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王国の君  作者: てんまゆい
二章 外へ
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05 魔術講義3

「――――――――では、気を取り直して。本日から講義を再開させていただきます」


 咳払いを一つ。

 不機嫌そうな顔を隠しもせず後ろを気にするレイモンドを気にしつつも、ノリー先生は視線を引き剥がして話を進め始めた。


「ヴィンセント様。予定通りでしたら、今回は【水流】の魔術の初級内容について評価させていただく時間でしたが……」

「――――ノリー先生。ヴィンセント様でしたら、問題なく合格されるかと」


 言いにくそうに口ごもった瞬間を突いて、オリヴァーが口を挟む。


「こちらに向かう道すがら、ヴィンセント様が【水流】を披露なさったのですが、三ヵ月前より随分と上達されておいででした」

「ひ――――披露、ですか?」

「ええ、このように」


 目を剥いたノリー先生に何か言うより先に、オリヴァーが手元で【水流】を発動してみせる。

 豆粒ほどの水の球を踊らせて、水のリボンを重ね上げ、そして上に集めた後、弾けさせる。ちょっとした余興を披露しているくらいの、気負いとも緊張とも無縁の行使。


 ……えー。

 そんな簡単にできることだったの…………? と思いながら【水流】を発動してみても、そもそも豆粒くらいの大きさで【水球】を発動することが難しい。

 ……せめてもう少し大きかったら、さっきみたいに操れそうなんだけど。


「………………実際に、その大きさで?」

「いいえ。ヴィンセント様に相応しく、大きなものを」


 本当ですか? 問いかける険しい顔に、おずおずと頷く。


「…………ヴィンセント様」

「は、はいっ」

「使われる時は、どうか私にご確認ください。みだりに発動なさるのは、お勧めでき兼ねます」

「う。…………はい。ごめんなさい」

「――――いいんじゃねえの? 別に」


 ノリー先生に、悲しい顔をさせてしまった。

 よくないことをしたと、しゅんとした僕の後ろから、低い声が割り込んだ。


「なあチャドウィック。【水流】の初級だろ? 王子様が自分家で魔術使って、何が悪いんだ?」

「それは…………以前ご報告しましたが、ヴィンセント様は、まだ魔術を習い始めて間もないということで」

「いや、だからだろ? 失敗しなくなるまで好きにやらせてやりゃあいいじゃねえか。どうせそこらへん水浸しか寝小便が関の山だぜ」

「寝っ、無礼にもほどがあるだろ!」

「どうせ満足したら飽きる」


 早くもレイモンドの抗議に慣れたらしい。

 副魔導師長と名乗る男はしれっと肩をすくめた。


「いえ、しかし、魔術の扱いにまだ不安をお持ちで」

「不安っつうけど、そうか? 素人に毛が生えたくらいの魔力操作はできてる。お前なら、視りゃわかるだろ?」

「…………それは、そのようですが……」


 ……どういうこと?


 ノリー先生が押されているように聞こえて、僕は首を傾げた。


 僕の心配をしてくれているのはわかってる。また失敗しても大丈夫なようにと、だからノリー先生は、自分を呼んでから魔術の練習をしてほしいと言ってくれている。

 ノリー先生は、間違ったことなんか、言ってない。

 なのに、後ろのだらしない魔導師から反論されたノリー先生は、とても苦しそうに言葉を詰まらせたままでいる。


「……結局、どっちなんだね? ヴィンセント様は、好き勝手に魔術を使っても、いいのかね?」


 煮え切らない空気に焦れたらしい。

 椅子の上で身体の向きを変えたレイモンドが、両脇に――――主には副魔導師長に――――苛立たし気な視線を投げる。


「よし、チャドウィック。【水流】の初級をこなせりゃ好き勝手に練習すりゃいいし、そうじゃねえなら合格するまでお預け。それでいいだろ?」

「………………そう、ですね」


 …………他に何か、理由があるのかな。

 険しい表情を拭い切れないままで、それでもノリー先生が頷いたことで、初級の【水流】を順に行使してみせることになった。


「…………では、どの順にでも構いませんので、どうぞ」


 準備を終えたノリー先生が、迷いを断ち切るようにキッパリと宣言する。


 目の前には、空の水盆と、その中にタオルが一枚。

 課題の内容は、【水流】の初級魔術を全てを行ってみせること。

 ただし、今回に限っては、やり直しなんてない。失敗は許されない。

 本番で失敗したりまごつくようなら、僕一人で魔術の練習をするなんて、夢のまた夢。ついつい話してしまった寝室での練習も、今後も続けていけるか、それとも今回で禁止になるかの分かれ目だ。


