第16話 シャル過去編①
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西の町を破壊するという大仕事を前にゆっくりと休んでいた俺は不意に目を覚ました。
そして大きく背伸びをし、まだ完全に開ききっていない目を擦りながら一階に下りる。
一階には既に準備を終えたバン達が到着し、作戦会議でもしているのだろうか何やらコソコソと話していた。
え? お前は準備したのかって?
白が言うには、「とりあえずシャルのお父さんを助けに行くことが最優先事項だから、町の破壊は……二の次かな?」 だそうなので最悪、野宿する道具だけ持っていけば大丈夫らしい、
俺は既にテントの場所などを白に聞き、準備は終えている。
白はというとお弁当を作ると言っていたが……どうにもさっきから姿が見当たらない、それだけでなくソファーで休んでいたシャルの姿も見当たらない、2人とも一体どこにいったのやら……
そんなことを考えていると突然、二階の方から白の楽しそうな声が聞こえてきた、その声はバン達にも聞こえたのか4人揃って階段の方を見つめる。
少しすると白がシャルと共に階段を下りてきた。その瞬間、バン達を含む俺たち4人の目は二人に奪われたのだった。
白は朝来ていたエプロン姿とは打って変わり、髪色に合わせたのか上半身は白色のパーカー、下半身はチェックのガラのスカートを着ていた、普通にモデルだと言われたら皆何の疑問も持たないレベルだと思う。
シャルは……やばいくらい可愛かった。
今日の朝までは白に借りたパジャマを着ていたがサイズが合わずブカブカだったのだ。それを見た白が「もっと似合う服を探そう!」と言い、俺が休んでいる間に買ってきたらしい。
その結果が今俺の目の前にいる黄色のワンピースに可愛らしい髪飾りを付けたまるで天使のようなシャルなのだ。店の照明がシャルの金髪に反射しキラキラと輝いている。カワイイ、それ以外の言葉が見つからないほどだ。
それを見たバン達は……三人揃って鼻の下を伸ばして何やら危険な笑みを浮かべている。
いや、自分では気づかないが俺もそんな感じの顔をしているかもしれない。
シャルちゃん恐るべし。
「みんな揃ってるみたいだね」
一階にいる俺とバン達を見て白が言う。そして隣にいるシャルに視線を移し、微笑んだ。まるで大丈夫と言うかのように。
「それじゃあ出発しようか」
「「「「おーーーー!」」」」
こうして俺とシャルは白に付いて行ったのだが……なにやらバン達はその場に張り付いたように立ち止ってなにやらブツブツと呟いていた……まあ大丈夫だろう。
白に付いていくと俺たちは最終的に喫茶店の裏手にあたる場所に出た。
そこは裏庭というよりかは広い草原と言える場所だった、見た感じでも野球のグラウンドくらいの大きさはありそうだ、その一面には草が生い茂っており、風が吹くたび、ザーっと心地いい音を立ててなびいている。
建物に近いところには小さな畑のようなものがあり、そこには俺が見たことの無いそうな野菜が植えられていた。
確かにこの喫茶店は町の中でも割と建物の少ない場所に立っていたが……これほど開けた場所があるとは……
正面は小さな森の様になっている木々がこの店を囲うように生えていたので裏手までは見えなかったこともあり全く気付かなかった。
「おーい、みんなー」
突然、遠くからグラスの声が聞こえてきた、よく見ると遠くの方でグラスが手を振っている。
そして俺たちの方に小さな羽を羽ばたかせながら近づいてきた。
「どう? グラス行けそう?」
白が近くまで来たグラスに心配そうな表情で聞く、それにグラスは大きく頷き「もちろんだよ!」と答える。それに白は安心した表情で頷くと90度回転し、俺たちの方に体を向けた。
「さて、それじゃあ出発しようか」
「いや待って、だからどうやって行くんだよ!?」
グラスは特別何かを準備している訳じゃないし、辺りを見回しても乗り物のような物も見当たらない、白は「グラスに乗っていく」と言っていたが、グラスの大きさじゃあ俺たちの中で一番身長の小さいシャルさえ運ぶのは難しそうだ。
一体どうやって行くんだよ……多分この場にいる全員が疑問に思っていることだろう。
白は一度、「ん?」と首を傾げたが直ぐに何か思い出したような顔をすると、「見てれば分かるよ」と一言言った。
全員の頭の上にはてなマークが浮かぶが、そんなことはお構いなしに白は話を続ける。
「それじゃあグラスお願いね」
「はーい、任せて~」
グラスの言葉と同時に今まで吹いていた風が穏やかに、いや、完全に静止し、辺りの気温が急激に下がり始めた。そして辺り一面にあった草がパキパキと音を立てて一斉に凍りついた。
私が最後に見た光景は、怒りに呑まれた町の人と、私に背を向けて戦うお父さんの姿、そして、燃え盛る血の様に真っ赤な炎だった。
物心ついてきた頃には、既にお母さんは居なかった。遠い昔、お母さんの膝に乗って本を読んだ記憶があるが、今となってはそれが現実だったのか、それとも夢だったかも分からない。
寂しい、そう感じた時は何度かあったが、私の傍にはいつもお父さんがいてずっと守っていてくれた。
そう。あの日までは……
私の家は由緒ある吸血鬼の一族の家系だった。本当ならおじいちゃんや、おばあちゃんと一緒に暮らすみたいだったけど、私は一度も会ったことも、見たこともない。
