表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/19

俺の姉【番外編】

 俺には姉がいる。自分で言うのもなんだがそれなりに仲のいい姉弟だと思う。

 姉は超がつくほど不器用だ。料理も家事もできない。母親が亡くなったあと、俺が家事を引き受けた。最初は姉が「これからは私が頑張るから」と張り切ってみせたが、散々だった。皿を割る。色柄物と白い物を一緒に洗って白い物を染めてしまう。食事は味がない。

 これを見て、俺は悟った。家事は俺の仕事だと。

 母親に似て手先が幾分器用な俺は、家事も料理もそれなりにこなすことができた。おかげで家の中はそれなりに回るようなった。

 俺は姉の行く末が心配だった。この人を嫁にしたいという人は現れるのだろうかと。

 就職を機に一人暮らしを始めた姉。これで少しは生活能力が身につくだろうと思った。でも、それは無かった。ひとりで生きていく程度にはできるが、誰かのためにできるような家事能力はなかった。

 俺の不安は一向に消えなかった。そんな矢先、姉の前にイケメンが現れた。

 姉に実家の鍵を借りるために、姉の勤め先であるホテルへ行った。その日はウェディングショーが開催されていて、それに出演する予定のモデルが急病により出られなくなった。

 そのモデルの代理が、なぜか俺になった。佐々木さんというウェディングデザイナーの人に説明を受け、緊張で吐きそうな思いをしながら舞台を歩いた。

 モデルの代理が終わり、姉と会話をしていると、佐々木さんがやってきた。

 姉と話している様子を見て、この二人、そこそこお互いに意識しているんじゃないかと思った。佐々木さんみたいなイケメンのデザイナーが姉を好きになるだろうかという疑問を持ちつつ、二人きりの時間を与えてみようと思った。

 佐々木さんは三人で食事をと言ったが、大学の先輩から掛かってきた電話を理由に誘いを断った。さあ、この二人はどうなるだろうか。

 姉と佐々木さんはゆるい感じで友情を育んでいった。いい大人同士なんだから勢いでどうにでもなりそうなのに、生真面目な佐々木さんと鈍い姉はどこにも進んでいなかった。それぞれのペースというものがあるから、俺はひたすら見守ることにした。

 ある日のことだった。姉の様子がおかしくなった。仕事で忙しいのか、あまり実家に帰ってこなくなった。ちょっと様子を見に行ってみようと思い、姉の暮らすアパートへ向かった。

 久しぶりに会った姉は少し痩せていた。

「よう。ご飯、ちゃんと食べる?」

「そこそこには」

 姉がこう答えるときは疎かにしている証拠だ。キッチンを見ると使った形跡がない。冷蔵庫にはコンビニで買った食事ばかりだった。

「忙しいからって、楽しすぎるのも問題だよ」

 俺の言葉に「だって、忙しいし」と言って、姉は力なく笑った。

 食事はちゃんと摂らせなくてはと思い、近くのスーパーに行き、食材を買い込んだ。それから簡単にできるお惣菜を数品作り、冷蔵庫に入れた。

 冷蔵庫になにか入っていれば、姉はちゃんと食べてくれていた。だいたい三日に一回の割合で、作り置きのお惣菜を持っていき、ついでに掃除をしてやった。

 姉のアパートから帰ってきて、リビングでレポートを書いているときだった。佐々木さんから電話がかかってきた。

「もしもし」

『涼太君、久しぶり』

「お久しぶりです」

『宏実さん、元気してる?』

 少しこわばった声で佐々木さんは聞いてきた。姉があんな感じになった原因は佐々木さんのようだ。

「珍しく元気がないです。仕事はちゃんとしているみたいですけど」

『そう』

「はい」

 小さな沈黙が訪れた。なにかあったんですかと聞こうと思ったとき、佐々木さんが話し始めた。

『実は今、海外にいるんだ。仕事の都合で。それで日本に戻ったら宏実さんに会うつもりでいる』

「そうですか。姉に海外にいることは?」

『言っていない』

「連絡とっていないんですね。俺から伝えましょうか?」

『いや、いい』

 また沈黙が訪れた。連絡が取りにくい状況であることがわかれば、姉だって少しは穏やかになると思うのに。

「あの、姉に一回でいいんで連絡してやってくれませんか?」

『それは、できない』

「どうしてですか?」

『僕はちゃんとけじめをつけて、宏実さんと向き合いたいんだ。今、連絡しても中途半端になってしまいそうだから』

 そうか。佐々木さんは姉のことを大事に思ってくれているんだ。佐々木さんの言葉を信じようと思った。

「わかりました。佐々木さんが戻って来るまでは、姉のことは任せてください」

『ありがとう、涼太君』

「いえ。次に会うときは、佐々木さんは将来の義理のお兄さんになってることを願います」

 そう言うと、佐々木さんはしどろもどろになりながら『頑張ります』と言った。

「じゃあ、体調に気を付けてお仕事頑張ってください」

『ありがとう』

 通話を終え、軽く息を吐きだした。

 佐々木さんが戻ってくるまで、姉が自暴自棄になり暴走しないように見張らないと。

 姉の中で整理がついたのか、最近は少し落ち着いてきていた。それでも空元気には違いない。姉はしっかりしているくせに、恋愛には臆病で目をつぶる癖がある。今はそれを実行して、なんとかしているのだろう。

 今の姉を見ていると、大学受験時期の姉を思い出す。

 当時、同じ塾に通っていた人と付き合っていた。同学年で他校の人。俺も数回会ったことがあった。優しそうな人だった。ただ、学校が違うとすれ違いが起きやすい。そのせいで、小さなケンカをよくしていた。

 姉は根本、平和主義で争いごとが苦手だ。俺や父親にはそれなりの口を利くが、好きな人だとそうはいかなないらしい。ケンカをして、相手が嫌な気持ちになるならケンカをしない道を選びたい。だから小さな疑いは目をつぶっていた。

 その小さな疑いが小さな不安に繋がって、どうにもならない不安が募るかもしれない。それならケンカになっても話したほうがいいはずなのに。

 ちょうど受験シーズンということも相まって、姉は彼氏を信じ、自分の好きという気持ちを信じることにした。小さな疑いも不安もすべて呑み込んでいた。

 結果、二人の間には大きな溝ができ、受験が終わったころ、彼氏から振られる結果となった。

 勉強や仕事に対しては根性があるのに、恋愛に関しては少々逃げ腰だ。

 俺としては、佐々木さんとのことが高校の頃の二の舞になってほしくない。ここは俺が話をしておかないと、と思った。

 変に遠回しで話すより、そのまま言ってしまった方がいいと思い、自分が思っていることをはっきり話した。

 姉は居心地悪そうにしていたけれど納得していたようだった。

 年明け、大きな箱が届いた。佐々木さんから姉宛の物だった。

 佐々木さんからの決意の電話以来、何度かメールのやり取りをしていた。忙しいだろうと思い、自分からメールをすることはなかった。佐々木さんから来るメールに自分が答えるという形だった。

 一応、宅配便が届いたことを佐々木さんに伝えておいた。すると佐々木さんからは簡潔に“わかった。ありがとう”と返信がきた。

 さあ、これからは二人の問題だ。ふたりがうまく行くことを、ただ願うばかりだ。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