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王国の君  作者: てんまゆい
二章 外へ
88/96

23 居並ぶ檻

「うっ」

「………ンだ、これ……」


 手近な部屋。

 思ってもみなかったモノ達に出くわして、引き攣った喉から掠れた声が漏れた。


 どうせ今まで見かけた物置と大差ないだろう――――そう高を括っていた僕達の目に飛び込んできたのは、無数の目だった。

 下から睨め上げる目、目、目。どこに視線を向けても視線が交わる。

 落ち窪んだ眼窩に宿る陰鬱な感情が怯えなのだと理解して、襤褸切れから覗く手足が酷く痩せ細っていることに気づいた。


 そして見返す彼らもまた、各々の内に気づきを得ていた。

 あるいは、侵入者が彼らを閉じ込めた者達と違うことを。

 あるいは、自分達にとって脅威足り得ない新しい仲間だろうと。

 またあるいは、万に一つの確率で訪れた脱出の機会かもしれないと。


「――――っ! ボーッとしてんな! くるぞ!」


 先に我に返ったジェイが押し殺した声で対応を急かす。

 逃げ場所。隠れるところ。身を潜められる隙間。

 乱雑に立ち並んだ檻を無視して部屋の中央近くに駆け寄ったジェイが四方を睨み回して打開策を模索していた。


 だから僕も、鼻を刺す異臭に湧き起こる吐き気を堪え、息を殺してやり過ごせる狭間を探そうとも思ったのだけれど。

 …………あ。

 魔力感知を使いかけて、とある可能性を思い出した。


「……やろう」

「あ? 何をだよ!」

「僕がやっつける」

「は!?」

「注意を引いてくれたら、【水球】で」


 襤褸切れの隙間で、ジェイの視線が忙しなく走る。


「……クソ! そこの後ろに回って隠れてろ!」


 吐き捨てるように迷いを断ち切ったジェイが乱雑に積まれた檻に走り寄る。救いを求めるように隙間から這い出た細腕を意に介さず、あっという間に扉近くの檻の天辺まで駆け上がってみせた。


 要となる僕が見つかるわけにはいかないと、躊躇いを振り払って汚れの積もった床へと身を潜める。

 ……う。

 泥濘から立ち上る汚臭。粗末な衣服が吸い上げる冷気と湿り気。

 粗末を通り越して怖気を拭い切れない状況に、すぐさま床に伏したことを後悔した。


「残念だなあ」


 ……今からでも身を潜める場所を変えようか。

 そんな迷いは、扉が開いて明かりが視界を焼いたことで煙のように立ち消えた。


「鍵が壊れたのか知らねえが、運良く檻から出られた。扉に鍵もついちゃいねえ! だってのに、外に出てもどこかわかりゃしねえ。ああ、可哀想だなあ……」


 光明を背負ってゆったりと歩みを進める男の表情は判然としない。

 けれど、シルエットに浮き上がった頬の輪郭、哀れむようでいて嘲りを隠し切れない声音を認識すれば、見つかったとして嫌な予感しかしなかった。


「――――おい」

「…………っ!?」


 不注意。

 言ってしまえばそれだけの些細な失敗は、不意打ちを狙うこの状況に限っては致命傷足り得た。


「ここから出してくれよ」


 潜めたために一層掠れた声。

 振り返れば、筒服(ズボン)の裾にかけられた指先。


「でないと、騒ぐ」


 肉が削げ落ちた少年が、目だけは炯々と輝かせて僕を見下ろしていた。

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