「先程のように落ち着いてなされば余裕ですよ」

「なに、僕が認めるとも! サクッと終わらせて、次に行こうじゃないか!」

「うん、ありがとう」


 応援に応えながら、いつものように魔力を掴んで練り集めていく。

 どきどきと、緊張に跳ねる胸を手で押さえて、呼吸を整えて。


 ……よし。


「……【水球】」


 【水球】は、全ての基本。水を手元に集めるための魔術は、その後に魔術を続ける場合の土台にもなる。

 集めた魔力が、どこからともなく水を集めてくれる。

 やがて、目の前に、水盆を満たして余りある量の水が集う。

 表面は多少歪な、それでも初めて成功した時よりずっと凹凸の少ない、水の塊。


「へえ…………こりゃあまた……」


 副魔導師長の呟きを黙殺し、【水球】を維持して水の塊を浮かせたまま、魔力を込めて、その形を思う形に変えていく。

 次は、【水形】――――【水形】の魔術は、集めた水を自在に操る魔術。水を好きな形を変えることができる。

 大きな水の塊から空の水盆へと、糸を垂らしたように、水がゆっくりと落ちていく。


 ここが最初の難関。

 必要な量を調節して、水盆を満たすこと。

 水の量は、溢れても、少なくてもいけない。

 ちょうど縁を濡らすように、正確に。


「……次へどうぞ」


 なみなみと注がれた水盆が、水面を静めたまま、数秒。

 ノリー先生の声にほっと息をついて――――緩みかけた気持ちを張り直し、淡く揺れた水の塊の制御を取り戻す。


「ヴィンセント様! まだあるんだから、油断するんじゃないぞ!」

「う、うん……!」


 レイモンドの叱咤に湧いた気恥ずかしさを胸の底に押し込めて、時を巻き戻すように、満ちた水盆からするすると水の糸を巻き上げていく。

 後に残るのは、水気に満ちたタオルが一枚。


「……【乾燥】」


 【乾燥】は、その名の通り水気を除くための魔術。先生は、長ずれば薪を乾かすこともできると言っていたっけ。

 今は、布一枚の水気をできるだけ切る必要がある。

 合格のために必要な条件は、絞り残した水の量が、ノリー先生の用意した器から溢れないこと。


「…………っ……」


 魔力を振り絞れば、淡い靄のように布から水が立ち上る。

 けれど、あまり集中し過ぎれば、水盆の上に浮かせたままの水が下に落ちてしまう。

 水盆が濡れたり、机や床に水滴が飛んでも、今回の実技試験は失敗。


「…………………………………………はっ、はー、はー、はー……」


 額に汗が滲むくらい集中して、もうこれ以上は無理というところまでタオルを絞り尽くして。

 我知らず止めていた息を、慎重に整え直す。


 ……大丈夫。【水球】も崩れたりしてない。魔力が乏しくなる苦しさだって、感じてない。


 水盆から布を拾い上げたノリー先生を見ながら、次だと、意識を切り替えて、集めた水を薄く延ばすように広げていく。


「……【水盾】」


 【水盾】は、水をぎゅっと固める魔術。薄い板にして、何も通さないようにする、文字通りの盾を作る魔術。


「……【水球】」


 僕の傍らで形を成していく【水盾】を見ながら、ノリー先生が手元に水を集め始める。

 大きさは、拳くらい。

 速さは、いつも通り。

 ノリー先生の手元にできた、つるりと丸い水の真球が、これから盾を撃つのだ。

 貫かれなければ、次に進める。

 だから、魔力を込める。

 水の壁とも言えるくらいまで広げた【水盾】を、魔力任せに、硬く硬く押し固めていく。


「……ノリー先生。きて」

「……行きます」




 顔を真っ赤にして祈る僕に一つ頷いて。

 ノリー先生の一撃は――――――――盾を貫けず、弾けた。




「こらこら、飛沫を散らすなよ。試験官のお前が集中乱したらダメだろ?」


 砕けるように飛散した水は、けれど誰よりも先に魔導師が集めていく。

 どこにも当たることなく宙を泳いで流れていく水を尻目に、崩れかけた【水盾】を操り直して整えていく。


