11. 誘拐
「誰もいないと思ったけれど、先客がいたみたいね」
誰だ……?
この光沢ある金色の髪は、アルデラート公爵家の令嬢だ。
「はじめまして。ナタリー・アルデラートよ。あなたは?」
「どうも、オーウェン・ペッパーです」
「ペッパー……と言えば、あの悪名高い……」
そうですね。
悪名高く、無能で有名なペッパー家の嫡男です。
ふはははは。
「その噂って結構広がっているんだ」
「ええ……。魔法が使えない貴族のくせに、威張っている人たちだと」
「その通りだね」
「あら、素直に認めるのね。それに噂に聞くオーウェンは癇癪持ちだ。……そう聞いたのだけど」
おいおい、そんな危ないやつを怒らせるような真似するなよ。
って、俺のことか。
「それとも、私が公爵家の令嬢だから猫を被っているのかしら」
「いや、むしろこれが俺の素だよ。それに、子供相手に怒るほど、俺は大人げなくないしね」
「まるで、自分が大人みたいに言うのね」
あ、そうだ。
俺は子供だった。
「ふっ……。大人ぶりたい年ごろなのさ」
「それ自分で言う?」
ナタリーがジト目になる。
「俺は自分を客観視できる子供なんだ」
「あなたって、噂と違って……変な人ね」
うーん。
それは良い評価なのか?
まあ、無能なデブよりはマシだろう。
「ありがとう」
「褒めてないわよ……。でも、まあ良い退屈しのぎにはなるかしら」
「退屈だったのか?」
こんなにキラキラしたところで祝われてるのだ。
きゃー、みんなー、私のためにありがとう! とは思わないのだろうか。
うん、思わないだろうな。
「……そうね。いえ、なんでもないわ。これは公爵家に生まれた私の役目。仕方ないわ」
そういってナタリーは何かを諦めたような表情をする。
おいおい、10歳の子供がして良い表情じゃないぞ。
それも今日はナタリーの誕生日だろ。
もっと、はしゃいでいいんじゃないか?
「子供はもっと子供らしくしていいんだぞ」
「え……?」
「って俺の先生が言ってた。子供でいられる時間は短いんだ。その貴重な時間を捨てて、大人ぶるなよ」
純粋に子供としていれるのはいつまでだろうか。
職につくまでか?
成人するまでか?
この世界の人の平均寿命は知らないが、いずれにしても子供でいられる期間は短い。
そして、その期間は人生の中でとても重要だ。
俺は前世で子供の時期を経験したから良いが、ナタリーは違う。
大人になると、どうしても従わないといけないことが増えてくる。
自分の本心が言いにくくなる。
行動に責任が伴うせいで、臆病になる。
そうやって、やれることしかやれなくなるんだ。
なら、まだ子供でいられるうちは、存分に子供を楽しんだ方が良い。
まあ、カザリーナ先生の受け売りだが。
「そんな単純な話ではないわ。私の行動は公爵家の行動になる。……あなたみたいに好き勝手生きていけないのよ」
「そんなの知るか。俺は偉大で尊敬できる最強の先生から教わったんだ。子供は子供らしくあるべきだと。だから、子供らしくしろよ」
先生の教えは絶対だ。
そんな先生に俺は(物理的に)甘えていた。
「あなたは良い人と出会えたのね」
「そうだ。カザリーナ先生は最高の先生だからな」
「ふふふ。羨ましいわ」
「とういうわけで、今から俺とあそぼーぜ」
「え……何がどういうわけよ」
「だって、誕生日会が退屈なんだろ。なら俺と楽しいことしようぜ」
ぐへへへ、お嬢ちゃん、おにいちゃんと良いことしよ。
きっと楽しいよ。
飴ちゃんもあげるからさ。
というのは冗談だ。
「私は今日の主役なのよ。もう戻らないと……」
「なんで、今日の主役が……誕生日のやつがつまらない顔してんだよ。誕生日ってのはその人にとって、特別な日じゃないのか?」
「ええ、特別な日よ。皆を接待しなければならない特別な日」
「そんなんじゃ、ナタリーが楽しめないだろ」
「そういうものよ」
「俺と遊ぼうぜ」
「あなた、話聞いてた?」
「聞いてけど、そんなの知らん。それに俺とお前はもう友達だ。友達が友達と遊びに行く。それで十分だ」
「友達……? それに行くって、どこに?」
「探検だ! あそこの庭を探検をしよう!」
そう言って、バルコニーから見える庭を指差す。
ここは2階であるため、外に行くには会場の中を通るか、直接下に降りるか、二択だ。
会場の中を通るのはダメだ。
目立ってしまうし、ナタリーが呼び止められる可能性が高い。
だが、直接行くと言っても、バルコニーから下に降りられる階段なんてものはない。
それなら、作ればいいんだ。
俺は右手に魔力を溜める。
「土よ、我らを導け」
魔法で土を生成して、階段を作った。
階段はバルコニーから外の庭へと続いている。
俺は手すりを飛び越えると、
「さあ、行こう」
ナタリーを誘った。
「で、でも……」
「ちょっと、遊びにいくだけさ。すぐに戻ってくる」
「……ちょっとだけよ」
ナタリーは少し考える素振りを見せた後、俺の方に近づいてきた。
そして、俺の手を取ろうとした瞬間だ。
「ナタリー! こんなところで何をしている!? 早く戻らんか!?」
会場から男が出てきた。
「お、お父様……」
お父様ってことは、アルデラート家の現当主であるラルフ・アルデラートか。
……まずいな。
この状況は、怪しい男がナタリーを誘拐しているみたいじゃないか。
俺はナタリーの体を抱きしめた。
「え、ちょ、オーウェン!?」
「捕まっておけよ」
「お前、ナタリーに何をしている!?」
ラルフがナタリーの腕を掴もうとしたときだ。
「―――引力解放!」
俺はナタリーを抱きしめたまま、魔法を使って空を飛んだ。