第18話 空の旅
今回は少し短めです。
今俺たちは西の町に行くための旅の真っ最中である。
両隣にはバンとその付添らしい人が2人、余程楽しいのだろうか片方の人は白目を向いて動かなくなってしまっている。
そして真下に広がる広大な草むら、恐らく旅の途中だと思われる人たちが豆粒くらいの大きさに見える。
うん、空。
多分スカイダイビングができるくらいの高さにはなっているだろう。
俺がまだ中学生くらいの頃、飛行機に乗ったことが一度だけあったが……まさか数年後にドラゴンに掴まれながら空の旅をするとはな……
もちろん今の俺たちは何かに座っている訳でもなく、ただグラスに掴まれているだけなので、もしスルッと指の間から抜けたりでもしたら……考えたら段々怖くなってきたな……
俺は少しでも怖さを紛らわせるため視線を空に向ける。
そこには忙しなく羽ばたき続けているグラスの巨大な羽と、どこまでも続く青い空があった。
ふとグラスの背中に視線を移す、そこには……
白銀と金色に輝く髪を風になびかせる2人の少女が座っていた。
その2人の方から微かに話し声が聞こえてきた。
聞き耳を立てて話を聞こうとしたが、正面から吹き付けてくる強風に話声が流され、聞き取ることはできなかった。
しかし、俺はほんの少し、一瞬の間だけ、表情が和らぎまるで子供のように無邪気に笑うシャルの顔を見ることができた。
僕たちがグラスに乗って喫茶店を出発して数分が経過した。
「見てみてシャルちゃん! もう喫茶店があんなに小さくなったよ!」
「……」
心に深い傷を負っているであろうシャルちゃんを少しでも元気づけるため、グラスに頼んで乗せてもらって空の旅を楽しんでもらおうと思ったんだけど……
失敗……かな?
そう思いながら僕は後ろに乗っているシャルちゃんの表情を見るため、くるりと後ろを向く。
そこには当初の予想であった満面の笑み……ではなく、まるで世界の終わりを写したようで、感情の欠片も感じられないような瞳をしたシャルちゃんがいた。
(やっぱりだめかぁ~)
あくまでスキルや魔法で治せるのは表面の傷だけ、心の傷まではいくら強力な回復魔法でもスキルでも癒すことは出来ない。
だからこそ、せめて少しでもシャルちゃんの不安や恐怖を和らげられるように外に連れ出し、こうして空を飛んでいる訳だけど……ここ数分シャルちゃんの表情は全くと言っていいほど変わっていない。
(さて、どうしたものかな?)
僕は再び前を向き、ため息をつく。
渾身の作戦だった、【グラスに乗って空の旅でシャルちゃんを笑顔にしよう作戦】が見事失敗し、僕が落ち込んでいると……
「ぎゃぁぁぁぁー!」
突然、僕たちのちょうど真下辺りから物凄い叫び声が聞こえてきた。
(はーびっくりした……)
あまりにも唐突で、まるで断末魔のような叫び声だったので危うく僕の方まで叫ぶところだった……
「シャルちゃん、びっくりしたね」
そう話しかけながら後ろを振り向く。
シャルちゃんは表情一つ崩してはいなかったが、目をさっきよりも大きく開いて、なんだか少し驚いているようにも見えた。
とにかく! 今は状況の確認をして、さっきの叫んでた人の無事を確認しなくちゃ。
「ね~どうしたの~?」
風で声がかき消されないよう出来るだけ大きな声で下にいる人たちに話しかける。
「ああー、こっちは大丈夫だぞ~、ちょっと起きちゃったみたいだけど、また気絶したから~」
僕が声を掛けるとタスクくんが大声で答えてくれた。
どうやらさっきまで気絶していた人が起きて、また気絶をしたらしい。
はたしてそれが大丈夫かどうかは僕には分からないけど……
(多分大丈夫……なのかな?)
「ね~、タスクくんはー高いところって大丈夫なのー?」
ふと気になったのでタスクくんに聞いてみた、さっきも涼しい顔をしてたし、見た感じ結構大丈夫そうだけど……
「いやいや、めっちゃ苦手だから、今だってめちゃくちゃ怖いんだぞ!」
「へ~そうなんだ~」
今回の空の旅はグラスの背中に乗れる人数の都合上、タスクくんたちには我慢してもらったけど……
そんなことを考えながら僕は下の方に視線を落とす。
そこにはタスクくんを含む4人が無気力にぶらーんとぶら下がっていた。
余程怖いのだろうか、全員に元気が無く、強風が吹くたび体が前後に揺れている。
(なんか……とっても悪いことをした気がする)
今度はちゃんとグラスに頼んで4人を背中に乗せてもらおうと、胸に誓う僕だった。
「白さん……」
突然、後ろからシャルちゃんの小さな声が聞こえてきた。
「シャルちゃん? どうしたの?」
僕がそう聞くとシャルちゃんは少しの間、何やら考えるような素振りをしてから僕の目を真っ直ぐに見つめた。
「白さんはあの時……昔、私と似たようなことがあったと言っていました……もしよかったら、その時どうしたかを教えてくれませんか?」
僕の目を見つめるシャルちゃんの目にはまるで小さな宝石のような涙が浮かんでいた。
僕がどう言ってあげればいいか悩んでいるとシャルちゃんは慌てた様子で
「失礼なのは分かっています、でも、私……今自分がどうしたらいいか分からなくて……」
また泣き出しそうになっているシャルちゃんの頭に僕は無言で手を置く。
置いた手を通じてシャルちゃんの髪の柔らかさ、温かさが僕に伝わってくる。
「大丈夫、シャルちゃんならきっと何とかなるよ」
「でも……?」
シャルちゃんが言葉を発す前に僕はシャルちゃんの唇に人差し指を当てる。
「シャルちゃんのお父さんは絶対に僕が助けるから、それで全てが終わったら……僕の過去の話、少しだけしてあげる」
そして僕は両手でシャルちゃんの手を掴み、僕とシャルちゃんの小指を結ぶ。
「約束してくれる?」
それにシャルちゃんは無言で強く頷き、一瞬、可愛い笑顔を見せてくれた。
「そろそろ西の町に着くと思うよ~」
グラスの大きな声が青空に響く。
(もうすぐ到着するみたいだ)
シャルちゃんはまるで何かを決意したような瞳で僕を見つめる。
「がんばろうシャルちゃん、僕が付いてるから」