第19話 町への潜入作戦
「そろそろ西の町が見えてくると思うよ~」
このグラスの言葉を聞いた俺たちは歓喜していた。
喫茶店を出発してからどれくらいの時間がたっただろう? 実際には多分そんなにかかっていなそうだが、ずっと怖い思いをしていた俺たちにとっては1,2時間くらいにも感じられた。
下を見ると直線状に続く道、そしてその先には小さな門のようなものがあった。
なにかと思い、よ~く目を凝らしてみると、さらにその門の向こうにも多くの建物が所狭しと並んでいた。
恐らくあれが目的地である西の町なのだろう。
「もうちょっとで着くから下に下り始めるよ~」
白の掛け声の後、俺たちを乗せるグラスが急降下を始めた。
地上に近づく度にどんどん加速していく、というかただ下に落ちているような感覚だ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ~!」
「あはははは~!」
落ちている最中俺たちは叫び続けた。
今日だけで一体どれくらいの回数叫んだだろうか?
間違いなく今日は俺の人生で一番叫んだ日になっただろう。
(なんか上に乗ってた人達は楽しんでいたように見えたけど……)
アトラクション系のものが好きな人なら楽しいだろうが、残念ながら今の俺にはこの状況を楽しむ余裕なんてものは無かった。
グラスはある程度の高さまで下りると、前足で掴んでいた俺たちをポイと空中に投げ出した。
「グハッ!」 「グエッ!」 「ウワッ!」 「バキッ!?」
あまりに突然だったので俺たちは盛大に着地を失敗し、情けない声を上げながら地面に叩きつけられた。
一人だけ、なんかやばそうな音がしてたが……まぁ大丈夫だろう。
俺はずきずきと痛む体を起こし、体に付いた土を払いながら辺りを見回す。
そこには地面に倒れるバン達の姿と、心地の良い風で靡く草原があった。
少しすると、物凄い風と共に白とシャル、その2人を乗せるグラスが地面に降り立った。
そして2人は何事もなかったようにグラスから降りると、こちらを見てフッと笑った。
「あの……君たち大丈夫?」
「俺はなんとか大丈夫だぞー」
「いや……タスクくんじゃなくて……」
そう言って白は倒れているバン達を指差す。
3人は俺と違い打ち所が少し悪かったのか、中々起きてくる気配がない。
ちょっと心配だな……落ちた時も変な音が出てたし、一応確認しておくか……
さすがに変なところを打っててそのままポックリ逝ってしまったなんてことがあったら大変なので、俺は3人に近づき、ちゃんと心臓が動いているか確認する。
「ぶはぁ 痛ってぇぇぇ!」
あ、生きてた。
今まで気を失っていたとは思えないほどの大声を上げて、バンが起き上がる。
その声に驚き、シャルは素早い動きで白の後ろに隠れた。
「痛たたた……」
バンに続き、もう1人の人も起きたみたいだ。
頭を手で押さえ、少しおぼつかない足取りでこちらに向かってくる。
「ホントになんなんすか、気付いたら空中に投げ出されていたんすけど……」
そうだそうだ、いきなり投げ出されて痛かったんだぞー
みんなの視線がグラスに集まる。
「いやいや~ごめんね~ちょっと落とすところが高かったかな?」
いや、そういうことじゃねーよ……ってあれ?
今まで気付かなかったが、いつの間にかグラスの姿が、でっかいドラゴンからいつものぬいぐるみのような姿に戻っている。ついさっきまでは10メートルを超えるほどの巨大な体だったのに……
行きの時と違い、今回は小さくなるのにほとんど時間がかかっていない様な気がする。
大きくなるときは3分くらいはかかったのに今は、ほんのちょっと目を離した隙にもう小さくなっていた。
「ボクは大きくなる時より小さくなる方が魔力の消費が小さいし楽なんだよね~ あ、いつもこの姿なのも同じ理由だよ~」
本人が言うにはこういうことらしい。
どうやらガイドによるとグラスが大きくなった瞬間に魔力やステータスといったものが爆発的に増えたらしい、とはいっても今のままでも十分強いのだが……
強い姿になればその分、維持の為のエネルギーを使うのだろう。
「それでこれからすぐに町に行くのか?」
俺たちは町の近くにある草原に降り立った。
近くと言っても村とは200メートルくらい離れたところなので、町の様子までは見ることは出来ない。
辺りを見回しても小さな木がまだらに生えているくらいで特に変わったものはなかった。
「えーとね、出来ればすぐにでも町の中に入りたいんだけど……」
そう言いかけて白は、シャルに視線を向ける。
「シャルちゃんの話だと町の人達は何らかの理由でシャルちゃん達を襲ったみたいだから、ちょっと警戒して行かないとダメかな?」
確かにシャルは町の人たちに襲われたと言っていた。
いくらグラスや白がいるといっても、襲った人達がいる町にさすがに正面から入っていくわけにはいかないし……
シャルは吸血鬼といってもパッと見ではただの女の子にしか見ない、だが、シャルの顔を覚えているという人がいないとも言えないので何らかの対策をしなくてはいけないだろう。
安直なものでいくと変装とかか……?
