表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

141/174

141. パーティの裏側で

 ユリアンはパーティに参加させてもらっていた。


 セントラル学園の卒業生でもあり、良くも悪くも有名人であるものの、生徒たちが近寄ってくる気配はない。


「あなたも怖がられてるのね」


 隣に立つファラが、からかうように言ってきたのを、ユリアンは意図的に無視する。


「あらら、つれないねー。せっかくのパーティなんだから楽しみましょう?」


 ファラは妖美に笑うと、優雅にグラスを持ち、赤ワインを口に含んだ。


 そして、口の中で味わい、艶めかしい表情で「美味しい」とつぶやく。


 彼女の仕草を見ていた数人の男子生徒が、見惚れ、顔を赤くした。


 大人の魅力をあえて見せつけ、生徒で遊ぶファラに、ユリアンはため息をつく。


(じじい)共と違って、ここには純真な子が多くて助かるわ。若いっていいね」


 男漁りを始めるファラに、ユリアンは呆れ、ごくりとコップの水を飲み干す。


 そして、近くのテーブルにコップを置いた。


「でも、どの子も未熟ね。まだまだお子ちゃま、全然美味しそうじゃないわ」


「今日は任務で来ていますので、節度を保った行動をお願いします」


「えー、嫌よ。だってここには、将来有望な子がたくさんいるじゃない。青田買いしたいじゃない」


「いい加減にしてください」


 ユリアンは先輩であるファラにピシャリと言い放った。


 気を抜いているように見えるファラだが、その実、彼女が自然体を装いながらも、注意を払っているのを、ユリアンは知っている。


 くだらない話をしているようでも、彼女は魔導団に所属するエリートなのだ。


 ユリアンとファラは、さりげなく周囲を伺い、怪しい動きがないかをチェックしていた。


 すると、


「動いたわ」


 先程の呆けた声から一転、ファラがユリアンに囁いた。


「行ってきます」


「大の方?」


「いや、小です」


 ユリアンはくだらない会話をした後、目的の人物――レン・ノマールの後を追って動き出した。


 会場を出たレンを、ユリアンはこっそりと追跡する。


 レンはホールと高等部を繋ぐ渡り廊下を移動し、高等部の校舎に入った。


 そして、レンはスタスタと迷いのない足取りで、校舎の中を進んでいく。


 時折、レンが周囲を確認する素振りをみせるが、ユリアンは陰魔法で気配を消しているため、そうそう気づかれることはない。


 しばらく、ユリアンは息を潜めながら、レンを追いかけた。


 高等部の校舎を進んだ先、さらには、旧校舎に入った矢先、ふと、レンが廊下の角を曲がった。


 まるで、その場から忽然と姿を消したように見え、ユリアンも後を追おうとする。


 しかし、角を曲がろうとしたが、そこは行き止まりだった。


 そこには1人分入れる窪みがあるのみで、見間違えだろうか、と彼は頭を捻らせる。


 だが、確かにレンはここに入っていった、とユリアンは自身の記憶が正しいことを確かめ、魔道具、もしくは魔法陣による隠蔽魔法を疑う。


 彼はポケットから銀色の小さな箱を取り出す。


 箱を開けると、中には(すみ)のような、液体が入っていた。


 これはユリアンの魔力を込めた魔石を、液状にしたものであり、魔液と呼ばれている。


 ドロドロとした魔液を指につけて、彼は壁にバツ印を描く。


 すると、その直後、魔液が黒いシミのように壁全体に染み渡っていく。


 最終的には壁全体に広がったシミを見て、「あたりだね」とユリアンは呟く。


 次の瞬間、突如、壁が消えた。


 ユリアンが得意とする陰魔法、その特性の1つに、魔力干渉がある。


 例えば精神破壊魔法だが、あれは他人の魔力に干渉することで、精神を乱す魔法だ。


 ユリアンの魔力が籠もった魔液も、同様に、他人の魔力に干渉できるため、魔法陣や魔道具の効果を打ち消すことができる。


 今回の場合、隠蔽魔法によって作られた壁が魔液によって強制解除された、とういうことになる。


 消えて無くなった壁の先には、廊下が続いていた。


 ユリアンは陰魔法で、より一層気配を殺しながら、足音を立てずに歩く。


 すると、美術室、と書かれた札が見え、その教室の中から声が漏れ聞こえてきた。


 ユリアンはこっそりと会話を聞くために、美術室に近寄ろうとした、その瞬間、ぞわりと肌が粟立つ。


 直感が警鈴を鳴らし、同時に彼は横に飛びのいた。


 すっとユリアンの頬に一筋の切り傷ができ、直後、腹に強烈な痛みが走った。


「あ……うっ……」


 何者かに蹴り上げられ、一瞬息が詰まる。


 口をパクパクさせながら酸素を求めるが、しかし、思考は冷静のまま、ユリアンは魔力を練る。


 そして刹那、全身から魔力を発散し、周囲を暗闇で埋め尽くした。


