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王国の君  作者: てんまゆい
二章 外へ
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22 彷徨って

 【水流】を駆使して筒の中に収められた紋章を取り出して扉に嵌める。

 火の勢いに不釣り合いな魔力を宿す灯りを水をかけて消す。


「よしっ」

「お前……すげえな……」

「そう?」

「…………普通、こんな簡単に謎解きなんかできやしねえよ」


 呆気なく開いた扉を指して笑う僕に、薄闇の中から感心するような呆れるような声が聞こえた。


「…………なあ。今も魔力ってのを使ってんのか?」

「え? うん」


 仕掛けを見抜くきっかけも魔力だし、仕掛けを解くのにも魔力が必要な以上、それが必要な状況が用意されていると踏んでいる。

 それに、魔力感知を使えば周囲の状況が手に取るようにわかるのだから、使わない手はないと思うのだ。今はどうしてか部屋の中しかわからないけれども。


「魔力で見つけたって言ってたよな」

「あっ」


 ぞっとしてすぐさま魔力を引っ込める。

 続けてたら危なかった。さっき見つかった時の二の舞になることなんて、少し考えれば思い至ることだったのに。


「ありがとう。見つかるところだった」

「……気をつけろよ」


 でも、そうなると周囲の把握ができない。

 困った時には魔力感知で見えないところまで探る癖がついていたから、魔力感知でも把握できなかった部屋の外をどう抜けて行けばいいのか見当がつかない。


「……なら、オレが先に行く」

「え。でも……わかるの?」

「人の気配に敏感じゃねえと貧民窟(スラム)で生き抜けやしねえよ」


 乱暴な物言いに篭もる気負いのない感情。

 静かな迫力に唾を呑み込むしかない僕の様子に了解したと見て取って、ジェイがそっと扉を開く。

 ただし、本当にわずかな隙間だけ。

 その横顔はわずかな音も聞き漏らすまいとする緊張感に引き絞られていた。


「……少なくとも近くにゃいない」


 一瞬だったような、永かったような。

 粘りつくようにゆっくりと過ぎる時間が、その一言で元の流れを取り戻した。


 わずかな隙間を細心の注意を払って開け、顔を覗かせて左右を確認したジェイがようやくその身を滑らせるように外へ送り出す。

 出ても大丈夫という確信を背中に見て取った僕も、挙動を真似るつもりで慎重に扉の外へと踏み出した。


「シッ! そっと閉めろ」

「あっ、うん」


 周囲を警戒していたジェイがぎょっとした顔で振り返り、慌てて扉を停める。

 ……気をつけていたつもりだけど、確かに、ジェイより急に閉めていたかも……。


「後だ。さっさとこんなヤバいとこおさらばしねえと……」


 慎重を期してそれでも足りていなかったことを反省しかけた僕に声をかけて、そっと薄暗い通路を歩き始める。

 地上なのか。上階(じょうかい)なのか。あるいは地下なのか。

 窓一つない通路は小さな蝋燭が間隔をあけて並ぶのみで、見通しがつきにくい。おまけに冬の冷たさもあるのか、底冷えする湿り気が蔓延っていてとても長居はしたくない場所だった。


「待て。…………行った。いくぞ」


 不快感。不安。焦燥。

 足を取られそうになる感情が胸の内を満たしかけて、それでも見つからずに通路を進めているのは、ジェイが神経を尖らせて歩き回る者達が立てる物音を敏く聞き分けているからに他ならなかった。


 通路を引き返し。

 積み上げられた荷を越え。

 階段を上がっては降りて。

 突き当たりの傍らに空いた物置に隠れ。

 壁一枚向こうを歩き去る音に息を潜めて。

 痛いくらい強く跳ね回る心の臓の音を聞き取られてしまいそうな不安に怯えながら、それでも二人でどうにか違う場所まで辿り着いた。


「――――ぁ……」


 灯りの増えた通路。

 冷気はあまり変わらずとも湿り気や異臭を放つよくわからない汚れは格段に減り、相変わらず窓はないのしても燭台の増えた通路見通しもよくなっている。


「まずいな……」

「え? どうして?」

「居心地がいい場所が近そうってことはそれだけ人がいそうってことだろ」

「――あっ」


 馬鹿を見るような目からそっと視線を逸らした。


「――――ま、待って……っ」

「焦るな、急げ」


 ……む、無茶言う……。

 今まで以上に険しさを増した表情で通路を進んでいく。


「――――待った……!」

「うぷっ」


 折れ曲がりかけたところを慌てて引き返してきた背中に突っ込みつつ、なんとか急制動をかけて押し出すことだけは堪えた僕を、踵を返したジェイが情け容赦なく引っ掴んで走り出す。


「見つかる……! くそッ、開いてろ……!」


 灯りが増えて見通しが良くなったということは、それは通路を見回る者達からも見つかりやすくなったということで。


「……? なんの音だ?」


 小さな靴音を殺し切れないまま駆ける僕達の存在に気づいた誰かが、半ば体当たりするようにして手近な部屋に逃げ込んだ僕達を追いかけてくるのは自然なことだった。

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