン。君だよ。だからオーウェンには感謝を伝えたい」
「お前って時々臭いことを言うよな。卒業式に感動しておかしくなったのか?」
「感動ではないけど。せっかくの機会だからね」
「なんか気持ち悪いな」
俺がそういうと、ベルクは傷ついたように笑った。
「いつも当たりがキツイな」
「モテるやつを見るとムカつくのは男の性だ。まあ妬みだと思って聞き流してくれ」
「初めて聞いたよ、その性」
「モテるやつにはわからんさ」
「君も十分モテると思うけど……まあいいや。こんな話をしたかったわけじゃない」
ゴホンっとベルクが咳払いする。
「オーウェンと一緒に学べてよかったよ。君がいたから僕はここまで頑張れた」
真面目な顔でベルクが言うが、そんなことはないと思うぞ?
俺がいなくてもベルクは一人で頑張っていたと思う。
ベルクが努力家だということを知っている。
だがベルクは本心で言っているようだから、俺も真面目に言葉を返す。
「俺もベルクと切磋琢磨できて良かった」
「君にそう言ってもらえると嬉しいものだね」
「そうか?」
「そうだよ」
「そんなもんか」
「うん、そんなもんだよ」
オウム返しのように頷くベルクを見て、俺は笑った。
するとベルクも笑った。
俺はベルクとの距離感が割と好きだ。
友達というよりもライバル。
強敵と書いて友と呼ぶ、ではなく。
純粋なライバル関係だ。
俺がベルクを意識していると同時に、ベルクも俺のことを意識していたと思う。
お互いを意識し合っているこの関係が俺たちにはちょうど良い。
俺はベルクに向けてすっと手を伸ばす。
「なんだい、その手は?」
「これでお別れだろ? 握手しようかって」
「お別れ……か。そうだね」
ベルクは俺の手を握った。
ベルクの手はゴツゴツとしていて硬かった。
爽やかな外見とは裏腹に、ベルクという男は泥臭い人間だ。
それがわかるような、剣を振り続けた男の手だった。
「じゃあな。騎士団でも頑張れよ」
「オーウェンこそ、魔導団で頑張ってね」
「おう」
そうして俺たちは別れた。
一通り学園で会った人たちとの別れの挨拶が済んだ。
俺は最後に一人で学園内を散歩した。
8年もいたんだから、そこら中に思い出の場所がある。
それらを噛み締めるように歩く。
日が暮れてきた。
「本当に卒業なんだな」
ポツリ、と誰もいない訓練所のど真ん中で呟いた。
すると途端に卒業の実感が湧いてきた。
学園長のスピーチを聞いたあとは未来への希望があったが、今は卒業に対する感慨がある。
「今までありがとうございました」
俺は深く頭を下げて感謝の言葉を告げた。
こうして俺はサンザール学園を卒業した。
さて3巻の発売日です!
家の近くの本屋さんでは、なんと2巻が置いてありました!
ただし3巻はないようです……。
田舎なので入荷が遅いんでしょうね。
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