20 檻の内
「…………ぅ……」
堪えていた息をようやく再開したような。
忘れていた呼吸の仕方をどうにか思い出したような。
ぼんやりとした意識が浮かび上がって、身体は求めるままに喘いだ。
……薄暗い。
小離宮の……、といつもいる場所の中から今の居場所を探し始めた頭が、すぐに違和感を訴える。
…………こんなに、寒かったかな。
「――――ああ、起きたかい」
「……!」
聞き慣れない声。
覚えのない反響を返す一室。
蝋燭の灯りだけが揺らめく小部屋の中、硬く冷たい床の上。
記憶の最後に見かけた男の全く同じ笑みが、居並ぶ鉄の棒の向こうに見えた。
「やだなあ、そう警戒しなくたってこれ以上何もしないよ」
ドッドッドッドッ、と胸の奥が強く激しく脈打ち始める。
整った顔立ちの男だ。
袖口こそ捲り上げてはいても胴着や筒服はきちんとに見つけていて、貴族家に仕える使用人くらいの身なりには見えた。
でも、とてもそんな仕事を担う人間には見えない。
目や表情が、全身から滲む雰囲気が、薄暗い牢屋の前で椅子に腰掛けて落ち着いている事実が、何よりもまともでないと雄弁に物語っていた。
「……………………ここ、どこですか」
眼前にいるのは、関わってはいけないと悟らせるだけのものを秘めた人物。
それでも、僕は声をかけざるを得ない。
逃げ場もないこの場所で、答えがないことに耐えられないから。
男は沈黙を保ち続けたまま、何が面白いのか愉しげに唇の端を吊り上げて僕を眺め続けている。
周囲を見回しても、正面の鉄格子以外は鈍く浮かび上がる石組みの壁面。
光源は少し離れた位置にある粗末な机の上に一つのみ。
耳を澄ませるまでもなく沈黙は耳に痛いくらいで、拾える音なんてどこかで垂れ落ちる水滴の音くらい。
不明に満ち溢れたこの場所で何らかの情報が引き出せるとすれば、目の前の男に尋ねることが最も近道に思えた。
「どっちかわからないから、二人纏めて連れてきたんだ」
けれども、ようやく口を開いた男の言葉は、問いに対する答え以外のものだった。
「魔力が広がった。図々しい位に無遠慮で、見るに堪えない程不出来なやり方で、それでも手当たり次第に全てに触れながら広がっていった。目的のものを見つけたのか、途中で範囲は拡大しなくなって、そして代わりに魔術が男を打ち据えた」
「…………」
「君だよね?」
問いかけるように上がった語尾に反して、強く込められた確信。
「――――君だよね?」
「っ…………!」
頷いてはいけない。
相手をしてはいけない。
予感に彩られた態度を嘲笑うように、悍ましい寒気が全身を呑み込んだ。
がくがくと、震えるように首が上下に動く。
「そうだろう」
変わらない笑みで頷くと同時に、吹雪が去ったように怖気が掻き消えた。
「――――遊戯をしよう」
機嫌を戻した男が、歌うようにそう告げた。




