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王国の君  作者: てんまゆい
二章 外へ
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14 孤児院2

「――――参ったな。オレの負けだよ」


 かくれんぼに熱中していた最後の一人を捕まえて戻ってきたフレディが肩を竦めて口の端を曲げた。


 子どもたちに囲まれている僕はというと、緩みそうになる口の端を努めて整えて、終わりまでを丁寧に歌い上げた。


「ガキんちょどもが揃って寝こけてら」


 音がしないように手を叩いて見せたフレディが、うとうとし始めた子をそっと横たえる。


 やっとの思いで二人捕まえて部屋につれてきたはいいものの、手を離すとすぐに逃げ出しちゃうから困った。

 大人しくしてくれるようにお願いしてもダメなものはダメ。

 かといって他に手段もなく、追いかけっこに興じていては埒が明かないことだけは確かなまま途方に暮れていたら、抱えていた子がお歌を歌ってくれたらいい子にすると約束してくれた。

 じゃあその通りにといくつか歌っているうちに、ちらほらと部屋を覗き込む子が現れ始めたから、にっこりしながら手招きして…………を繰り返しながら、静かな曲調に切り替えて歌い続けているうちに今に至るというわけだ。


「はあ、………ふわ。オレも眠くなってきちまった。なあ、何の歌なんだ?」

「えっと…………内緒?」

「はあ? なんだそりゃ」


 曖昧に笑って誤魔化すしかない。

 ――――実を言えば、リリアーナ様とのお茶の席で偶然聞いただけの歌だ。

 例のごとく、リリアーナ様が上手くできないとぶーたれて、ミアが歌ってくれた声が耳に心地よかったから誉めたら、それ以来ミアが繰り返し披露してくれるようになった。そして自然と耳で覚えたというか、リリアーナ様が満足するまで一緒に口ずさむようになったというか。


「ま、いいか。ちょっと台所に行ってくる」

「え。じゃあ……あ、でも」

「いいよいいよ、じっとしてな。取って置きの奴を取ってくるから」

「でも……ちょっと、興味があるというか……」

「何に?」

「…………りょ、料理とか……」

「ふーん」


 ホントにできるの? と言わんばかりの沈黙に、思わず視線が泳いだ。

 まだ包丁の持ち方から指導されてるくらいだけども!


「……くくく。まあいいや、負けたのはオレだしな。ガキんちょどもは見ててやる」

「あ、ありがとう」

「代わりに美味しいものを期待してる」


 言葉に詰まった理由を見透かされて恥ずかしくなりつつ、逃げるように部屋を出て台所へ向かう。

 ――――そこは戦場だった。


「アイク、ジェド! 芋を投げない! ヴァニタ、皮剥きはそれくらいで充分だから! アルは包丁持ったまま走り回らないって何度言えばわかるの! ルークも真似しない! エリーは鍋見て、ちょっと焦げてる焦げてる!」


 …………なにこれ。


 戦場。それ以外の言葉が思い浮かばない。

 ところ狭しと並んだテーブル。磨り減った石材の床に置かれた木桶の中で塊が踊る。水気を切られた食材が思い思いの大きさに切り分けられていく。火にかけられた鍋は、具材を待ちわびてぐつぐつと沸き立っていた。


「あれ。――――アンナねーちゃん! お客さんいるよ!」


 声をかけるより先に僕を見つけた一人が、大きく声を張り上げた。


「はあ? ってホントにいる!? フレディ何してんの!」

「なーなーねーちゃん何でこんなとこいんの?」

「ほら皆手ぇ動かして! アタシが相手するから」


 一言も挟む間もなく、ずいずいと背中を押されて出入り口の外まで追い出されてしまった。


「えっと」

「何しにきたわけ? 飲み物なら取ってくるわ。お腹が空いたなら買い出しに行かせる間だけ待ってちょうだい」

「飲み物を取りに来たのもあるけれど、料理のお手伝いができたらなって」

「ダメよ」

「どうして?」

「指を切ったり火傷したりしたら危ないでしょ。――――貴族のお嬢様にそんな危険なことはさせられないわ」

「え」


 どうしてそれを、と固まった僕に、少し年上の少女は訝しげに片眉を吊り上げた。


「髪は綺麗、指先も汚れひとつない、ましてわざわざ司祭様がついてくるなんて、いいとこの家の出って言い触らしてるようなものじゃないの」


 何を当たり前のこと言ってんのよ、とばかりに吐息を一つ。

 ぐうの音も出ない僕はすごすごと追い返されるしかなかった。

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