26 生餌
通路を折れた矢先。
遮るものの陰から転び出たように、いきなり凄まじい気配が吹き荒んで。
ジェイがいなければ、なす術もなく悲鳴をあげていただろう。
「おい! おい、どうしたんだよっ!? バカ、バレるだろ!」
「――――っ! ! ~~~~!! ――――――!!」
聞こえないの。
あの悲鳴が。
泣き叫んでるのに。
痛いんだ。
吐けもしない。
のたうち回ることさえ許されない。
死にそうで死ねそうで、なのにもう何時間も何日も何ヵ月も続いて終わらないのは何で!?
苦しくて苦しくて苦しくて狂いそうなのに、狂ってしまいたいのに、どうして終わらないの!!
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいヤだイヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ――――――――――――
―――― ―― コ ロ シ テ
「しっかりしろッッッ!!」
「――――――………………ぁ…………?」
はーっ、はーっ、と空気を貪る喉。
どくん、どくんと、心臓が痛いくらい強く脈打つ。
薄闇と湿気の満ちた室内で、じっとりと湿った身体の節々がじんじんと痛みを訴える。
でも、内側から貪られる苦痛も、焦げ尽きかけた思考も、逃れ得ない絶望も、何一つありはしなかった。
「………………」
「おい、こんなとこで当てられてんじゃねえよったく。見つかったらパアだぞ。くそ、お前のいう通りだよ。ヤバい奴らが屯してるとこなんて聞いてねえぞクソ……」
僕を正気に引き戻した黒い目が押し殺した声で悪態を吐く。
心を喪いかけた同道者を覗き込む目は不安に揺れ、潜められた声は泣きそうに滲んでいて、無理矢理吊り上げた口の端はひくひくと引き攣っていて、強がる声は繕いようもないくらい震えていた。
「……ありがとう」
「っ。……何だよ」
頼る者もなく、独りで震えるジェイの頬にそっと手を伸ばす。
震えた身体。狂気に呑まれかけた者を見返す目は底知れないものを見る恐怖に埋もれかけていて。
「だいじょうぶ」
「……あ?」
「大丈夫」
「…………うっせ。やらかしやがって。…………次はねえ」
「うん」
落ちるところまで落ちたからだろうか。
不思議と澄んだ思考がすんなりと解答を描き出してくれる。
一度触れて呑まれる寸前までいった今ならわかる。
魔力だ。
階段を下りた時から感じていた嫌な予感の正体も、実感を偽るほどの濃密な追想も、この先の部屋から溢れ出ている。
散々な目に遭って冷えた頬の奥にある確かな温かさから名残惜し気に指を離して、吐息を一つ。
努めて真剣な表情を作って堂々と口を開いた。
「起こしてくれる?」
「はあああ?」
「えへへ……びっくりしちゃって、ちょっと力入んない」
「お、おまっ…………このやろ」
何に対するものか判然としない苛立ちを複雑そうに床に叩きつけて、それでも助け起こすために渋々ジェイが立ち上がる。
震える足はご愛敬。
「――――んあ? 何か音がしなかったか」
ふと響いたのは、いっそ呑気とさえ形容できる野太い声。
支え合うように身を起こして、ふらつきながら立ち上がった僕達は顔を見合わせた。