「ふっふっふ……こんなこともあろうかと、僕はこんなものを用意してきました!」
白はそう言うと、どこからか薄茶色の布を取り出した。
見た感じただのフード付きの服にしか見えないが……
「シャルちゃん着てみて~」
シャルは何も言わずそれを羽織るように着た。
そして、頭をすっぽりと隠すようにフードを被る。
これによりシャルより背の高い人からは顔が見えないので、バレる心配はない。
背丈が同じくらいの人でももう少し、フードを深く被れば顔を見られることはないので大丈夫だろう。
「うん! これで大丈夫だね!」
白は満足した笑みでシャルの方を見る。
「まぁこれなら町の人たちに顔を見られることもないし、いいんじゃないか?」
「でしょでしょ~♪」
しかし、俺はここであることに気付いてしまった。
この服は確かにシャルの顔を隠すことは出来る、だが形の都合上、シャルの膝下くらいまで全部隠してしまっている、つまり……
「これって……買った服見えなくね?」
「「「……」」」
確かにシャルが元々着ていた服はボロボロで使い物にならなかったのでどっちみち新しい服は必要だったのだが……顔を隠すために全身を隠してしまったら、折角似合っている服が全く見えなくなる。
わざわざ買いに行く必要は無かったのでは……?
「ま……まぁこういうのは雰囲気が大切だから……」
なんだか白の声が震えている気がする。
これは後から聞いた話なのだが、シャルが着ていた服はこの世界ではめちゃくちゃ高い部類の服だったみたいだ。
この服をを買う際、シャルは一度断ったらしいのだが……白の耳には届かず、結局買ってもらったのだという。
困った顔で断るシャルと、それをスル―して服を着せる白、なんだか大体想像がつくな……
「そ……それよりも準備は整ったんだし早く町の方に行くよ!」
あ、ごまかされた……
俺の指摘は華麗に流されてしまったが……白の言う通り、シャルの準備も整ったことだしそろそろ出発しますか……
でも……これから町に入ったとしてシャルの家の場所とか、まず何処に行くかとか全然決めてないけど、大丈夫なのかな?
「町に入るのはいいが……シャルの家の場所って何処にあるか分かるのか?」
「シャルちゃん分かる?」
シャルは小さく首を左右に振る。
「あんまりお家からは出たことなかったし……あの時は逃げるので必死だったから……」
シャルは申し訳なさそうな表情で俯いてしまった。
「大丈夫だよ、別にシャルちゃんは少しも悪くないから」
確かにシャルはまだ幼いし、家からあまり出ないのでは、場所を覚えていなくてもしかたがないだろう。
しかし、シャルの家の場所が分からないのでは詳しいことや、シャルのお父さんの居場所のヒントも得られない。
とりあえず今のところは町の中で情報を集めた方がいいだろう……
これには白も同じ意見だったのか、俺の方を向いて頷く。
「じゃあまずはこの町の人たちに色々聞いてみよっか?」
白がそう言うと突然、バンが手を上げた。
何か知っていることでもあるのだろうか? 今の段階では情報が何もないので、少しの情報でもありがたいのだが……
「情報なら色々と聞ける場所に心当たりがある、まずそこに行ってもらえないか?」
「本当!? じゃあさっそくそこに行こうよ!」
え……なんかものすごいことをサラッと聞いちゃったんですけど!?
情報が聞けるって今の俺たちにぴったりの場所じゃないか、どんなところかは分からないけど……
その場所のことをバンから聞いた感じだと、この世界の町には最低2、3人は近くの情報を売買する仕事を持つ人がいるらしい。
そのような人達は気まぐれで色々なところにいるらしいが、大抵はバーや、酒場のような場所にいるらしい。
今回はこの町の情報屋の人がバンの知り合いだったのでその人の元へ向かうという。
その人の情報を信用できるかは現段階では分からないが、バンの知り合いというのだから多分信用できるのだろう、多分、きっと……
「まぁとりあえず町に入らないことには何も進まないからね~」
「そうそう主の言う通りだよ、早く行こ~」
「……」
白とグラスはもう町に入る気満々らしい。
もう既に2人とも町の方に足を進めている。
シャルはというと、ずっと黙っていたものの、その瞳は町をしっかりと捉え、小さな足取りで白達の後ろに付いていた。
覚悟はできた、ということなのだろう。
本人がそうしたいというなら俺も一緒に行くしかないのだろう。
そう思いながら顔を上げると……白達は思ったよりも進んでいた。
「いや、ちょっと! おいて行かないでぇ~!」
俺は全速力で白達を追う。
しかし、そこで俺はある違和感を覚えた。
(あれ、俺は今一番後ろだよな……? でも、前にはいち……にい……さん……し……やっぱり!)
確かに今は前に5人しかいない、俺を抜いたとしても6人いる筈なのに……
「お~い! みんな~! なんだか一人足りなくないか~!?」
俺が大声で呼びかけると前にいるみんなが一斉に振り返る。
「あれ? 確かに一人足りないな~」
「本当だね~あるじ~」
「って! あいつじゃねーか! どこ行った!?」
どうやらいない人物はバンの部下の片方の人らしい。
みんな辺りをキョロキョロして探している。
突然消えるなんて一体どうしたんだ!?
音もなくモンスターにやられたとかか?
頭の中で色々な可能性を探りながら俺はゆっくりと後ろを振り返る。
「あ……」
そこには首を明らかに曲がっちゃいけない方向に曲げて倒れているバンの部下の姿があった。
(絶対あの時だ!)
グラスに放り出された時、変な音で落ちていたのはこの人だったのか……
いやー盲点だったなぁ。
その後、その人は白のチート回復魔法によって無事一命を取り留めました。