10. 壁の花
ダンスレッスンに明け暮れて、一週間が過ぎた。
そして、誕生日会の当日。
誕生日を迎えるのは、アルデラート家の長女ナタリー・アルデラートだ。
同じ歳の子だが、俺と違って良い評判をたくさん聞く。
天使のような美少女だという噂だ。
また、教養があり、人との折衝に長け、さらには魔法の才能もあるのとのことで、将来を有望視されている。
デブで、教養もなく、無能で乱暴。さらには、魔法の練習をしてこなかった俺とは、真逆の存在だ。
そんな、彼女の誕生日会には多くの貴族が呼ばれている。ペッパー家をよく呼んだな。
と思ったがほとんどの貴族に手紙を出しているから、ついでなのだろう。
評判の悪い俺は大人しくしておこう。
パーティーマナーをあまり学んでこなかったし、どう振る舞えば良いかわからん。
なんで伯爵家なのに教養がないかって? それは昔の俺が、
「こんなやつらに教わっていられるか! とっとと帰れ!」
と言って、すべての教師を辞めさせたからだ。
それ以降、誰も俺の教師をやりたがらなくなった。
例外として、カザリーナ先生が来てくれたぐらいだ。
なんなら魔法教師であるカザリーナ先生に、文字や一般的な知識なども教えてもらった。
本当に先生はすごい人だよな。美人で、こんな俺にも優しく、魔法の扱いにも長けている。
やはり、彼女は賢者だ。
いや、賢者を超えて……神様。ありがたやー。カザリーナ先生の像があれば、間違いなく買って部屋に飾る。
ちなみに、壁に掛けられていた気味の悪い絵画は外して売った。
……あの絵画、ほとんど金にならなかったぞ。
絶対、騙されて買っただろ。
どんまい、俺。
そんなことを考えていたら、広い部屋にたどり着いた。
天井からシャンデリアがぶら下がっており、会場一体を照らしている。
立食パーティーらしく、たくさんの食事が用意されていた。
美味しそうな料理だな。
普段は、食事制限をしているけど、今日くらいは許されるはずだ。
こうやって、人はリバウンドしていく……。
目につく美味しそうな料理を皿に盛って、会場の片隅でひっそりと食べ始めた。
これぞウォールフラワー。
わいわい、がやがやしているパーティー会場で一人佇む俺。
黙々と食べながら、ふと思うことがあった。
あれ? 俺ってここにいる意味なくね?
そもそも、知らない人ばかりの中で、知らない人の誕生日を祝うってどうよ。
陽キャなら「うえーい」と言って楽しめるだろうけど、俺みたいな陰キャには無理がある
と、考えてているときだ。
「おお! あれがアルデラート公爵家の御息女か」
周りがざわざわし始める。
声のした方を向くと、そこには美少女がいた。
シャンデリアの光に照らされて、黄金色の髪がきらめく。
透明感のある藍色の瞳。
少女はまさに天使と呼ぶのにふさわしかった。
つまり、物凄く可愛かった。
まさに芸術品、一流の絵師が描いた絵画から飛び出してきたような少女だ。
そして、10歳とは思えないほど、落ち着きを払っている。
俺とは住む世界が違うな。
こんな広い会場で多くの人に祝ってもらえるんだ。
会場の中心で光り輝く場所にいる彼女と、会場の隅で隠れるように立っている俺。
悲しいほどに差がある。
彼女の姿をしばらく見た後、ひっそりとバルコニーへ出た。
夜風が気持ちいいな。
中の煌びやかな雰囲気と打って変わって、ここには誰もいない。
こういうところの方が落ち着く。
俺はバルコニーから見える、手入れされた庭を見下ろした。
綺麗な庭だなと思いながら、ボーっとしているときだ。
人が近づいてくる足音が聞こえた。
■ ■ ■
「はあ……。憂鬱だわ」
ナタリー・アルデラートは誰にも聞かれないように、こっそりとため息をこぼす。
今日は、10歳になったナタリーの誕生日会だ。
公爵家の長女ということで、誕生日会は盛大に開かれることとなった。
だが、自分の誕生日会であるものの、全然楽しいとは思えない。
そもそも、この誕生日会はナタリーが楽しむためのものではない。
公爵家の令嬢として恥ずかしくないように、振る舞うことが求められている。
ここに挨拶にくる全員、顔は笑っていても、目の奥ではナタリーを品定めしている。
ナタリーは公爵家の令嬢としてふさわしいか。
ナタリーを通して、アルデラート家の今後を見ているのだ。
彼女の一挙一動には大きな責任が伴う。
そのため、ナタリーは不用心な発言ができず、完璧な令嬢を演じ切らなければならない。
完璧なんて存在しないのに、今この場では完璧を求められている。
そんな誕生日会が楽しいわけがない。
でも、仕方ないと諦めている。
三大公爵の一つ、アルデラート家の令嬢に生まれたのだから。
「ナタリー様は聡明ですね。さすがはアルデラート家のご息女だ」
「ワハハハ。今後もアルデラート家は安泰ですな」
どれも心無い言葉に聞こえてくる。
一体彼らの本心はどこにあるのだろうか。
裏では平気で人のことを罵り、蹴落とし合っているのに。
ナタリーは早く帰りたい気持ちをぐっとこらえる。
広い部屋だというのに、ここは窮屈で息が詰まる。
眩いばかりの室内だが、人の影が目につくのはなぜだろう。
「お父様。私、少しバルコニーで休みます」
「すぐに戻ってくるんだぞ」
「はい……」
ナタリーは足早にこの場を去り、人気のないバルコニーに向かった。




