152. 開門
その後、俺たちは再び走り始める。
しばらく通路を進むと、岩でできた重厚な両開き扉を発見した。
扉を閉まっており、中央には複雑な紋様が刻まれている。
さらに、扉の上にはロバを連れた少年が描かれており、少年の周りは金銀財宝で溢れかえっていた。
そして、少年の後ろには、柄の悪そうな黒ひげ眼帯の男がおり、その子分と思われる男たちを率いている。
どこかで見たことのある絵だ、と思った。
扉の隣には、巨大な2体の像がこちらを睨むように佇む。
一体は剣を握り、もう一体は槍を持ち、それぞれの像が剣先を俺たちに向けている。
まるで門番のようだ。
「どうしますか?」
「まずは、押してみる」
俺は身体強化を使い、両手で扉に力を込めた。
だが、どれだけ押しても扉は、全く動く気配がない。
「だめだ……びくともしない」
俺がため息をついて、扉から手を話す。
すると、シャロットが真剣に扉の模様を見ていた。
うーん、と顎に手を置いて、彼女は考え込んでいるようだ。
「どうした?」
「この扉の模様は、おそらく魔法陣です」
俺が知っている魔法陣と違うため、気づかなかった。
「そうなのか?」
シャロットは俺の言葉に頷く。
俺よりも遥かに魔法工学に詳しいシャロットが言うなら、これは魔法陣なのだろう。
「開けられそうか?」
続けて、質問する。
「わかりません……が、解読してみます」
シャロットはそう言ってから、魔法陣を見つめる。
「これが、魔力供給術式で……これが展開術式……。そうすると、これが詠唱受信術式になるわね……」
彼女は、指で魔法陣をなぞりながら、ぶつぶつ呟く。
しばらく、シャロットの様子を見ていたが、手持ち無沙汰になったため、扉に描いてある絵のことを考えた。
微かに記憶にある絵なのだが、中々、思い出せない。
ロバの少年と黒ひげと財宝。
なんだったっけな、と首を捻っていたとき、シャロットが顔を上げた。
「構造は理解できました……ですが……」
彼女は歯切れの悪い言い方をする。
「なんだ?」
俺は続きを促す。
「この魔法陣を起動させるためには、詠唱が必要になります。ですが、肝心の詠唱がどこにも記載されていません」
魔法陣には、魔力供給のみで魔法が発動する構成と、魔力供給と詠唱を同時に行うことで魔法が起動する構成の2つがある。
この魔法陣は、後者ということだ。
詠唱が必要な魔法陣は、詠唱が鍵の役割を担っている。
秘密の合言葉を言わなければ、扉が開かない、というわけだ。
ある意味、予想していた通りの結果だ。
「詠唱がわからないから魔法陣を起動させられないから、扉を開けられないってことか?」
「そういうことになります」
「つまり、扉を壊すしかないってことだな」
シャロットが、俺の言葉にしぶしぶ頷く。
俺は頑丈な扉を見た。
これを壊すとなると、強力な魔法を使うしかなさそうだ。
俺が持つ魔法の中で、破壊力があるものといえば、【イフリート】か【銃弾】になる。
【銃弾】は扉を破壊するには火力不足であるため、ここは【イフリート】しかない。
「じゃあ、魔法を使うから、シャロットは少し離れててくれ」
シャロットは頷いて、俺の後ろに下がった。
俺は扉に両腕を突き出すように向ける。
その瞬間、ふと、頭上にある絵画が目に入った。
そして、脳裏にある合言葉が浮かび上がってきた。
少年と海賊らしき男たち、そして、金銀財宝が描かれた絵画。
加えて、この扉は岩でできている。
これだけヒントが揃っていて、なぜ思い出せなかったのか、自分でも不思議に思う。
考えてみれば、とても簡単なことだった。
「魔法を発動するには、詠唱が必要なんだな?」
「はい。ですが、さっきも言った通り、詠唱がわかりませんので……」
「多分、その詠唱わかった」
確証はないが、十中八九、あの合言葉が詠唱になるだろう、と思った。
そもそも、ユーマの叫びが描かれていた絵画の裏に、この洞窟があったんだ。
この洞窟自体、ユーマ・サトゥと関係があると考えて、しかるべきだ。
さらに、ユーマが転移・転生者だとするなら、この扉の合言葉は一つしかない。
「凄いですね。私にはさっぱりわかりませんが……」
シャロットが感心した声を出すが、俺は、そんなことない、と言って首を振る。
「たまたまだ。それより、魔力はどこに流せばいい?」
「扉中央に、赤線で描かれた円があります。そこの中心部が魔力供給術式です。なので、そこから魔力を流してください」
シャロットが指した円は、ちょうど俺の手がすっぽり収まるくらいの大きさだ。
その円を中心として、複雑な魔法陣が描かれている。
俺は、扉中央の術式に触れようとした、そのときだ。
シャロットが俺の腕を掴んだ。
「魔力の供給は私がやります」
「いや、でも……」
「私にやらせてください。この魔法陣を起動させるためには、相当な魔力が必要になります。先輩は、この先のために少しでも魔力を温存しておいてください」
シャロットが俺の瞳をじっと見据えながら言った。
彼女の表情から、意志の強さが伺える。
「わかった。シャロットに任せる」
俺が首を縦に降ると、シャロットは扉の中央に手を置いた。
すると直後、中心円の模様が赤光を放つ。
「詠唱をお願いします」
シャロットの言葉に俺は頷き、小さく息を吸った。
「ひらけゴマ――!」
俺が叫んだすぐ後に、中心円から魔法陣全体へと、線を辿って魔力が注がれていく。
同時に、紋様全体が真っ赤な光を放ち、輝いた。
どうやら、魔法陣の起動に成功したようだ。
ぎぎぎぎぎぎ、と音を鳴らし、扉がゆっくりと開かれる。
もし今の合言葉で開かなかったら、すごく恥ずかしい思いをしていた。
あれだけ自信満々に言っておきながら、しーん、と静寂に包まれたら、悶絶してしまうだろう。
若干の安堵を抱いていると、突然、シャロットが床に膝をついて俯いた。
心配になり、彼女と目線を合わせるように座る。
「大丈夫か?」
「はい……ただ、少し魔力不足です……。思った以上に魔力が吸い取られました……」
「魔力不足? そんなに負荷がかかったのか?」
「私の魔力と、この魔法陣との相性が悪かっただけです。少し休めば、動けるようになりますので、先輩は先に行ってください」
「本当に大丈夫なんだよな?」
彼女の顔が青くなっていることもあり、俺は念を押すように尋ねる。
「心配しすぎです。ちょっと、頭がくらくらするだけなので、全然大丈夫です。先輩はナタリーさんを助けてください」
シャロットの言葉に頷く。
「もちろんだ。ナタリーは俺が助ける。だから、シャロットはゆっくり休んでおいてくれ。これが終わったら、生徒会メンバーの皆で遊びに行こう」
「遊びに行った先で、ナタリーさんとイチャイチャしないでくださいよ」
「軽口が叩けるようなら、大丈夫そうだな」
俺はシャロットの言葉に軽く笑うと、彼女も弱々しく笑みを返してきた。
シャロットのことが心配であるが、彼女が大丈夫というなら、その言葉を信じよう。
俺は立ち上がって、先に進むと決めた。
「じゃあ、行ってくる」
最後にシャロットの方を振り向く。
「頑張ってください」
「おう、任せろ」
俺は一つ頷いたあと、前を向く。
そして、シャロットをその場に残し、扉の奥へと脚を踏み入れた。




