第24話 酒場のおじさんからのありがたすぎる情報 ~last
お久しぶりです。
シャルがグラスと共に店を出たことを確認すると、ジャックさんは淡々と話を進めた。
その表情はどこか悲しく、声も心なしか先ほど話していた時より少しばかり暗い気がした。
「次に奴らに動きがあったのは、吸血鬼の被害にあったと思われる男について何か知っていると言った男と酒場に入ってから1時間ほどたった後だった……」
ザロク率いる十字団と、事件について何か知っていると思われる男性が酒場に入ってから、早1時間が経過した。
事件発覚時に周りにいた町の人々は皆扉の前に集まり、ザロク達が出てくることを今か今かと待っていた。
すると突然、酒場の扉が勢いよく開き、中からザロク以外の十字団の団員、そして不安そうな表情を浮かべる男性が現れた。
それを見た人々はここぞとばかりに走り出し、すぐさま十字団と男性を取り囲む。
そして各々の疑問や不安の感情をぶつけるかのように質問を投げかけ始めた。
「結局犯人は誰だったんだ!?」「大体その男は本当に何か知っていたのか?」「他の人が襲われる危険性はあるんですか!?」「もしもの時は私たちを助けてくださるんですよね?」
四方八方からそんな声が飛び交う中、その中心にいた男性の表情はあからさまに曇っていた。
それもそのはずで、周りから投げかけられる質問の中には男性を疑うような質問や、ただの八つ当たりの様にも感じられる質問が含まれていたからだ。
しかし、そんな言動をする人がいることにも理由がある。
ザロク達が酒場に入ってから約1時間。
そんな僅かな時間でもこの小さな町に情報が行き渡るには十分すぎるほどの時間だったのだ。
事件が発覚してからその情報は瞬く間に町中に広がり、既にほぼすべての町民に情報が伝わっていた。
しかし、情報が高速で広がるということはその分、間違った情報または偽の情報が広がるということを意味している。
そして今回も情報を受け取った人の中には間違った情報を聞いた人や、同時に複数の情報を聞き混乱してしまった人もいた。
その混乱はいつしか町全体に広がり、互いが互いを信じきれなくなるこの状況を作りだしてしまっていた。
しばらくすると、十字団の団員たちの後ろからザロクがゆっくりと現れた。
ザロクの表情は苛立ちにまみれており、その雰囲気からもザロクが町の人々に不満を抱いていることがひしひしと伝わってきた。
しかし、町の人々はそんなザロクの様子に気づくことなく、先ほどと同じような質問を投げかけ始める。
ザロクは始めこそ静かに聞いていたものの、やがて町の人々の自己中心的な質問に耐え兼ね……
「いい加減にしろッ!!」
声を荒げて一言そう言った。
今まで穏やかだったザロクの急変ぶりに町の人々は驚き、一斉に口を閉じた。
辺りが静かになったことを確認すると、息を荒げたままザロクはまるで自分を落ち着かせる様に首に掛けてある赤い宝石のペンダントを力強く握りしめた。
そして一呼吸おくと、先ほどよりかは落ち着いた声で話を始めた。
「まず初めに、この男性は犯人はおろか吸血鬼とは何の関係もありません、町の皆さんにはそこだけは分かっていてもらいたい、そして、この男性から昨夜の被害者の様子を聞き、我々はこの町の付近に住む吸血鬼による犯行であることを確信しました……我々は一刻も早く元凶である吸血鬼の退治へと向かいます」
ザロクがそこまで話と町の人々はほっと胸をなでおろした。
第一に少なくともこの町の町民の中には犯人はいないことそして、その犯人もザロク率いる十字団が退治し自分たちを守ってくれること。
町の人々の張りつめた緊張は緩み、笑顔を見せる者もちらほら見られた。
しかし、次のザロクの一言で再び町の人々の間に恐怖がもたらされる。
「しかしながら正直言って、この町の近くに住む吸血鬼その住処を我々が一斉に叩いても勝機は薄いでしょう……」
その一言で町の人々はまるで凍ったように静かになった。
先ほどまでは安堵していた者の顔も今では引きつっている。
そして次にザロク達に浴び去られたのは紛れもない町の人々の怒声だった。
「なんだよ勝てないって!」「あなたたち吸血鬼を倒しに来たんでしょ!?」「そんないい装備して何言ってんだ!」
などなど、町の人々の心はザロク達に対する怒りと吸血鬼に対する恐怖の二つで染まっていた。
しかし、そんな町の人々を目の前にザロクは至って冷静だった。
先ほどの様に怒りに身を任せて怒鳴るようなこともしない、その冷静沈着な態度への変わりようはたった数分で人そのものが変わったようだった。
ザロクは人々の怒声が少し収まったことを確認すると、ゆっくりと話の続きを話し始めた。
「確かにこの地に住む吸血鬼には我々だけでは勝てません……しかし、この地に住む皆さんの力を借りればおのずと勝利への道が切り開かれるかもしれません!」
ザロクが話していた内容を簡単にまとめると、自分たちだけでは無理だが、町の人々の協力があれば勝てるかもしれないというものだった。
実際には一般市民がいくら集まったところで戦力的にはあまり変わらないのだが……ザロクは巧みの話術で、あたかも本当にできると思うように人々に信じ込ませた。
これは決して魔法やスキルではなく、ただ単純にザロクに類まれたる弁舌の才能があっただけである。
始めこそくだらないと言っていた町の人々もザロクの熱弁により、少しずつ心が揺れ動き、いつしかは自分から戦いたいという者が現れるほどだった。
そのように自ら戦いにさんかしたいと名乗り出る者は時間ととも一人二人と増えていき、やがてその場にいるほぼ全員になっていた。
ザロクの強い意志は町中に伝えられ、町に住む多くの人々はその熱意に心打たれ、町はザロク達を支持する人々で溢れ返っていた。
そして人々は町の中心に集まり、ザロクを支持した。
「作戦の決行は今夜九時! 奴等の住処を皆で一気に叩く! 準備はいいかー!!」
「「「「おおー!!!」」」」
こうして西の町の人々を引き入れた十字団が奇襲を仕掛けるという形で、決して繰り返されてはいけない悲しい戦いの幕は上がったのだった。