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王国の君  作者: てんまゆい
二章 外へ
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16 セカイの向こう側

 再び孤児院を訪ねる日。

 それは、思いの外早く訪れた。


「ほら、じっとしていてください」

「だ、むぅ……だって、痛いよこれ」

「これでも随分まともな方ですよ」


 しかし次は、神官と修道女見習いの子ども――――ではなく。

 貧しそうな青年と年の離れた姪、に身をやつす。

 襤褸切れ。

 普段着ているもの以外の布地を知らない僕でもそうとしか思えないくらいずたずたで粗い布。おまけに、ちょっと嗅ぎ慣れない匂いもする。

 肌を引っ掻かれて身を捩る僕に、テオが根気強くそれを被せていく。

 肌を隠し、髪を覆い、目元だけを残して、鏡の中に見えた白髪の子どもはその全てを粗布に包まれた。


「さて、それでは行きましょうか」


 ごわごわした布越しに、差し出された青年の手を握る。

 同じような粗雑な衣装を纏った青年に引かれるまま、暗がりから外へ。

 犬小屋のように小さな隠れ家を後にして、着心地の悪い不快感を映したような曇り空の下を歩く。

 貴族街とは打って変わった簡素な街並み。


「――――うっ……?!」


 俯きがちな人の群れが混ざっては千切れる大通りを不意に折れた瞬間、鳥肌が立った。

 嗅いだことのない異臭。

 いくつもの臭いを混ぜ込んだ中に、酸っぱい中に妙な甘さを混ぜ込んだような臭いもあれば、鼻を刺す臭いも鼻につく。

 お腹の底を否応なく押し上げられるような感触。

 テオに手を引かれて、それでも足は張りついたように動かない。


「やめておきますか?」


 年若い神官が振り返る。

 同じ刺激臭に晒されているはずなのに、顔色一つ変えることなく僕を見返していた。


「傷病人は彼らのように醜く悪臭を纏うこともありますよ」

「……――っ、……!?」


 鼻を刺す異臭。

 泥や埃にぬかるんだ地面。

 壁にも、何と判別できない汚れが塗りこめたように奇天烈な模様を描いていた。

 出鱈目な凹凸が走る壁の上には、好き勝手に走る紐に吊るされてくたびれた布が力なく揺れている。

 ごみや壊れた何かがいたるところに散乱し、襤褸切れに包まったナニカがその隙間に埋まるように壁に身をもたれかけている。


「…………ぅ……ぐ、……っ」


 ヒトだった。

 空模様を映したような鈍色で出鱈目に塗り潰した背景から不意に輪郭を浮かび上がらせたソレらが“人”なのだと気づいて、鳩尾のあたりが引き絞られた。


「どうです? 彼らのような者に近づく蛮勇がありますか? 触れるだけの慈悲を保てますか? 与えられる以上すら掴み取り奪おうとする見知らぬナニカに、貴方は救いの手を差し伸べ分け与えることができますか?」


 目を背けたい気持ちが押し殺せない。

 自分の知る世界からあまりにかけ離れた――――異物と称せるような在り方をした者たちを拒む気持ちが、胸の底を浸したまま拭い切れない。




「もう一度確認しますよ。――――やめておきますか?」




 癒しの術を提げて穏やかに笑む目の前の青年が、酷く遠い者に見えた。

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