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王国の君  作者: てんまゆい
一章 揺り篭の君
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諫言

「此度の我が儘で、お気は紛れましたか」

「……」


 使用人が退出するや否や放たれた一言に、貴婦人は思わずしかめた顔を扇で隠さねばならなかった。


「リリアーナ様の近くをうろつく娘が目障りでしたか……あるいは、第二に瑕疵でもつけたく思われましたか」

「……父上は、わかりませんか」

「ふむ」

「…………陛下は、あの女の遺児を大事に思っているのですよ」

「――――何を言うかと思えば」


 とうとう呆れを隠さなくなった男の返答に、声を詰まらせたのは貴婦人の方だった。


「寵愛を授けた女の遺児を気にかけることなど、どこの家でもありふれた話だ」

「ですが…………っ」


 声を荒げかけて、しかし貴婦人は、指摘される前に口を噤む。

 ティーカップをソーサーに戻す微かな音は、沈黙に溶けた。


「……陛下は、そうと悟られないように、心を砕いていたのです。私や、父上の目を欺かれる意図がないなどと、言い切れますか?」

「…………殿下ではなく、第二を後継者に指名するとでも?」

「ええ、その通りです。…………あの男ならば、やり兼ねない」


 対面に座る男から漏れた笑い声に顔をしかめながらも、貴婦人は黙殺して言葉を続ける。


「今回の沙汰もそうでしょう。乳母につけたというのに、没落されてしまえば、あの遺児の瑕疵となるばかりか、後見人の子爵も余波を受けて揺らぐ恐れがある。それを防ぐために、殊更寛大な処置で済ませるつもりです」


 言い終えたと見て、対面の壮年男性は少し口を湿らせた。


「確かにその意図は否定できまい。だが、問い質したところで、王族の絡む事件故にとしか言わんよ。幼い王子が公の場で口を開いてしまった以上、下手な者に任せれば、王家の名に傷がつく。加えて、話は直轄領に留まる。口を挟める立場の者など、ごくわずかであった」

「そのごくわずかには父上も含まれますね」

「危ない橋を渡る必要がどこにある」


 押し黙った貴婦人に、男は頭痛をこらえるような色を浮かべた。

 が、それも一瞬のこと。すぐに元の冷たく鋭い表情に戻って口を開く。


「失敗した原因はいくつかある。

 まず、手遅れの状況に陥るまで段取りを整えなかったことだ。

 放っておけばほぼ間違いなく潰れる状況にあったのは認めるが、足掻く時間を与えてしまったことは失策だ」

「っ……」

「そして、そもそも今、手札を切ってしまったこと自体が過ちだ。

 正妃の産んだ長子を王太子とするのは道理。後見人においても力の差がある以上、わざわざ王国の安定を乱す愚は侵さん。

 よしんば愚かな選択をしようとも、並み居る忠臣達が諌めぬはずがあるまい」


 長子相続は連綿と続く貴族家の原則。それを乱すだけでも眉をひそめる貴族は少なくないだろうが、愛人の子を跡継ぎに据える暴挙は、王家なればこそ困難を極める。

 まして、第二王子の実家は子爵家。侯爵家とは比較するのも烏滸がましい。


「…………付け加えれば。殿下を王太子に指名せぬまま時間稼ぎをしようものなら、この国は割れる。

 その、またとない機会にこそ、王家の財に手を出したと、告発してやればよかったのだ。盛衰をかけた雀どもが騒げば、わずかな瑕疵すら致命となったろう。

 …………それが今や、第二の評価に繋がりつつあるのだから、皮肉なものだ」

「ッ……!!」

「私情に狂えば、待つのは破滅だ。それは王も変わらん。……何を焦ったのかは知らないが、ただ座して機を待てばよい」


 扇で隠すのも忘れて表情を歪めた貴婦人に釘を刺して、男性は応接間を辞去する。







 唇の端から、赤い筋が垂れた。

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