118. 閑話1
窓から入る月の光が部屋をほんのりと明るくする。
部屋の中には黒帽子の男が一人。
丸テーブルに高価なワインを載せ、男はグラスを口まで持っていく。
ワインの酸味が口の中に広がり、それを舌で転がすように味わう。
ひとしきりワインを楽しんだ男はすっと目を細める。
「うーん、悪くないですね」
彼は今回の四大祭に少しだけ介入してみた。
ベルクが男の誘いに乗ってくれるとは思っていなかった。
断られることを前提で彼はベルクの前に姿を現した。
なぜ、わざわざ目立つようにベルクの前に現れたのか?
もちろん理由がある。
あの場でベルクと話した……その事実にこそ意味があるからだ。
偶然にも、あの場……つまり彼とベルクの交渉を見ている者がいたとする。
その者が「ベルクが決勝戦前日に何らかの取引をしていた」というだけでいい。
翌日にオーウェンが棄権し、ベルクが優勝する。
果たして、これらの事実を人々がどう結びつけるか。
ベルクが優勝するために不正をしたと、そういう噂が流れたはずだ。
なぜなら人々にとって噂が事実であるかどうかは、決して重要なことではないからだ。
そうであった方が面白い、と退屈な人生にスパイスを与えてくれる情報を群衆は好む。
そうして、愚かな人々が噂に踊らされる。
それが男の狙いだった。
ついでにオーウェン・ペッパーを殺せれば良かった。
わざわざあのペッパー家を失墜させたのにオーウェンが活躍してきたら意味がなくなってしまう。
できれば、ここで排除しておきたかった。
だがそれは今回重要視していない。
すでにブラックの悪評が広まっており、オーウェンが頑張ろうと一度落ちたペッパー家の信頼を取り戻すには時間がかかる。
それに、
「あの気まぐれなジャックと、情を捨てきれないモネがオーウェンを殺せるとは思っていませんし」
オーウェンが死ねば吉。
そうでなくともオーウェンが決勝に出なければ問題ない。
オーウェンがモネを助けにいかない、という選択肢も考えられた。
それなら、助けにいかなかった事実を上手く活用すれば良い。
どう転んでも男の不利益にはならない。
と高を括っていたが、最後の最後で男の思惑は外れた。
「まさか……決勝戦が行われるとは、ね」
前代未聞の出来事。
ベルクが優勝よりもオーウェンとの戦いを望んでいたこと。
それが誤算一つ。
そしてオーウェンが優勝したのも誤算と言えば誤算だった。
ベルクが優勝のために不正を働いたという噂が流れない。
「そういうこともありますか」
確かに男の思惑から外れる結果となった。
だが、悲観することでもない。
今回は前座だ。
魔法至上主義社会に楔を打ち込むための手段は他にもある。
そして、
「王都が血に染まる日は……そう遠くありませんから」
黒帽子の男はワインの赤に、燃える王都を重ねる。
人々が恐怖に顔を歪める姿を想像し……男は愉悦を露にして嗤った。
明後日の11月5日に第一巻が発売されます!
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