表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王国の君  作者: てんまゆい
二章 外へ
80/96

15 振り返って

「――――まずは、格好からいきましょうか」


 孤児院を訪問したあくる日。

 聖堂付教会を訪れた僕を招き入れたテオは、口元に穏やかな笑みを張りつけたまま口火を切った。


「まあ、端的に言えば修道女見習いの服ですね」

「…………」

「おや、怒らないんですか?」

「……そんな気はしてたし」


 小さな子がやけにお姉ちゃんお姉ちゃんと呼んでくるから、途中からはやっぱりそうなのかな、とは思っていた。

 けれどその頃には、首飾り(ペンダント)まで使って印象を変えたことの意味を考えるくらいの冷静さもあって。


「ただ、渡した時の説明も事実ではありますね。レンドミルの修道院はあの修道服を規定されていますから。歴史の重みという奴ですかね」


 言い包められないよう言葉を吟味するようにと、見目に合わず食えない笑みを浮かべて忠告する男の目をじっと見つめる。

 悪意はない。ただ、余興を楽しむような色があるだけで、けれどもその色も、本心からというには薄いように見えた。


「屁理屈はさておいて。ではその意図は?」

「……リリアーナ様に似せたかった?」


 白髪で、修道女を装う女の子。

 光の加減で白く輝きもする髪を思い出せば、そんな可能性がちらりと見えた。


「そこまでわかったなら、もう少しお転婆なくらい遊んでほしかったですね」

「むぅ……」

「上品に歌ってみせるよりは、子どもたちを相手に走り回り続ける方がそれっぽいでしょう?」


 合格点とはいえないものの、及第点を出した教え子を見る目で助言をこぼした神官は紅茶に口をつけた。


「では、籠については?」

「籠?」


 手ずから焼いたお菓子を入れて持って行った籠は、今は中身を空にしてテオの横に置かれている。その見た目に変わりはないように見えた。


「重くなかったですか?」

「――――え?」


 宙に視線を彷徨わせる僕から答えが出そうにないと見て取ったテオが、被せ物を取って中を見せた。


「?」

「こうしてここを外すと」

「え? あれ?」

「ここにちょっとした隙間ができるんですよ。――――例えば、金貨を詰めたりできるような、ね」

「きん、か?」

「まさに大人の大好きな“黄金色の”お菓子ですよ」


 目を剥く僕の表情を見て、愉快そうにテオが笑う。


「孤児院とはいえ、何故教会がわざわざ人を受け入れていると思いますか」

「……お金のため?」


 空の籠を見せ続ける神官の意図を察しておずおずと口にした答えに、彼は当然とばかりに頷いた。


「貴族の子女が慈善活動として孤児院を訪ねてくる。お行儀のよい子たちの世話をして、彼らは満足感を得るとともにちょっとした箔をつける。――――自分たちは慈善活動にも理解があるのだ、とね。

 そして孤児院も御布施を得られ、貴族に顔を繋ぐ機会も得られる。

 子どもたちも、運が良ければ貴族に気に入られて栄達の機会(チャンス)を与えられる」


 win-winの関係でしょう? と嘯くテオは神官に見えなかった。


「どうして教会を悪く言うんだって思いましたか? それとも、神官にあるまじき言葉だと?」

「…………」

「ヴィンセント王子(・・)。神は善を説かれるものですが……ここは人の世です。ただただいい子にしていては、いいように騙されて奪われますよ?」


 僕を騙して、奪う?


「守りたいものがあるのでしょう? 例えば、ミリアリア・トレキア男爵令嬢だとか」

「!」

「貴方に知恵も力もないせいで、王女様に持っていかれましたね」

「持っていかれるって、そんな言い方っ」

「いつまでも寝ぼけていられては困ります。あの子だって、偶然王女に気に入られて、偶然王女に大事にされているだけでしょう? ――――では仮に、別の人物に、虐める対象として気に入られていたら、貴方は気づいて取り返せたんですか?」

「!? そ、そんなの」

「無理ですね」


 薄く笑って淡々と告げるテオに、僕は気圧された。


「脱がせて見ましたか? 触って痛いところがないか確かめましたか? 痣と切り傷だらけでしたよ?」

「!?」

「――――まあ嘘ですけど。朝の立ち合いで庇う素振りなんて一度も見ていないでしょう? ですが今の動揺だけで不十分だとわかりましたね」


 立ち上がるより先にしれっと嘘だと明かした青年の指摘に、何も返せはしなかった。


「治療の術を知りたいと医官や私を訪ねたのも、きっかけはミリアリア嬢が暗殺されかかったからでしょうが…………私に言わせれば、そんなものを学ぶより先に力を身に着けるべきでしょう」

「……そんなもの、って」

「そんなもの、ですよ。癒しの術は眼前の一個人を救えるかもしれませんが、それでも所詮は一個人。ですが貴方の肩書を以てすれば、眼前に限らず多くを救える。それ程類稀な地位にあるのですよ」

「……」

「といっても納得できないでしょうから、また孤児院に行きましょうか」

「……」

「そう警戒しなくたって、貴方の先生のような真似はしませんよ。次は別の孤児院です。ただ、彼らの生活を垣間見ればそれで充分です」


 弱者の世界を覗き見に行きましょうか――――変わりない穏やかな微笑を浮かべる青年が空恐ろしく見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