お父さんはお母さんと結婚する為に家を出てからは一度も会ってないと言っていたので、おじいちゃん達も私の事を知らないだろう。
私とお父さんは西の町の近くのお家で暮らしていた。
私はいつも部屋で本を読んでいたのでお友達は居なかったが、特に欲しいとは思わなかった。たまに窓から見える外の世界で私と同じくらいの背丈の子供たちが遊んでいた時、いつかお話をしてみたいと思ったこともあったが……
そんな願いは最初から叶うはずもなかった……
その日、部屋で寝ていた私はカーテンの隙間から差す、眩しいほどの光と、人々の怒りに満ちた声で目を覚ました。
ベットから体を起こすのと、部屋のドアが勢いよく開くのはほぼ同時だった。
あまりにも突然の事だったので体が一瞬、ビクッと震える。ドアが開いた後すぐにお父さんが部屋に入ってきた。その額に汗が浮かんでいた、いつもは冷静沈着なお父さんが相当焦っている。
こんなに焦っているお父さんを見るのは初めてかもしれない、外から聞こえてくる声と相まって、とても嫌な予感がする。
「シャル、早く逃げなさい! 正面は……もう無理か……裏口からだ!」
部屋に入るなりお父さんは大声でそういった、声はいつものお父さんだ、でも、その表情は今までにないくらい強張っていた。まるで、何かを恐れているみたいな……
お父さんはそう言うと私の腕を掴み、そのまま走り出した。
「あ……まって……」
その時、お気に入りのお人形を取ろうとしたが、私の短く、小さな腕がお人形に届くことは無かった。
私を引っ張るお父さんの必死な横顔を見ると戻りたいとも言えない、それどころかお父さんの横顔の見ていたら、恐ろしいほどの不安の波が私の全身を駆け巡ってきた。
家の裏口から出るとお父さんは、それまで強く握っていた私の腕を離すと、ぽんと私の両肩に手を置いた、そして私の顔を真っ直ぐに見つめる。何かを躊躇う様な表情をした後、その表情のまま、小さく口を開いた。
「シャル、ここからはお前一人で行きなさい」
その時のお父さんの目は強く、真っ直ぐに私を捉えていた。
私は思わず頷きそうになってしまったが、ギリギリで思いとどまる。
その時の私は何故かここでお父さんと別れたらもう会えなくなるような……そんな感じがした。
「やだよ、私もお父さんと一緒にいる」
私がそう言うとお父さんは一瞬優しい表情になり、首をゆっくりと左右に振った。
「駄目だ、シャル……せめてお前だけでも……」
『いたぞー! こっちだ!」
突然、お父さんの言葉を遮るようにして男の人の大声が聞こえてきた。
どうやら町の人達、正面を諦めてこっちに来たみたいだ、それとも、もう正面を破って家の中に私たちがいないことを確認してきたのか……私とお父さんの家を荒らされた。そう考えると虫酸が走るが私にはこの状況をどうにかする力は無い。
私は自分がいかに無力であったか、そして、今まさに何もできていないことを痛感するが、それはもう遅い。
目の前には既に目に怒りの炎を浮かべた男の人たちがものすごい形相で迫って来ている。
『ムーンブレット!』
お父さんがそう叫ぶと迫って来ていた男の人たちのお腹が一斉に裂け、辺り一面に絵具の入っていたバケツをひっくり返した時の様に真っ赤な鮮血が飛び散った。
私はそのほんのわずかな時間、鮮血が飛び散り、満月の月明かりに照らされて輝いた一瞬、その光景をとても綺麗だと思った。
いつも私ならお腹が裂けた瞬間に悲鳴を上げ、その場に蹲るだろう、でも、その時は不思議と恐怖はなく、なんとなく心が満たされたような感覚になった。
お父さんは男の人たちが動かなくなったことを確認すると再度振り返って私の瞳に目線を合わせる。
「行きなさい! シャル!」
お父さんは今度は声を荒げてもう一度そう言った。その表情は今まで私が見てきた優しいお父さんの顔ではなく、真剣なそして、どこか悲しそうなそんな表情だった。
そんな生まれて初めて見るようなお父さんの表情を目の当たりにして私は小さく首を縦に振ることしかできなかった。
お父さんは私が首を縦に振るとふっと表情を緩ませ、その大きく、温かい両腕で私を抱きしめた。その目にはきらりと星粒の様に輝く涙が浮かんでいた。
その涙を見た時、これが最後、というお父さんの心の声が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう、いや、気のせいであったと思いたかっただけなのかもしれない。
ちょうどその時、仲間の声を聴いたのだろうかまた何人かの男の人達がこちらに向かってきた。
その足音に気付いたのだろう、お父さんはすっと立ち上がると私に背を向けて腰に付いていた剣を音を立てずに抜いた、そしてその剣先を男の人たちに向けるとちらりとこちらに顔を向け、首を縦に振った。
「行け」という合図だろう、そう確信した私はお父さんに向けて暗い森の中に駈け出した。
「シャル!」
突然、後ろからお父さんの声が聞こえた。私は驚いて足を止め、振り返る。
するとお父さんもこちらを向き、一言。
「大好きだ」
そこから先、私はただがむしゃらに走った。
涙が頬を伝って落ちていくのが分かった、口の中が乾いて血の味がした、呼吸が苦しくなって何度も転びそうになった。
でも、そのたびにあの時のお父さんの不器用で、最高にかっこいい笑顔を思い出してひたすら走り続けた。