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王国の君  作者: てんまゆい
二章 外へ
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30 余裕

「――――手癖が悪い」

「壁にドデカい穴開けといてなんだテメエは」


 名を呼ぶ僕の声に反応することなく振り返ったテオが、大男の戦斧を受け止める。

 硬質な衝撃。

 鼓膜を突く不快な音に思わず身を竦ませる僕とは違って、得物を叩きつけ合った二人は余裕の表情でお互いの隙を探っていた。


「……アレ。やるねえ」

「そうですか」


 緊迫感をものともしない二人。

 世間話のように軽々しく口を開いたロゾネが口火となって、お互いが得物を圧しつけ合うようにして飛び退った。

 先んじたのはテオ。傍目にも重い杖頭の勢いを殺さず回し、杖先で大男の首を狙い突きにいく。


「しゃらくせえ真似しやがって!」


 苛立たしそうに吐き捨てる大男は、粗野な言動に見合わず厚みのある戦斧を盾にして先端を凌ぐ。

 それどころか、傾がせることで深く突き込まれた隙を突いて前に出てみせた。

 僕なら間違いなく対応に苦慮する一手。

 しかしテオは、半ば杖を置き去りにすることで俊敏さを損なうことなく距離を保ってみせる。しかも、上手く取り回した杖頭をお互いの間合いに挟むことで勇み来る大男を難なく牽制し切った。


「ははあ、即座に切りかかってくるだけはありますか」

「あァ? 優男のナリしてどういう小細工してやがる。そんな細腕で受け止め切れる程オレの斧が軽い訳ねえだろ」


 ……確かに。

 訝しがる大男の凶暴なしかめ面はともかくとして、僕もテオの動きには違和感を拭い切れずに目を凝らしていた。

 テオもそこそこ長身とはいえ、優男という表現から外れない範疇の体格でしかない。

 であれば、見上げるような大男の体重が乗った大斧をどうして受け止め切れるだろうか。


「お嬢様はここでじっとしていて下さいね」

「…………うん」


 ぽん、と。

 問いに答えることなく、けれども余裕の笑みを保ったまま僕の頭に手を乗せたテオの意図を察して、含みのある言い方を呑み込んで頷く。


「……あーあ」

「今度は何ですか」

「持って来れなくなっちゃった」

「はあ」

「飽きたから出るよ」

「はあ!?」

「もし勝てたら見つけて呼びに来て」

「ちょっと、ロゾネさん!? ほっ、本気ですか……!?」


 顔色を変えて引き留めようとする神経質そうな青年に背中越しにひらひらと手を振って、けれどもロゾネと呼ばれる男は一顧だにすることなく悪党達の向こうに姿を消してしまった。

 ……あるいは、あの男も同じものを感じ取ったのかもしれない。


「……ンの野郎、ぶっ殺す」

「おっかない顔して、ああ怖い」


 背後のやり取りに剣呑な表情を浮かべた大男を言葉の上っ面だけは怖がってみせつつも気安く声をかけたテオが、特段力む様子もなく踏み込む。

 杖頭の重量を活かした左右への薙ぎ払い。

 半ば受け止めるように流そうとする大男の動きを見越していたようで、テオは二度も同じ轍を踏むことなく膨らんだ杖頭を圧しつけるようにして叩きつける。

 重量物同士の衝突が身体を震わす。


 受け止められて跳ね返された杖頭は、しかし力任せに軌道を折り曲げられて再び鉄塊を叩く。


「くそっ、ふざけんなよ、この、調子に乗ってんじゃねエぞ!!」

「そのまま押され切って下さいよ」


 乱暴な物言いをものともせず、執拗なくらい丁寧に、しかし確実に杖頭で重い連撃を叩き込んでいく。

 仮に僕が対処しなきゃいけないなら……と頭の片隅でぼんやりと考えてしまいながらも固唾を飲んで見守るうち、変化が訪れた。


「さ、次の次で崩れますかね」

「こ、の……嘗めるなあぁああ!!」


 気炎を上げても最早負け犬の遠吠えにしか聞こえない位まで趨勢は決していた。

そしてテオは詰めを誤ることも攻撃の手を緩めることもなく戦斧を搗ち上げた。


「では自らの罪を悔い改めて下さい」

「クソがああああ!!」


 追い詰められた表情。

 見開かれた目。

 得物の重量に引き摺られる形で崩れた態勢は、斧を引き切った状態に近くとても次の一撃を凌げはしない。




「――――なんてな」




 そして、杖頭は氷壁を叩いた。


「え……」


 魔力の収束。向こうを見通せないくらい厚い存在感。青い輝きから忍び寄る冷気。

 何故。どうして騎士の御業が、大男に味方するように顕れたのか。

 僕に牙剥くことのないはずの力を前にして脳内を疑念に埋め尽くされる余裕があるのは、戦いに身を曝していなければこそ。


「――――あばよォ」


 斧を引き絞るように構えた大男を前にして壁を強かに打ち据えたテオは、疑念を懐く余地もなく凶刃に襲われた。

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