149. 嫉妬
カザリーナ達は、美術室にたどり着いた。
室内はいつもと同じようで、1つだけ決定的に異なる点があった。
本来、『ユーマの叫び』があった場所には穴が空いており……人がすっぽり入れる空洞ができていた。
先に何かある、とカザリーナでなくとも、そう思わせる穴だ。
真っ先にオーウェンが空洞に向かう。
その瞬間、カザリーナが視界に捉えたのは、死角からオーウェンを狙う女性の姿だ。
「風撃」
カザリーナは、その女性に向けて魔法を放った。
すると、女性はさっと動き、魔法を回避する。
「あらあら、できそこないのカザリーナが、よく私に気付けたわね」
その女性――ファラはカザリ―ナを馬鹿にするように言った。
「丸見えでしたよ」
ファラが眉を寄せ、敵対心むき出しで、カザリ―ナを睨みつけてきた。
カザリ―ナは、ファラが敵であることをユリアンから聞いていたため、この状況に対する驚きはない。
彼女はファラの鋭い視線をいなしながら、オーウェンとシャロットに向けていう。
「ナタリーさんのもとへ行ってください」
オーウェンは「わかりました」と強く頷き、シャロットともに穴の中に入ろうとする。
それに対し、ファラがオーウェン達を行かせまいと動く。
しかし、生徒の行き先を阻む者に、容赦しないのがカザリ―ナだ。
カザリ―ナはファラに人差し指を向ける。
「風穴」
一点に集中された強力な一撃。
ファラは、態勢を崩しながら横に避ける。
風魔法は、ファラの肩を掠め、後方の壁に綺麗な風穴を空けた。
カザリーナの魔力量は少なく、だからこそ、無駄のない魔法を極めてきた。
一点に魔力を集中させた魔法は、天才的な魔力制御があって、初めて成立するものだった。
ちなみに、この技は、オーウェンの〈銃弾〉を模倣して生み出した技だ。
カザリーナはオーウェンに教えていながらも、同時に、彼からたくさんのことを学んでいた。
「ちっ……」
カザリ―ナ程度の相手に後れを取り、ファラは苛立ちを覚え、舌打ちをした。
すぐさま、ファラはカザリーナに向けて魔法を発動しようとした、が、しかし――
「穴隙」
カザリーナの魔法の方が早かった。
ファラの足元の床がなくなり、ぽっかりと穴が空く。
ファラは足場をなくし、一階の教室へと落ちていった。
「今のうちです」
カザリ―ナがオーウェン達に向けて言う。
すると、オーウェンが「カザリ―ナ先生!」と声を大にした。
カザリ―ナは視線をオーウェンに向けると、彼は、昔の面影を残しながらも、成長した表情をする。
「行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」
立派な魔法使いの顔をするオーウェンを見て、彼なら、きっと大丈夫、とカザリ―ナは確信した。
ファラが美術室から消えている間に、オーウェンとシャロットは肖像画の中にある暗い道へと足を踏み入れる。
あとは頼みましたよ、とオーウェン達に向けて、カザリ―ナは心中で呟く。
2人がいなくなるのを確認したカザリーナは、ポケットから緑桜色の魔石を取り出す。
それは自身の魔力が込められた魔石であり、一時的な魔力増強を可能とする。
魔石に頼ることで、ようやくカザリーナは、天才たちと渡り合うことができる。
彼女は魔石を床に押し付け、
「砂塵の嵐よ、断ち切る刃となれ――風斬」
カザリーナの直下、ファラがいる部屋に斬撃の嵐が降り注ぐ。
壁がずたずたに切り裂かれ、椅子や机が吹き飛び、室内は一瞬にして様相を変えた。
ファラは、バリンと窓を割って外へと飛び出し、斬撃の嵐を躱す。
地面を転がり、すぐさま、カザリ―ナがいる部屋に視線を移す。
「水の糸よ!」
ファラは美術室の窓に向けて、水を細い糸に変えて発射した。
水の糸は一人分を支えられるだけの強度を誇り、ぐるぐると窓の外にある手すりに巻き付く。
「収縮せよ」
途端に、水の糸が縮む。
その直後、ファラは美術室の窓を叩き割り、中に侵入した。
ファラは配属が諜報部隊であることに対し、不満を持っている。
彼女は、クリスに次ぐ成績を残し、サンザール学園を卒業――そして、圧倒的な魔力量をもって、敵をねじ伏せるのが得意であり、好戦的な性格から、戦闘部隊への配属を希望した。
しかし、諜報部隊への配属が決まり、水魔法が戦闘に向いていない、という理由で戦闘部隊に入れなかった。
さらに、氷魔法の使い手――クリス・クリフォードの下位互換として、ファラは見られていた。
それが耐え難い屈辱だった。
水は氷の下位ではない。
そもそも、特性が全く違うため、同じ次元で並べる事自体おかしな話である。
しかし、それだけなら、まだ良かった。
最も許せなかったこと、それは好敵手だと思っていたクリスが、自分のことを視野に入れていなかったことだ。
クリスは全く才能のないカザリーナを、ライバルとして扱っていた。
あのような底辺をライバルと見なし、自分を無視していたことに、激しい憤りを覚えた。
だから、少しだけ悪戯をした。
カザリーナが、どこからも声をかけられないように、裏で手を回した。
曲がりなりにも、サンザール学園でAクラスまで上り詰め、卒業したカザリーナだ。
どこからに就けない、なんてことはありえない。
カザリーナの魔力量が微小であっても、その才能に惚れ込む者もいた。
だから、ファラは自身のネットワークを使って、カザリ―ナに不利な噂を流す。
彼女は一部の教師と親しかったこともあり、予想した以上に、上手くことが運べた。
カザリーナの家が困窮していることも知っており、カザリーナの焦る表情を見るのが、楽しくて仕方なかった。
さらに、オーウェン・ペッパーのもとに行くよう、カザリ―ナに家庭教師の依頼を出したのも、ファラだった。
カザリーナが藁にもすがる思いで、当時、悪評高かったオーウェンの家庭教師を引き受け、それを見たファラは、随分と堕ちたものだな、とほくそ笑んでいた。
そこまでは、全て計画通りだったのに、それなのにどうして――
「どうしてお前は! 私の邪魔をする!」
オーウェンが若手No.1と言われる魔法使いに成長し、同時に、彼を教えたカザリーナの名声も高まっていた。
天才のおこぼれを預かるだけの存在……カザリーナは寄生虫だ、とファラは思っている。
氷結の悪魔の好敵手にして、飛翔のオーウェンの師匠。
その名声はファラが欲しかったものだ。
本当に憎たらしい、と嫉妬の炎がファラの心を支配する。
「あなたの邪魔などしておりません」
カザリーナは、きっぱりと否定する。
カザリーナからすると、ファラが、なぜ激情を顕にしているのか理解できなかった。
良い意味でも悪い意味でも、カザリ―ナは謀略とは、ほど遠い性格をしていた。
だから、ファラが自分を貶めようとしていても全く気づかず、カザリ―ナは自身の力不足で職がない、と思っていた。
ファラの気持ちを全く理解できないが、敵であるなら、やることは決まっている。
回帰主義者であるファラの討伐、それが彼女に課された使命だ。
カザリ―ナは、同期として一緒に学んだ仲だからこそ、自分がファラを討とうと決意した。




