俺の姉【番外編】
俺には姉がいる。自分で言うのもなんだがそれなりに仲のいい姉弟だと思う。
姉は超がつくほど不器用だ。料理も家事もできない。母親が亡くなったあと、俺が家事を引き受けた。最初は姉が「これからは私が頑張るから」と張り切ってみせたが、散々だった。皿を割る。色柄物と白い物を一緒に洗って白い物を染めてしまう。食事は味がない。
これを見て、俺は悟った。家事は俺の仕事だと。
母親に似て手先が幾分器用な俺は、家事も料理もそれなりにこなすことができた。おかげで家の中はそれなりに回るようなった。
俺は姉の行く末が心配だった。この人を嫁にしたいという人は現れるのだろうかと。
就職を機に一人暮らしを始めた姉。これで少しは生活能力が身につくだろうと思った。でも、それは無かった。ひとりで生きていく程度にはできるが、誰かのためにできるような家事能力はなかった。
俺の不安は一向に消えなかった。そんな矢先、姉の前にイケメンが現れた。
姉に実家の鍵を借りるために、姉の勤め先であるホテルへ行った。その日はウェディングショーが開催されていて、それに出演する予定のモデルが急病により出られなくなった。
そのモデルの代理が、なぜか俺になった。佐々木さんというウェディングデザイナーの人に説明を受け、緊張で吐きそうな思いをしながら舞台を歩いた。
モデルの代理が終わり、姉と会話をしていると、佐々木さんがやってきた。
姉と話している様子を見て、この二人、そこそこお互いに意識しているんじゃないかと思った。佐々木さんみたいなイケメンのデザイナーが姉を好きになるだろうかという疑問を持ちつつ、二人きりの時間を与えてみようと思った。
佐々木さんは三人で食事をと言ったが、大学の先輩から掛かってきた電話を理由に誘いを断った。さあ、この二人はどうなるだろうか。
姉と佐々木さんはゆるい感じで友情を育んでいった。いい大人同士なんだから勢いでどうにでもなりそうなのに、生真面目な佐々木さんと鈍い姉はどこにも進んでいなかった。それぞれのペースというものがあるから、俺はひたすら見守ることにした。
ある日のことだった。姉の様子がおかしくなった。仕事で忙しいのか、あまり実家に帰ってこなくなった。ちょっと様子を見に行ってみようと思い、姉の暮らすアパートへ向かった。
久しぶりに会った姉は少し痩せていた。
「よう。ご飯、ちゃんと食べる?」
「そこそこには」
姉がこう答えるときは疎かにしている証拠だ。キッチンを見ると使った形跡がない。冷蔵庫にはコンビニで買った食事ばかりだった。
「忙しいからって、楽しすぎるのも問題だよ」
俺の言葉に「だって、忙しいし」と言って、姉は力なく笑った。
食事はちゃんと摂らせなくてはと思い、近くのスーパーに行き、食材を買い込んだ。それから簡単にできるお惣菜を数品作り、冷蔵庫に入れた。
冷蔵庫になにか入っていれば、姉はちゃんと食べてくれていた。だいたい三日に一回の割合で、作り置きのお惣菜を持っていき、ついでに掃除をしてやった。
姉のアパートから帰ってきて、リビングでレポートを書いているときだった。佐々木さんから電話がかかってきた。
「もしもし」
『涼太君、久しぶり』
「お久しぶりです」
『宏実さん、元気してる?』
少しこわばった声で佐々木さんは聞いてきた。姉があんな感じになった原因は佐々木さんのようだ。
「珍しく元気がないです。仕事はちゃんとしているみたいですけど」
『そう』
「はい」
小さな沈黙が訪れた。なにかあったんですかと聞こうと思ったとき、佐々木さんが話し始めた。
『実は今、海外にいるんだ。仕事の都合で。それで日本に戻ったら宏実さんに会うつもりでいる』
「そうですか。姉に海外にいることは?」
『言っていない』
「連絡とっていないんですね。俺から伝えましょうか?」
『いや、いい』
また沈黙が訪れた。連絡が取りにくい状況であることがわかれば、姉だって少しは穏やかになると思うのに。
「あの、姉に一回でいいんで連絡してやってくれませんか?」
『それは、できない』
「どうしてですか?」
『僕はちゃんとけじめをつけて、宏実さんと向き合いたいんだ。今、連絡しても中途半端になってしまいそうだから』
そうか。佐々木さんは姉のことを大事に思ってくれているんだ。佐々木さんの言葉を信じようと思った。
「わかりました。佐々木さんが戻って来るまでは、姉のことは任せてください」
『ありがとう、涼太君』
「いえ。次に会うときは、佐々木さんは将来の義理のお兄さんになってることを願います」
そう言うと、佐々木さんはしどろもどろになりながら『頑張ります』と言った。
「じゃあ、体調に気を付けてお仕事頑張ってください」
『ありがとう』
通話を終え、軽く息を吐きだした。
佐々木さんが戻ってくるまで、姉が自暴自棄になり暴走しないように見張らないと。
姉の中で整理がついたのか、最近は少し落ち着いてきていた。それでも空元気には違いない。姉はしっかりしているくせに、恋愛には臆病で目をつぶる癖がある。今はそれを実行して、なんとかしているのだろう。
今の姉を見ていると、大学受験時期の姉を思い出す。
当時、同じ塾に通っていた人と付き合っていた。同学年で他校の人。俺も数回会ったことがあった。優しそうな人だった。ただ、学校が違うとすれ違いが起きやすい。そのせいで、小さなケンカをよくしていた。
姉は根本、平和主義で争いごとが苦手だ。俺や父親にはそれなりの口を利くが、好きな人だとそうはいかなないらしい。ケンカをして、相手が嫌な気持ちになるならケンカをしない道を選びたい。だから小さな疑いは目をつぶっていた。
その小さな疑いが小さな不安に繋がって、どうにもならない不安が募るかもしれない。それならケンカになっても話したほうがいいはずなのに。
ちょうど受験シーズンということも相まって、姉は彼氏を信じ、自分の好きという気持ちを信じることにした。小さな疑いも不安もすべて呑み込んでいた。
結果、二人の間には大きな溝ができ、受験が終わったころ、彼氏から振られる結果となった。
勉強や仕事に対しては根性があるのに、恋愛に関しては少々逃げ腰だ。
俺としては、佐々木さんとのことが高校の頃の二の舞になってほしくない。ここは俺が話をしておかないと、と思った。
変に遠回しで話すより、そのまま言ってしまった方がいいと思い、自分が思っていることをはっきり話した。
姉は居心地悪そうにしていたけれど納得していたようだった。
年明け、大きな箱が届いた。佐々木さんから姉宛の物だった。
佐々木さんからの決意の電話以来、何度かメールのやり取りをしていた。忙しいだろうと思い、自分からメールをすることはなかった。佐々木さんから来るメールに自分が答えるという形だった。
一応、宅配便が届いたことを佐々木さんに伝えておいた。すると佐々木さんからは簡潔に“わかった。ありがとう”と返信がきた。
さあ、これからは二人の問題だ。ふたりがうまく行くことを、ただ願うばかりだ。
最後まで読んでくださりありがとうございました。




