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王国の君  作者: てんまゆい
一章 揺り篭の君
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享楽の代償

「……はあ……はあ……はあ……」


 ……クソが!

 男は譫言のように心中で毒づき続けていた。


 最高の日々だった。

 昼過ぎに目を覚まし、肉やチーズや酒を好きに食らい呷って、夜になれば気に入った女を抱く。

 これが仕事(・・)だ。最高の日々と言わずして、他に何がそうだってハナシだ。……まあなんだ、辺境に転がってるイモみてえな二流三流の酒や女じゃなく、街にある一流のモンなら、心の底から文句は無えって言えたんだがよ。


 それが、呆気なく崩れちまった。

 夜襲だ。

 男たちの命乞いもなく、押し殺し損ねた断末魔だけがそこかしこから響いた。

 真夜中の耳障りな騒音に紛れて、刺客はオレの部屋にも居やがった。

 ナイフを手に襲いかかってきた奴を殺して、それが抱いてやった女だと気づいて、ようやく理解した。


 ――――指示は出しておいてやったってのにッ……あのクズどもが! 仕事をサボりやがったなッ!!


 混乱冷めやらぬまま裸で出てきやがったバカは捨て駒に、武装まで済ませた“使える”奴らだけを引き連れて脱出。案の定、妙に人気の無ぇ厨房から出ようとしてやがったバカどもが、派手な物音とともに絶叫を垂れ流し始めた。この世に別れを告げる声を後に、オレたちだけが敵の包囲を破って屋敷から生きて抜け出した。

 馬をかっぱらって逃げ出そうとしたマヌケも、河沿いを行こうとしたアホも、十中八九生きちゃあいねえだろう。だが、いい囮になった。あいつらはそれでいい。


 だが。

 あえて南東の森の中に逃げたっていうのに、それでも執拗に追跡してきやがる。雪が積もってんだ、大人しく諦めりゃいいものを!

 もう手が無ぇ。裏切り合いが始まる前にバラけたのは当たり前のハナシだった。


 判断ミスはなかったと、そう言い聞かせていた男の耳に樹の幹を打つ音が飛び込んだ。


「ちっ、外した……! ――――いたぞ!!」


 不意に響く、硬質な音。

 弓を手に叫び声を上げる男を視界の端に捉えて、狩人の残りが追いつきやがったと、男は顔をしかめる。


 ……森の中で獲物を探すのに手慣れてやがる。だが、馬鹿だ。オレを仕留めたかったら、てめえのヘタクソな腕でイチかバチか試すんじゃなく、周りの村人で足止めしてる間に、騎士なり傭兵なりを呼んでくりゃあよかったんだ。


 顔を嘲弄に歪めつつ、魔術できつく押し固めた雪を投げる。

 果たして――――――追っ手の頭に、赤い花が咲いた。


「……チッ」


 一撃で昏倒させられた幸運に踵を返すか迷いかけたが、止めを刺す方へ傾く前に、さらなる追っ手の放つ喧騒を感じ取って、男は再び逃げ道を行く足を動かし始めた。

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