ナハト大砂界②
呪いも祝福も、統べて血の中を巡っている
結論。私は弱い。
まぁ変な力使えるようになったって言っても、中身普通の女子高生だしね。
不死身に近いアドバンテージで何とかなってるけど、犬が4,5匹徒党を組んで襲ってくると結構あちこちガブガブやられる。
ただ痛くはないし、噛みつかれたところから反撃できるから負けることは無い。
もちろんそんな戦い方には問題もある。不死身に近いと言ったのがそれだ。
メイの治療には優先順位があるらしく、最優先となるのは止血などの応急処置なのだそう。
その次に失われた部位・器官などの修復。これは現物があれば治療は簡単。逆にゼロからの修復となると、ほかの部位からちょっとずつ色々もらって薄く伸ばして対処しなければならないらしい。
そして最後に来るのが傷痕の修復だ。私の体は今、犬に噛まれた傷の修復痕だらけになっている。これは結構ショックで、メイと幾度か口論したほどだ。
メイはどれだけ「治して」とお願い「しても『わかるぅ』とか言って治してくれない。これに関しては基本的にしてもしなくてもただちに影響がないからだろう。
先の戦いで私は両腕を修復し、全体的に薄く延ばされたような状況だ。
つまり傷痕の修復に『血』を使うほどの余力がない。
それはまた、私がけっして不死身ではないということを意味している。
私は腕を失っても生首になっても生きていられるが、それは『血』というチートな再生装置があるからに他ならない。
逆に言えば、『血』を失い過ぎればやはり死ぬのだ。
今のような戦いを続けて、犬にまた喰われるなどすれば、血はやがてなくなるだろう。
その対策は何となく分かる。分かるけど理性がそれを拒む。
「うぅ~~。やだぁ~~~むーりぃ」
サバイバル生活三日目
今まではオアシスの水でお茶を濁してきたが、それも限界。
痛みはなくともお腹はすくらしい。
// ちゃんと食べなきゃおおきくなれないよ~
「あんたこの前、今の身長がピークって言ったよね!?」
正直、『食うに困れば人間なんでもする』とは言ったって、食う事自体に困ればどうすればいいって話。
振り返れば、殺したばっかのわんわんおと目が合う。これ食べるの?っていうか食べていいの?
ほら、病原菌とか寄生虫とか。衛生面も気になるし。普通は食べないよね?
うん。虐殺してる時点でもう異常だとは思うんだけど。
// 病気とか虫は私が中でやっちゃうから平気だよー
あぁ、はいはい便利便利。
そういう事じゃなくて、私の人間性のとしての諸々が崩れそうな気がするんだよ。
// うーん。わかるぅ。
// で、結局どうするの?食べる?食べない?
「…………せめて、焼かせて」
なんか血を食べてるみたいで生肉って嫌いなんだよねー、あはは。
// え~、生の方が新鮮でおいしーよー
メイを無視して日中高熱に晒された岩盤の上に犬の肉を置く。
しばらくたってから様子を窺うと、こんがり焼けていた。
しげしげとそれを十分に見つめ、意を決して手に取った。
さよなら何か大切なもの。
ぱくっ
>> install package <Cerberus>
>> reboot right now? (y/n) --> n
ん?何か言った??
// 言ってないよ~。こっちの話ぃ
おぅ、なんだなんだ。私は内緒話出来ないのに、お前は出来るんかい。
いんすと……?なんとか。絶対何か言ったような……。
// 気にしない気にしなーい。それよりどう?美味しい?
