表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王国の君  作者: てんまゆい
二章 外へ
85/96

20 檻の内

「…………ぅ……」


 堪えていた息をようやく再開したような。

 忘れていた呼吸の仕方をどうにか思い出したような。

 ぼんやりとした意識が浮かび上がって、身体は求めるままに喘いだ。


 ……薄暗い。

 小離宮の……、といつもいる場所の中から今の居場所を探し始めた頭が、すぐに違和感を訴える。

 …………こんなに、寒かったかな。


「――――ああ、起きたかい」

「……!」


 聞き慣れない声。

 覚えのない反響を返す一室。

 蝋燭の灯りだけが揺らめく小部屋の中、硬く冷たい床の上。

 記憶の最後に見かけた男の全く同じ笑みが、居並ぶ鉄の棒の向こうに見えた。


「やだなあ、そう警戒しなくたってこれ以上何もしないよ」


 ドッドッドッドッ、と胸の奥が強く激しく脈打ち始める。


 整った顔立ちの男だ。

 袖口こそ捲り上げてはいても胴着(ベスト)筒服(ズボン)はきちんとに見つけていて、貴族家に仕える使用人くらいの身なりには見えた。


 でも、とてもそんな仕事を担う人間には見えない。

 目や表情が、全身から滲む雰囲気が、薄暗い牢屋の前で椅子に腰掛けて落ち着いている事実が、何よりもまともでないと雄弁に物語っていた。


「……………………ここ、どこですか」


 眼前にいるのは、関わってはいけないと悟らせるだけのものを秘めた人物。

 それでも、僕は声をかけざるを得ない。

 逃げ場もないこの場所で、答えがないことに耐えられないから。


 男は沈黙を保ち続けたまま、何が面白いのか愉しげに唇の端を吊り上げて僕を眺め続けている。

 周囲を見回しても、正面の鉄格子以外は鈍く浮かび上がる石組みの壁面。

 光源は少し離れた位置にある粗末な机の上に一つのみ。

 耳を澄ませるまでもなく沈黙は耳に痛いくらいで、拾える音なんてどこかで垂れ落ちる水滴の音くらい。

 不明に満ち溢れたこの場所で何らかの情報が引き出せるとすれば、目の前の男に尋ねることが最も近道に思えた。


「どっちかわからないから、二人纏めて連れてきたんだ」


 けれども、ようやく口を開いた男の言葉は、問いに対する答え以外のものだった。


「魔力が広がった。図々しい位に無遠慮で、見るに堪えない程不出来なやり方で、それでも手当たり次第に全てに触れながら広がっていった。目的のものを見つけたのか、途中で範囲は拡大しなくなって、そして代わりに魔術が男を打ち据えた」

「…………」

「君だよね?」


 問いかけるように上がった語尾に反して、強く込められた確信。


「――――君だよね?」

「っ…………!」


 頷いてはいけない。

 相手をしてはいけない。

 予感に彩られた態度を嘲笑うように、悍ましい寒気が全身を呑み込んだ。


 がくがくと、震えるように首が上下に動く。


「そうだろう」


 変わらない笑みで頷くと同時に、吹雪が去ったように怖気が掻き消えた。


「――――遊戯(ゲーム)をしよう」


 機嫌を戻した男が、歌うようにそう告げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