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王国の君  作者: てんまゆい
二章 外へ
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04 闖入者

 水が宙を踊る。

 駆けるようにとまではいかなくても、それなりの速度で、抱えられるくらいの大きさの水の球が宙を舞う。

 それは少しずつ、(ほど)けるように軌跡を残して、僕たち三人の周りを取り囲む帯となる。

 漂う水は、歩く僕らに合わせて、風に吹かれて揺れるリボンのように揺れ動く。


「――――えいっ」


 パチン。

 指を弾くと同時に、巻き取られるように頭上で一つに集まった水は、空に向かって弾けた。


「…………見違えるほどに、上達されましたね……」

「や、やるじゃないか」


 感嘆の吐息を漏らすオリヴァー。

 驚きに顔を引き攣らせたレイモンド。


 雨のように降り注ぐ水は、けれど僕らを濡らすことはない。

 降りかかる雫は、頭上近くで何かに阻まれたかのように、途中でするりと脇に逸れていく。


「えーと…………そう?」


 緩む口元を見られるのが恥ずかしくて、ふいっと顔を背けながらも、声までは取り繕えなかった。


 三ヵ月ぶりの魔術講義に向かう道すがら、「忘れてやしないかい?」と冗談半分に問いかけるレイモンドの言葉に、ちょっとだけと試してみたのだけれども。

 魔術行使は、思う以上に上手くいった。


「……水を出してぎこちなく動かすことで精一杯だったのに……」

「一体、どんな鍛錬をなさっていたのですか?」


 どんな鍛錬(こと)を。…………うーんと。


「…………先生の言う通りに、遊んでたら?」


 最初は、僕を中心に半球状に広がったスィラの中で、あちこちから突き出される手を、拙い魔力感知を頼りに避けた。

 慣れたら、ノリー先生に習った【水形】でスィラの手を曲げたり、【水盾】でスィラの手を通せんぼしたり。

 途中で、【水盾】を踏んで避けたこともあったっけ。…………最初は自分で出した【水盾】にぶつかっちゃって、もしかしてと思って乗ってみたら、乗れた! って思ったところで踏み抜いちゃって冷や汗をかいたりもした。

 謹慎中のあれこれはあるのだけれど、まだ秘密にしておくようにと言われた以上、先生との約束を破ってスィラのことを話すことはできない。

 …………ばれた時のお仕置きが怖いなんてそんな…………そんな当たり前のこと……。


「えーと、それより、講義って、どこまで行ったの?」

「ヴィンセント様が謹慎なさってからは、進んでおりませんよ」

「えっ。……そうなんだ」

「キミのための講義だっていうのに、まさか主役抜きで続けてたとでも思ってたのかい?」

「うっ。えと、じゃあ、オリヴァーもレイモンドも今日が久々なんだね!」


 気恥ずかしさを誤魔化すように二人を後ろに置いて、ベージュ色の館に足を踏み入れた。


「……あれ?」


 勢いよく講義室の扉を開けた僕は、けれどどそこで立ち止まってしまった。


「どうしたんだね?」

「え……あれ?」

「……先客ですか。……確保はされていたはずですが」


 隙間から覗き込んでみたオリヴァーが首を傾げる。

 というのも、ノリー先生と似た作りの、けれどもっと上質そうで飾りもあるローブが、机に突っ伏していたからだ。


「……また、豪快な寝息だな」


 呆れた目を向けるレイモンドの言う通り、扉の隙間から、暖かな空気と一緒に、薪の爆ぜる音と低い唸り声が漏れてくる。


「起こして追い出しましょうか」


 気持ちよく寝てるのかな、とか。

 疲れてるのかな、とか。

 そんな感想を懐いている僕に、近づかないよう手ぶりで示して、オリヴァーが講義室に入っていく。


「魔導師殿。……魔導師殿」

「………………んおっ?」


 いびきに負けないよう、やや大きめの声音で呼びかけたオリヴァーの声に、ローブがのろのろと身を起こした。


「……く、ぁああああああ…………」

「魔導師殿。お疲れのようですが、こちらはこれから講義で使われます。お引き取りを」

「……ああ、もうか。早かったな……んで? 王子は?」


 フードを外して視線を走らせた男の視界を、オリヴァーが身体を差し入れて遮った。


「そっちの、色の濃い髪のだな? ……はぁああ、こりゃまた随分と、可愛い顔してるな」

「……!」

「魔導師だからって、随分と無礼じゃないか!」


 億劫そうに立ち上がった魔術師の視線が、無遠慮に頭から爪先までを通り抜けた。

 顔が、かあっと熱を持って。

 けれど、僕が口を開くより先に、前に立ったレイモンドが声を荒げた。


「へえ、思ったよか仲良しじゃねえか。どういうことよ。――――なあ? チャドウィック」

「――――え? は、はあ……?」


 男が不意に振り返って声をかけると同時に、奥の扉を開けて、ノリー先生が姿を見せた。

 状況が掴めないと言いたげな、困惑した表情。

 それでも、部屋に満ちた緊張を察したようで、一周した視線が申し訳なさそうに僕に向いた。


「…………何か、副魔導師長が失礼をなさいましたか……?」

「ちょっとちょっと見習い君さあ、王族相手にそんなわけねえだろ?」

「――――抜け抜けと嘘をつくんじゃない! いったいどこから迷い込んだんだね、こんな…………こんな浮浪者!」

「は? ――はあ!? おれを、浮浪者呼ばわりしやがったのか!? クソ生意気な……! てめえこそどこのガキだ!」


 レイモンドの叫びも、確かにそう言いたくなるのもわかるけど。


「ノリー先生。副魔導師長とは?」

「あ――――はい、ええっと、先日の人事異動で、新しく副魔導師長として赴任された、ロドニー・ラムレイ殿です」

「ハッ! 冗談だろう? これのどこがそんなお偉い魔導師だというんだね?」


 水盆を並べながら男性を紹介するノリー先生の言葉を、レイモンドが吐き捨てるように否定する。

 けれど、ノリー先生の言葉を疑ってしまうのも無理はないと思う。

 もさもさで寝癖だらけの頭。

 無精髭を生やした顔。

 目つきも悪ければ姿勢も悪いし、猫背の身体を覆うローブも、いい品のはずなのにひどく皺が寄っている。

 ハッキリ言って、だらしない大人だ。

 ……マナーの先生が見たら、きっと目を三角にして怒るんだろうなあ……。


「いえ、それが、その…………事実です」

「はあ?」

「無礼だなんだと騒ぐお前もホントに躾のなってねえガキだな。え? ――――おれは、副魔導師長、ロドニー・ラムレイ様だぞ?」


 宮廷魔導師の身分を示す徽章を見せびらかして、ダメな大人が口の端を吊り上げた。

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