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王国の君  作者: てんまゆい
一章 揺り篭の君
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延期

国王フェルディナンド・スレイスロード視点

「……ミフィーユ侯、ブーニュ伯。それはどういうことだ?」


 南西の大貴族にして正妃の実家でもあるミフィーユ侯爵。

 北西の雄、ブーニュ辺境伯。

 急ぎ伝えたいことがあると謁見を申し込まれて対応してみれば、陳情の内容は少々驚くに値するものだった。


「ですから、いくつかの家は止む無く領地へ戻ったと申し上げたのです」


 言葉を選んで言うなら恰幅がいいと表現するのが妥当な男が、額の汗を拭いながら申し訳なさげな表情を浮かべ、しかし臆したふうもなく答える。


「今年は第二王子のお披露目があると周知させたはずだが」

「それは勿論承知しておりますとも陛下。私どもも諌めはしました。しかしながら、例年通りならば社交シーズンも終わり領地へと帰っている時期でございます」


 細身の男性が言葉を返す。


「私どものような貴族は、陛下の素晴らしき治世の下、幸いにしてささやかながら蓄えを持つ余裕もあり、また、多少の仕事は任せられる人材も居ります故、陛下の仰せとあらばこうして王都に留まることも可能です。ですが、皆が皆そうではございません。止むに止まれぬ事情を抱えてしまうこともございます。まして私が治めさせていただいている領地の南には、憎き貴族連盟もございます。領地のことが気にかかって仕方のない者もいるのです」

「彼らをまとめる立場であるのは重々承知しておりますとも。だからこそ、私としても無理は言いづらい……せめて、もう少し早く殿下の魔力測定が済めば、彼らを説得することもできたやもしれませんが」


(その魔力測定を散々引き延ばしたのは貴様らだろうが!)


 怒りのまま叫びそうになる己を抑えて沈黙を保つ。

 ――――困った顔を取り繕い、心苦しそうに言い訳を垂れ流してはいるが、こいつらは本気で困っているわけではない。

 確かに領地へ戻りたい者も多かっただろうが、西部の子爵や男爵は、領地へ戻るように言われて戻ったというのが実情だろう。


 実際、産業や商売が余程うまくいっていなければ、下級貴族たる彼らの収入では、社交すら苦しい出費となる。

 それでも王都へと出向くのは、世話になっている大貴族の顔を潰さないためであり、子息や令嬢の結婚相手を見つけるためであり、顔繋ぎや根回しなどの将来の話をするためだ。

 表向きはともかく、決して王族に挨拶するためだけではない。


 だから、彼らはいよいよ苦しくなれば領地へ戻ることもある。確かに醜聞ではあるが、下級貴族なら間々ある話。上級の貴族ともなればいちいち目くじらを立てる者の方が眉を顰められる。

 ……身から出た錆だというのに、今やそれを恥にも思わない者すら存在するのだから、貴族が聞いて呆れるが。


 思考が逸れたが、つまるところこの二人は、それを逆手にとって帰らせたのだ。


(……見縊ってくれる)


 ただ、それはあくまでいつも通りの場合。

 今年は前以て通達した通り、第二王子ヴィンセントのお披露目がある。

 戦争など、余程の大事でもなければ領地に帰ることなどまずあり得ないし、そもそも、そのような祝いの時期と知ってなお問題を起こしたとなれば、例え下級貴族であろうと家名に負う傷は無視できない恐れがある。


(……ッ)


 無論、このまま行わせること自体は可能だ。東部の貴族は未だ王都に滞在してくれているし、西部も目の前の二人を始めとした大貴族はいるだろう。最低限の見栄えは維持できる。

 だが、王族のお披露目でありながら臣下が揃わなかったとなれば王族としての面子は潰れる。そして、領地に帰った貴族どもは、自分たち抜きでお披露目が行われたと知って不満を抱くだろう。それは王家に対し無用の反感を生むことになる。


 王家の命で戻るように言っても不満を抱かせることになり、一帯を纏めるミフィーユ侯とブーニュ伯に呼び戻させたとしても今度は借りができる。こんな真似をする狸親父どもに借りを作るなど以ての外。


(魔導師長も忌々しいことを……)


 王族の魔力測定という一大事に失敗しておきながら、こともあろうにヴィンセントに挽回の機会を願い出てまんまと言質を取りおおせた。

 ヴィンセントが認めてしまったために、責を問うことで呼び戻した貴族たちの溜飲を下げることも難しい。

 五歳とはいえ王族の一員、その言動の重みを教えるのはこれからだが、悔やまれる。


 ならば止むを得ないと、来年に延期すればよいかというとそれも都合が悪い。

 慣例では、五歳以降に魔力測定を行った後、社交シーズンの終わり頃にお披露目するとともに魔力量を公表する。理由があるとはいえそれが来年に遅れるとなれば、王家の面子も問題だがお披露目されるヴィンセントにもよくない噂が立つ。まして来年にはリリアーナのお披露目もある。ミフィーユ家が何か手を回して注目をヴィンセントからリリアーナに集めてしまうくらいならしそうなものだ。


(……クソッ)


 結局、どの未来を選ぼうとも王家あるいはヴィンセントが困り、そして将来に影響が残りかねない。自分たちは不利益を負わないまま王家の力を削げる、実にいやらしい手口だ。


 手のひらに爪を立てることで、目の前で神妙な顔を続ける狸どもを罵りたくなる気持ちを抑え込んだ。

 ――――呼び戻さぬままお披露目を強行してしまうか。

 ――――呼び戻して不満を買うか、あるいは狸二匹に借りを作るか。

 ――――来年に延期して、エミリーが遺したヴィンセントに負担を強いるか。

 傷が小さいのは、どれだ。


「……………………ヴィンセントのお披露目は来年に延期する」


 俺は、王だ。

 ならば、愛しい女が遺した子であろうと、まず考えなくてはならないのは王家であるべき。


「あの者らに代わって、寛大なる沙汰に感謝いたします」

「彼らには厳しく言い含めておきましょう」

「ああ。良く尽くしてくれている彼らに無理は言えない。ヴィンセントも聡く優しい子だ、事情を話せば今さら戻れと言うこともなかろう。――――その代わり、残ってくれている貴族たちにはお前たちが頭を下げておけ。そしてなにより、来年はまずヴィンセントにきちんと挨拶してもらいたいものだ」


 恭しく頭を下げた大貴族二人が、つかの間動きを止める。

 一国の王が聞いてあきれるが……今は、せいぜいこの程度だ。


「……ははは、その通りです」「ええ、殿下の寛大さには感謝せねばなりませんな」


 誤魔化すような笑い声を漏らした後、二人は部屋を辞した。


(……他に手立てはなかったのか)

「…………、いかんな」


 既に口にした。

 取り消すことはできるが、そうしたところでどうにもならないし、変更するに値する案もない以上は無駄でしかない。


 こぼれかけたため息を呑み込んで、私は隣の執務室へ向かうべく席を立った。




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