何か釈然としないが、これ以上追及してもメイは何も喋らないだろう。
ほんの数日の付き合いだけど、メイが結構頑固なのは分かる。
それに私の不利益になることも基本的にはしない。伝え忘れることはよくあるが。
「…………まっずい」
肉の感想はとりあえず、コレ。調味料って偉大なんだなぁって思う。
塩だけでもあれば、まだマシだったかもしれない。
それに犬が筋肉質だったせいか、やけにボソボソしている。
// うんうん。好き嫌いはダメだよぉ
// たーんとお食べ―
その後は心を無にして、食べられるだけ食べた。
メイがご褒美ということで傷痕を幾つか治してくれたが、全部はまだ厳しいとの事。
何より、偏った栄養では『血』そのものにダメージが蓄積するらしい
街に行ってちゃんとしたものを摂る必要性を再認識した。
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お腹が膨れたことで、私は本格的に街の探索に出ることにした。
今まではオアシスの周辺をぐるぐる回るだけだったが、それでも改めてこの砂漠の広大さを知った。
少なくとも目視できる範囲には街や人の気配はない。
見渡す限り黒いインクが染みついたような砂漠の光景。
オアシスから離れなかったのは、他にも幾つか理由がある。
一つはこの砂漠の尋常ではない暑さ。おそらく日中は50度くらいある。
唯一木が生えているオアシスの木陰から出るのは自殺行為に思えた。
そして反対に夜は急激に冷え込む。犬の毛皮を集めてなんとか寒さを凌いでいたが、オアシスから離れるとなると、そう多くを持ち運ぶことは出来ない。
運よく犬と出くわすことが出来れば話は別だけど、そう上手くはいかないだろう。
そしてもう一つ。犬以外の危険な生き物がいる可能性。
砂漠と言っても色々な砂漠がある。ネットで見たような知識しかないけど、むしろ砂漠にああいう犬みたいなのがいる方が珍しいんじゃないかな。
サソリみたいな毒をもった虫や、蛇とかイグアナのような爬虫類がいるのが、私の中の砂漠のイメージ。
特に毒には気を付けなければならない。
蛇の毒は『血』を凝固させるものがある。
体の方はまだ何とかなるけど、『血』へのダメージは避けたい。
その点、犬は相性の良い敵でもある。喰われることさえなければ勝確なのだから。
私はそう言ったことを整理した結果。早朝と日没前に探索を限定することにした。
オアシスの拠点はそのままに、活動しやすいその時間帯だけ外に出る。
その代わり日中はオアシスに拠点を作りに専念した。今はまだわずかな木と植物だけで作った簡易の寝床だけど、無いよりはマシなはずだ。
そして夜は寒さと犬を警戒しながら寝る。
そんな生活を十日ほど続け、ウンザリするほど犬肉を食べた頃、ようやく一つ進展があった。
それはオアシスから四時間ほど歩いた場所にあった。
その日は珍しく雲が出ていたから、普段よりも日中の探索範囲を広げたのが功を奏したと思う。
「…………遺跡・・・かなぁ?」
半分砂に埋もれた石造りの建物の残骸。
随分過去のものなのか、ところどころが風化して穴だらけになっている。
砂埃と蜃気楼のせいでハッキリとは分からないが、中心には少し大きな建物があるのも見える。
ただし、人の気配は無かった。
「メイ。何かわかる?」
一応聞いておく。
// 廃墟だねぇ~~あがるぅ
お前、廃墟好きだったのか。本当に私の『血』か?
全然趣味趣向が違うじゃん
// そうかなぁ~
// あ、でも**ちゃん!!人いるみたいだよ~
「え、嘘!?どこ??全然気づかなかった!!メイ、ナイス!」
どこだどこだと周囲に隈なく視線を送ると、建物の陰にぽつんと人影が見えた。
本当にこんなところに人がいるとは思わなかった。
「やった!!ありがとメイ!!人がいるなら何かわかるかも」
この砂漠の事や、今目の前に広がっている遺跡の事。
そして欲を言えば私が置かれている現状の事も。淡い期待を抱かずにはいられない。
おーい、と声を出して両手を人影に向かって振る。
私に気づいたのか、ぼんやりとした人影がこちらに向かって歩いてくるのが分かる。
……何か変だな?そう思ったのは、この廃墟の雰囲気も相まってかもしれない。
普通、呼びかけに応じるなら、手を振り返すなりするんじゃないだろうか。
そして違和感はすぐに正しいものだったと気づく。
人の気配は確かに無かったのだ。
じゃあ、アレは何だ?初めは一つだった影が、今ではわらわらと建物から這い出てくる。
砂埃が晴れて視認できるようになるころ、ようやくそれの正体が分かった。
// うーん。確かに人は人ですけどー
// どうも死んじゃってるみたいでしてー
確かに。どうもても白骨死体。
嘘でしょ?どんどん出てくるんですけど…………
えー……どう見ても友好的な奴じゃないよね。コレ。
こういうのって大抵、呪われた人間の果ての姿とかだし。
どうするか。選択肢は逃げるか戦うかの二つ。
一度、撤退してから体制を立て直すのはありだと思う。
ただし、今オアシスまで撤退するのは時間的に正直危ない。今日は深入りしすぎてしまっている。
帰るにしても出来ればここで日暮れまで休憩してからにするべきだ。
しかし、状況はそれを許してくれない。
ならば、戦うしかないか。
それにまだ、私は希望を捨てていない。
ここを探索すれば何かわかるかもしれないという希望を。
今は何でも縋れるものがあれば、縋る。この遺跡にだって、縋る。
今日のような探索の好条件が、次はいつになるかもわからない。
明日か、明後日か、一か月後か、半年後か……。
腕を裂いて刀を取り出す。刀は血で錆びるっていうけど、初めから血で出来た刀は錆びる心配がない。
遠慮なく切って切って切りまくってやる。
眼前に迫る白骨死体に向けて、 私は吠えた。
「ウゥゥゥグルルゥ……ウオォォォォッォーン!!」
え、なんで?本当に吠えてるじゃん。犬か?私は。
いや、テンション上がったらなんか吠えなきゃって……あれ?。
ま、まぁいい!もう何でもいいから全部ぶった切ってやる。
もう犬の肉はウンザリだ!!
私はここで手がかりを得て、砂漠を出る!!
わんわんごめんな。いつか見せ場つくるから