享楽の代償
「……はあ……はあ……はあ……」
……クソが!
男は譫言のように心中で毒づき続けていた。
最高の日々だった。
昼過ぎに目を覚まし、肉やチーズや酒を好きに食らい呷って、夜になれば気に入った女を抱く。
これが仕事だ。最高の日々と言わずして、他に何がそうだってハナシだ。……まあなんだ、辺境に転がってるイモみてえな二流三流の酒や女じゃなく、街にある一流のモンなら、心の底から文句は無えって言えたんだがよ。
それが、呆気なく崩れちまった。
夜襲だ。
男たちの命乞いもなく、押し殺し損ねた断末魔だけがそこかしこから響いた。
真夜中の耳障りな騒音に紛れて、刺客はオレの部屋にも居やがった。
ナイフを手に襲いかかってきた奴を殺して、それが抱いてやった女だと気づいて、ようやく理解した。
――――指示は出しておいてやったってのにッ……あのクズどもが! 仕事をサボりやがったなッ!!
混乱冷めやらぬまま裸で出てきやがったバカは捨て駒に、武装まで済ませた“使える”奴らだけを引き連れて脱出。案の定、妙に人気の無ぇ厨房から出ようとしてやがったバカどもが、派手な物音とともに絶叫を垂れ流し始めた。この世に別れを告げる声を後に、オレたちだけが敵の包囲を破って屋敷から生きて抜け出した。
馬をかっぱらって逃げ出そうとしたマヌケも、河沿いを行こうとしたアホも、十中八九生きちゃあいねえだろう。だが、いい囮になった。あいつらはそれでいい。
だが。
あえて南東の森の中に逃げたっていうのに、それでも執拗に追跡してきやがる。雪が積もってんだ、大人しく諦めりゃいいものを!
もう手が無ぇ。裏切り合いが始まる前にバラけたのは当たり前のハナシだった。
判断ミスはなかったと、そう言い聞かせていた男の耳に樹の幹を打つ音が飛び込んだ。
「ちっ、外した……! ――――いたぞ!!」
不意に響く、硬質な音。
弓を手に叫び声を上げる男を視界の端に捉えて、狩人の残りが追いつきやがったと、男は顔をしかめる。
……森の中で獲物を探すのに手慣れてやがる。だが、馬鹿だ。オレを仕留めたかったら、てめえのヘタクソな腕でイチかバチか試すんじゃなく、周りの村人で足止めしてる間に、騎士なり傭兵なりを呼んでくりゃあよかったんだ。
顔を嘲弄に歪めつつ、魔術できつく押し固めた雪を投げる。
果たして――――――追っ手の頭に、赤い花が咲いた。
「……チッ」
一撃で昏倒させられた幸運に踵を返すか迷いかけたが、止めを刺す方へ傾く前に、さらなる追っ手の放つ喧騒を感じ取って、男は再び逃げ道を行く足を動かし始めた。