 声を出すことができなく、敵に接近を許された状態。


 そんな中、彼が一瞬で考えた最適解が、無詠唱による暗闇を作り出す魔法だった。


 暗闇であっても、周囲に発散した魔力が、相手の居場所が教えてくれる。


 身体強化を使い、ユリアンは敵対者に向かって、右拳を突き出す。


 しかし、その拳は宙を裂く。


 彼は追撃し、右拳、左拳、さらには足を使って攻撃を繰り出す。


 ことごとく避けられ、相手がそれなりの実力者であると、短い時間で悟る。


 暗闇は次第に薄れていき、相手の姿がわかると、ユリアンは驚嘆した。


 敵対者は彼の良く知る人物――ファラだったからだ。


 驚きの余り、彼は一瞬だけ思考が途切れる。


 次の瞬間、ユリアンは、べちゃっと水たまりに足を踏み入れた。


 彼は、しまった……、と内心で悲痛の声を上げた。


 ファラは水魔法の使い手であり、ユリアンの踏んだ水は、ファラの魔力によって生成されたものだったのだ。


 すぐに、右足を持ち上げようとするが、水が彼の足に絡みついてきた。


 ユリアンは、ほんの僅かの時間だけ、動きを制限されてしまった。


「水牢」


 ファラは一瞬のスキを見逃さず、水魔法を発動した。


 すると、水たまりが浮き上がり、ユリアンは呼吸すらできないほどに全身を水で覆われ、完全に動きを封じられる。


「……ぅぁ……」


 コポコポと水の中へ、口から空気が漏れ出す。


 それを見たファラは「あはっ」と笑った。


「だめね。ちゃんと周りには気をつけなさい。これは先輩からのアドバイスよ」


 ファラは水中に閉じ込められたユリアンを、正面から見据える。


 ユリアンは体内魔力を練ろうとするが、魔力操作が全く思い通りにできなかった。


「うふふ、無駄よ。いま、あなたは私の魔力に漬かりきっているのよ」


 ファラは妖艶な笑みを浮かべて説明する。


 この水牢に閉じ込められた者は、魔力の過剰摂取による魔力中毒状態になり、そして数秒後にはファラの魔力によって全身を犯され、狂乱状態に陥る。


 豊富な魔力量を誇るファラだからこそ可能な魔法であり、凶悪な技だ。


 ユリアンは何か話そうとするものの、ごぼごぼと空気が漏れ出る音しかしない。


 完全にファラの手中にある状態であり、一見すると絶体絶命のユリアン。


 しかし、彼にはここから抜け出す策がある。


 彼はポケットに手を突っ込み、そして、指で小さな箱の蓋を器用に開けた。


 その瞬間、箱の中の魔液が漏れ、ユリアンを閉じ込めていた水を、黒く塗りつぶしていく。


 一秒も満たない間に、水は真っ黒になり、そして弾けた。


 ユリアンは水から解放されるや否や、窓に向かって駆け出す。


 ファラはユリアンの行動に驚き、すぐに追いかけるものの、一歩遅かった。


 ユリアンが窓の外に飛び出した直後、ファラは窓の外を確認するが、そこにはすでにユリアンの姿はなかった。


「あーあ、逃げられちゃった」


 気配を消すのが上手いユリアンを探すのは、容易ではない。


 彼女は自身の失敗を嘆くものの、大したことない、とすぐに気を取り直す。


「探さなくて良いのですか? 私達の計画に邪魔になると思いますが」


 ファラの後ろから、いつの間にか立っていたレンが尋ねる。


 計画、という明らかにきな臭い話に、ファラは眉をひそめるわけでもなく、


「大丈夫よ。一瞬とは言え、水牢に閉じ込めたんだもの。当分は魔力中毒でまともに魔法を使えないわ」


 と言った。


 レンは「それならいいのですが」と頷く。


「ところで(・・)は開けられたの?」


「ええ、もちろんです。あとは生贄を用意し、祭壇に捧げるだけです」


「ナタリー・アルデラートね。彼女は昨日の戦いで消耗しているから、捕まえるのは簡単だわ。しくじられないでね」


 ファラがそういった振り向くと、レンの横には黒帽子の男がいた。


「そのための準備はしてきましたよ」


 深く被った帽子の中で、男は薄く笑う。


 そして、死んだような瞳のモネと、ワクワクの表情を浮かべたジャックが美術室から出てきた。


「ああ、斬りたいなぁ」


 ジャックの言葉に、黒帽子の男は人差し指を唇の前で立てる。


「焦らないでください。獲物はたくさんおります」


 黒帽子の男は、全員に視線を配りながら、仰々しく両手を広げた。


「さあ、あの方の復活はもうすぐです。全てを壊し、再生する、新時代の幕開けといきましょう」


 光悦とした笑みを浮かべる者、無関心を貫く者、狂気に口を吊り上げる者など、反応は様々だ。


 黒帽子の男は、満足そうに頷く。


 回帰集団の中でも指折りの実力者たちが、一堂に会した。


 サンザール学園では、今まさに、何かが起ころうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