「…………すみません、ヴィンセント様」

「ううん、大丈夫」


 床を濡らしたりもしていない。

 波打つことをやめた【水球】を脇に浮かせたまま、最後の魔術を整えていく。


「【撥水】」


 【撥水】は、水を退ける魔術。雨避けの傘代わりにも使える、便利な魔術。

 そしてその通りに、今回も【撥水】を頭上に張る。


「……【水球】」


 ノリー先生が、再び手元に水を集めて。

 こくりと僕が頷いたことを確認したノリー先生が、水を宙に放る。


 パッと、水滴が雨のように部屋中に散る。

 それが、するすると宙を流れて、水盆に収まった。


「……」


 そして最後に、維持している【水球】を小分けにして方々の器に注いで終わり。


 ……お願い……!


 残りは、ノリー先生の手に握られた、タオルの具合。

 そして目の前には、僕の手でも握れば隠せてしまいそうなくらい小さいコップが一つ。


 ノリー先生が絞り出した量が少なければ、合格。

 でも、コップから溢れてしまったら――――――自由な練習は、今日で終わり。

 薄く、煙のように立ち上る水蒸気。

 それが、コップに吸い込まれるように呑み込まれ続けていく。


 薄く。


 薄く。


 淡く。


 淡く……………………。


「………………チャドウィック。もう、いいだろ?」

「…………」


 立ち上る水の影が、見えなくなって久しく。

 終わりを告げるように、後ろで沈黙を保ち続けていた魔導師が、ノリー先生の肩を掴んだ。


「さあ、言ってやれ」


 果たして、器の中は――――――――

































「………………合格とします」


 ――――――――底を湿らせるに、留まっていた。


「よしっ! やったなヴィンセント!! ――――あっ、いや…………と、当然だな!」

「おめでとうございます。やりましたね、ヴィンセント様」

「…………」


(…………やった……?)


 自分の事のようにばしばしと肩を叩いた後、我に返って気恥ずかしそうにそっぽを向くレイモンド。

 微塵も失敗を疑っていなかったと言わんばかりに、いつも通りの薄い笑みを浮かべて手を叩くオリヴァー。


 …………やったんだ。


 合格の一言がじわじわと染み込んで。

 徐々に湧き上がる安堵感に、膝が震えた。


「おら、今日はもう帰れ」

「えっ……で、でも」


 この後は、もう一つの魔術――――【凍結】の魔術を習い始める予定って聞いてたのに?


「この似非魔導師は……! せっかく喜んでるのに、水を差すんじゃない!」

「善意で言ってやってんだよ、おれは。今新しいことやったって、手につきゃしねえだろ」

「……ヴィンセント様。この魔導師の言葉も、一理あるかと」

「!? ――――おい、オリヴァー! ヴィンセント様が望まれてるんだぞ!」

「それでもです。今日はもうお疲れでしょう。額に御髪を張りつかせて……」

「え、ぁう…………っ?」


 少しだけ大人びた顔の怜悧な少年が、至近距離から覗き込んできて、額にかかる前髪を指で払ってくれる。

 その何気ない仕草が、妙に優しげで、格好良くて。


 ……え、う……うわあ……………………!


 妙な空気に、心臓が妙な跳ね方をした。


「おっと。……ほら。レイモンド、立っているのもやっとの状態ですよ?」

「む…………そう、だな?」

「なんだなんだ? オイオイ王子様よぉ――――帰り道にゃ色男のお姫様抱っこでもお望みってかぁ?」

「――――!! ち、違っ! ~~~~~~っ!!」

「あ、おい、そんな急に動いて、転んでも知らないぞ!?」


 揶揄うように笑みの滲んだ声。


 ……なんて……なんて奴っ!!


 カッと頭に血が上った僕は、気づけば何もかも置いて講義室から飛び出していた。

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