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王国の君  作者: てんまゆい
二章 外へ
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25 最奥へ

 身体のあちこちを無造作に突き上げる硬い感触。


「う……」

「げほ……くそ……くそぉ…………!」

「はあ……大丈夫?」

「うっせえ……バカやろぉ……」


 暗がり。

 ようやく止まった身体を仰向けに直して静かに息を整える。

 巻き込まれるようにして一緒に転がり落ちた体躯から、堪えようと押し殺して失敗したような苦咽が漏れた。


 転がり落ちた階下は寒々しい場所だった。

 通路以上の価値を何も見出だされていないような何もないがらんとした空間ということもあるのだろうか。

 地下の染み着くような冷気は今も背中から滲むように這い上ってはいる。

 けれども、そうした事柄とは別に、酷く冷たい何かが凝っているように感じる場所だった。



「ぐず、……行くぞ」

「え」


 嗚咽を呑み込んで、それでも湿った声で、ジェイが立ち上がろうとしない僕の腕を掴む。

 引っ張りあげようとする腕につられて力を入れた節々が痛んだ。


 けれど、否定的な感情が滲んだのは、痛み故でもなく。

 これ以上進むのかという、判断に対する疑問だった。


「あ? ……何のつもりだよ」

「先に進むの?」

「戻るってのか?! 正気かよ! 戻らなくたってわかるだろ! だいたい、お前が退路を潰したんだろうが!」

「う……それは、そうだけど……」


 不注意で余計な真似をしでかしてしまった自覚はあるし、浅慮で逃がしたために後ろで今まさに逃走劇と捜索劇が繰り広げられているのだろうことはたやすく想像できる。

 けれども同時に、解放された子が耳目を引きつけているのも確かだと思うのだけれども。執拗な捜索さえ掻い潜ってしまえば、テオが迎えにくるまで息を潜めてじっとしていられそうな気がするのだ。


「どうだか。貴族の子だって言っても、どうせお前なんかたいした奴じゃないだろ」

「え……」

「ほらな。やっぱりだ」


 王子とはいえ、兄がいる以上は王位に就くのは兄の方かも? という一瞬の疑念を目敏く拾い上げたジェイがそれ見たことかと口の端を吊り上げて威丈高に言う。


「置き去りにされたんだよ」

「置き去り? ……どうして?」

「考えてもみろ! どこに貴族の女子どもを貧民窟(スラム)に連れてくる奴がいるっていうんだ! いい加減気づけ! 体のいい厄介払いを狙ってたんだよ!」

「厄介払い……」


 テオが、僕を厄介払いする。

 ……そんなことがあるだろうかと首を傾げる。

 なにせ、テオが僕の下に来たのは、クラウディアさんが紹介したからなのだ。

 あの綺麗なお姉さんがそんなことをさせるようには思えないし、そもそもそうする理由も思いつかない。

 付け加えて挙げるとすれば、テオも先生くらい遠慮がない。

 物言いは王子相手の言葉遣いじゃないし、人のよさそうな笑みを浮かべて黒い考えが透けてみえたりするし。

 厄介がるほど思うことがあるのなら、世間話でもするように苦言の一つでも呈するはずで、そんなことを言われた覚えは…………んー……反省とか、お小言とか、そういうのは多いかもしれない……けど、苦情はなかったはず。


「そのうちハッキリするさ。受け入れろって、な」

「そんなことないから」

「仕方ねえからそんときゃオレが子分に加えてやるよ」


 鈍臭い奴だと文句を垂れながら強引に手を引く背中に言いたいことはあれど、そんなわかり切ったことは落ち着いてからでもいい。

 騒がしさを増す階上から少しでも離れるべく距離を取ることを受け入れて、渋々先を行くジェイの後を追う。

 そうして隠れ場所を求めて奥へ奥へと進んだ耳が、ふとあるはずのない風の音を拾う。


 ………テ。

 絞り出される恐怖と苦咽。

 タ……テ。

 喉は枯れてなおもひゅうひゅうと絶望を呼出する。

 タス…テ。

 搾取され軋み声をあげる生命。

 ころして(タスケテ)

 ――――怖気が全身を舐めた。

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