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王国の君  作者: てんまゆい
二章 外へ
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作意

「…………こんなところですか?」

「あ? …………ご主人様を追いかけなくていいのか?」


 主人を追いかけて金の髪の少年が飛び出した後。

 暗い色の髪の少年の言葉に、副魔導師長は惚けた返事を返した。


「そうですね。では、私は殿下の持ち物を回収してから後を追うとしましょうか」

「ついでに殿下の使ったモノも片して行かねえ?」

「そちらはお任せします。……積もる話も、あるのでしょう?」


 …………こりゃ、食えねえなあ。


 未来の辺境伯の狸ぶりに、副魔導師長はうへっと顔をしかめかけた。


 察しがいい。

 話の向きを理解した上で、その方向で話に乗ってきた。

 大人になり始めたばかりだろうに、王子を追い出して見せた。

 ついでに、女顔の王子が嫌がるだろうことを見越してお嬢様扱いまでして、追い出すヒントを出してくれるサービス精神。

 その上で、大人にはちゃっかり恩を売ったと告げて帰っていく。


 ……高々両手の指程度しか生きてねえガキのやることじゃねえ。


 嫌なことだと鼻に皺を寄せて、それでも副魔導師長は鼻を鳴らすに留めた。


「……なあ、チャドウィック」

「…………」

「良かったなあ」

「…………何が、ですか?」


 脈絡のない言葉に、生まれて二〇にも満たない少年が、重苦しい表情を男に向けた。探るような眼差しは、だからこそ視線を感じた相手に心当たりの存在を疑わせる。


「そりゃあ、気づかれなくてだろ」

「…………」

「素人の【水盾】に、本気で【水球】をぶつけるか?」

「…………」

「あんなにしつこく【乾燥】をかけて、よくまああれだけでも絞り出したもんだ」

「…………」

「自分が教え込んだ王子様が文句なしの結果を出したってのに、ちっとも嬉しそうじゃねえ」

「…………」

「なのに、その王子様は、お前をちっとも疑ってやしねえんだからよ。…………笑えるだろ?」


 魔力(ちから)任せに盾を作った――――だから、逆に魔導師見習いの本気の一撃が砕けた。

 魔力(ちから)任せに絞り尽くした――――だから、魔導師見習いが手にした布に水気はなかった。

 恵まれ過ぎた才能が、一朝一夕では追い抜けないはずの差を埋めただけの話だ。

 そして本人は、自覚もなく、ただただ、今まで育ててくれた若き恩師が前途を阻むはずがないと信じ切っていて、だからこそ疑いもせず、実技試験の結果に安心していた。


 ――――気づかれなくてよかっただろう? と。

 そう言わずして、他になんと言えばいいというのか。


「それとも、こっちか? ――――魔力測定の結果を今まで誤魔化しおおせたなんて、心底驚いた」

「…………」

「なあ、ここの魔導師は軒並み愚図の集まりか? 結果を誤魔化しさえすりゃいいと、後で確認する必要もねえっつー頭のネジが緩んだ底なしの愚か者どもの巣窟か? …………これも、笑えるなあ?」

「…………」


 烏合の衆以外の何者でもない。

 王族の魔力測定を誤魔化しておいて、その底は確認しない。

 研究者であるはずの魔導師が、慎重にも慎重を重ねないなどと。

 なんと杜撰な行いをしているのかと、呆れた笑いさえ喉の奥で掠れてしまう。

 そしてその、軒並み愚昧を極めたような輩が揃い踏みだったからこそ、第二王子の魔力量を今の今まで悟られることがなかったというのだから――――本当に、気づかれなくてよかっただろうという言葉以外の、何を言えばいいというのか。


 硬くなるほど乾いた布を握り締めて、それでも青年は沈黙を保つ。

 ――――ただ。

 何もしていないわけでは、決してない。


 ……どうすっかなあ、これ。


 全身の魔力を活性化させ過ぎて露骨に光を帯びつつある魔導師見習いを視ながら、副魔導師長は話の持って行き方に困っていた。

 しかし焦りは微塵もない。だらりと腰かけたその身に、戦闘を予期したが故の緊張は欠片もない。

 なにせ、ロドニー・ラムレイは副魔導師長だ。つまり、魔導師長以外は相対的にザコと言っていい。その魔導師長も既に耄碌したジジイとなればすなわちこれ負ける道理なし。まして目の前にいるのは魔導師見習い、考えるまでもなく完勝不可避――――――と。


 ……ただ、面倒が寄ってきたら困るんだよなあ。


 王子様直々にやらかしたごり押し魔術の痕跡が著しい。とんでもない量の魔力が部屋中を満たしてヤバい。扉から漏れそうなこれをどうしてくれようとは思うが、もしかしなくてもおれが処理するパターン? 緊急の案件ができたってのに、さらに手間が増えるとか…………必要ならやるよ? やるけどさあ…………ねえ?


「…………腐っても魔導師ならさ。魔術戦とか、気づくよなあ……」


 ……それでも引っ込めない、か。


 十全に練り上げつつあると、魔力視で見て取りながら、副魔導師長はミリだけ評価を修正した。


 ……さすがに見習いの一人くらい、監視に割いてるか。

 どっちか測り兼ねてたが、このぶんだとミフィーユ派のようだ。


「…………ハッフィルコット伯爵に報告黙っててさ、何がほしいんだ? ミフィーユ侯爵家での働き口とか? ……おれ、いいところに口利きしてあげよっか?」


 ――――――――――――瞬間、冷気が爆ぜた。


 ……うおおおおお、外した!! まじか!?


 二択で外した。っていうか第二王子派だったらそう言えや。

 ヤベえなおれ、結構ボケてやがるな、と胸中独り言ちながら、副魔導師長はブチ撒けられた魔力を強引に捻じ伏せる。


「――――!? ……!」


 驚愕。

 そして、覚悟。


 ……人望あんのな。幼気な素直ちゃんだしな、将来の美少年上司だもんな、高慢ちきなクソガキよか、可愛くて素直なガキンチョのがいいよなあやっぱ。


 冷気に白く(けぶ)る視界の向こうに研ぎ澄まされた魔力を感じながら、男は距離を詰める。


「“血潮食む刃金と化せ”――――【氷剣】、――――!?」

「――――!?」


 ……刺し違える覚悟かよ!?


 攻撃に魔力操作を全振りだ。

 狙いも愚直なくらいに頭一択。

 

 この副魔導師長様に怖気を懐かせるたあ将来有望じゃねえか……! と歯を剥きつつ、【氷剣】が発動しなかったために致命的な隙を晒した魔導師見習いを床に転がす。


「くっ……――――か、は…………!」

「おっと、騒ぐんじゃねえ。殺せとかいうんじゃねえぞ?」


 背中から落ちて息が止まった青年に、さらに体重をかけて呼吸を制限する。

 これで、叫び声を漏らすこともない。


 ……結局こうなっちまったか、と頭を抱えたくなる気持ちに蓋をして、男は説得の言葉を考え…………かけて、やめた。

 責任者に責任を取らせるのが筋ってモンだろう。


「合格だ。殿下に仕える覚悟、しかと見せてもらったぜ」

「…………?」


 呼吸もままならない少年が、ぼんやりとした眼差しを男に向ける。


「なあに、場所は違うがいいところってヤツだ。抱えた秘密を吐き出すのにちょうどいいとこに連れてってやるよ」

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