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王国の君  作者: てんまゆい
二章 外へ
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17 孤児たち

「ぐぁッ……!」

「手足を掴まれないように。裾も気をつけて」


 ぐじっ、と。

 テオが、横合いから伸びた手を見越していたように踏み躙った。

 苦鳴に気を取られた僕の背を優しく、けれども有無を言わせぬ力強さで押して前へ進ませる。

 行く先で僕たちを窺っていた視線があからさまに減っていた。


「強者には手を出さない。そういうものですよ」


 居心地の悪さが減った狭苦しい通りを、テオに引かれて右へ左へと幾度も折れる。


「ああ、まだありましたね」

「……ここ?」

「中身が変わっていなければここですよ」


 道とも呼べないような隙間や足の踏み場もないような場所を抱えられて通り抜けた先、辿り着いたのは板切れを継ぎ接ぎして何とか形を保っているような小さな小屋だった。


「ベルタ殿。ベルタ殿」

「――――なんだい、随分とお行儀のいいのが来たと思ったらアンタかい」


 ノックに軋む木の戸を乱暴に押し開けて姿を見せたのは、火掻き棒を構えた老女だった。


「随分な出迎え方ですね」

「どこの貧民窟(スラム)にマナーを守った客を期待するバカがいるってんだい。で、そっちのが話してたガキかい?」


 嫌味を鼻で笑って流した老女の鋭い眼差しが僕を射竦めた。


「顔は見せませんよ」

「そんなにかい。ま、こっちだって厄種はごめんだからね、そのまま覆っときな」


 僕たちの背後に注意を向けた後、ようやく構えを解いた老女は立てた親指で後ろを一度だけ指し示すとさっと踵を返した。


「…………孤児院?」

「正しくここ(・・)が孤児院ですよ。親に打ち捨てられた子供達を、それでも拾い育てる場所。さりとて手を差し伸べる者はなく、飢えと寒さに震えながら、大人になるまでを食い繋げるかもしれない場所」


 先日の教会が有するアレとは違うでしょう? と若き神官が口の端を吊り上げる。


「引き返したくなったらいつでもいいですよ?」

「……帰らない」

「そうですか」


 意地を張る子どもを見るような目で笑った青年が先を促した。

 平らな面を探す方が難しい床の上を歩く。

 ところどころ欠けて穴の開いた壁。

 踏み抜いたのか、破片のぶら下がる天井。

 どこからともなく薄く耳を撫でる息遣い。

 潜めた話し声を探して見回しても、妙なことに姿は見えない。


「そこまでだよアンタ達。誰が上がってこいって言ったんだい」

「物珍しさに、つい」

「トボけてんじゃないよ! ほら、出た出た!」


 箒を振り回す老婆から守られつつ、テオとともに孤児院と称する粗末な小屋から転がり出る。

 中に入っていた間に外へ出ていたのか、両手の指くらいの数の子たちが小屋の前にたむろしていた。

 誰もかれもが、僕やテオが身に纏った物とは比べ物にならないくらい擦り切れた布を、身体の輪郭が見て取れないくらい重ねて着込んでいる。

 帽子と首まで覆う衣の隙間から、物差しで測るような眼差しが僕とテオとを見つめていた。


「ジェイ。決めた通りアンタが案内してやんな」

「ああ」

「手のかかる弟妹みたいに、しっかり見とくんだよ」

「……わかってる」


 年嵩の少年が老婆の言葉に小さく頷く。

 踵を返して歩き出して、けれどもすぐに横目で振り返った。


「さ、彼について行って、見て回ってきてください」

「え?」

「心配は要りません。言われる通りにしていればいいだけですから」


 ここまで用心深く連れてきたというのに、あっけないくらい簡単に繋いだ手を離して、テオが僕を押しやる。


「あ……え、と。…………よろしく、お願いします……?」


 部外者を眺める硬い視線に居心地悪さを感じながら、僕はおずおずと声をかけた。

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