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王国の君  作者: てんまゆい
一章 揺り篭の君
58/96

36 宴の後に

 沙汰の後の沈黙は、我に返った進行役の言葉でつつがなく破られた。

 そして今、残っていた貴族たちからも挨拶と祝いの言葉をもらい終えた僕は、まだ座席に腰を下ろしていた。


(…………ううう)


 とはいうものの、実のところは、機を逸したという方がきっと正しい。


 リリアーナ様のように、一通りの挨拶が終わった後にさっさと逃げてしまえばよかったのだ。そうしていれば、窮屈なような、退屈なような居心地の悪さを感じることもなかっただろう。


 でも、大役をこなせた実感に気が緩んでいた。

 初めての大広間で、見たこともないくらいたくさんの人がいる中で、発言を求められたわけでもないのに声を上げなくてはならない重圧。

 初めてがいっぱいの経験は、僕の心をぎゅうぎゅうに締め上げていたというのに、さらに自分の言葉にマルチダやミアの未来がかかっていたとなれば、それはもう感じていた責任感はお腹も胸も頭もいっぱいいっぱいにしてなおも余りあった。


 そんな息苦しさから解放されて、とろりとした身体の重さと、じわじわと押し寄せる達成感を噛み締めて呆けていたら…………いつの間にか挨拶は終わり、ここからは大人の時間とでもいうように、華やかな演奏とともにホールでダンスが始まった。

 くるくると回る人、人、人。

 楽曲に合わせて色とりどりのドレスの裾が揃って揺れる様子は、風にそよぐ花々のようで、思わず見惚れてしまった。

 心に満ちていた淡い感動がしずしずと引いて、習っていた内容が本当に必要になるのだという実感につられて思い出したのは、リリアーナ様のこと。


 ……僕やミアと練習するようになるまで、ダンスの時間もちょこちょこと抜け出していたらしいリリアーナ様も、こうして綺麗な花になれるなら、ちょっとはやる気が出るかな?

 横目でちらりと確認してみれば、席は既にもぬけの殻。

 冷たい横顔にどことなく退屈そうな色を滲ませてワイングラスを傾ける陛下と、当初と変わらず背筋を伸ばし薄く笑みを浮かべてホールを眺める王妃様はご在席とはいえ、同じくお披露目の主役としてここにいるはずの銀髪の女の子がいないことに、どきりとした。


 ……どうして。いったいいつ。なんで言ってくれなかったの。

 どきどきと、嫌な強さで伸び縮みする胸を押さえながら、ふとすれば溺れそうなくらいの混乱や焦りをじっと堪える。


(……大丈夫)


 大丈夫、大丈夫。何度もそう言い聞かせているうちに多少は落ち着いてくれたけれど、それでも、胸にこみ上げた不快感の後味はしつこい。

 洗い流そうと手にしたゴブレットの中身も、呑み下すのに苦労するだけで、手に入れたものといえばお腹の下側からくる訴えくらい。


(う、う~っ)


 思い出さなくていいものを思い出す自分の身体を恨めしく思いながら、もじもじと膝と膝をこすり合わせつつ抜け出す糸口を探っていた僕の目に、ここにいないはずの女の子が飛び込んできたのはその時だった。


「…………ミア?」


 見間違いじゃ。そう思って瞬きを繰り返しても、カーテンの向こう、テラスの陰から、こっそりと頭を覗かせて微笑む髪の青い女の子はミアでしかあり得ない。

 ……どうやって。なんで。いや、そもそも、リリアーナ様についているはずじゃ。

 僕の頭を埋め尽くす疑問と混乱をよそに、僕が気づいたことを見て取って嬉しそうに頬を緩ませたミアは、くいくいっと指を動かす。


(……テラス?)


 そこ? そこに行けばいいの? と凝視する僕に首を振って、代わりに今度はくるーっと弧を描くように何かを描いた。

 ……控え室に退がればいいってこと? というつもりで動かした視線の意味は伝わったらしく、正解というようにこくこくと頷いたミアはフッと後ろに下がる。


「――――あっ」


 ミアがいたテラスに、二人の男性が出る。


「どうした」

「え…………い、いえ、その……」


 心配の気持ちがぽろっと漏らした声を、陛下に拾われてしまった。


「……まあいい」


 興味を失われたらしい。

 言葉を探し出すより先に独り言ちた陛下の視線が僕から外れた。


(ふー。――――……?)


 そのことにほっとしたはずの僕の胸は、なのにどうしてかざわざわと揺れたまま。


(……まあ、いいかな)


 思っていたのと違う質感の何かを触っていたような、そんな落ち着かない気持ちに蓋をして、そっと椅子から身体を下ろす。

 ミアが待っている。それに、誰も見てないのなら、リリアーナ様のように退出したっていい…………はず。


「失礼いたします」


 …………気づかれたら、呼び咎められるだろうか。

 そんな不安が、蚊の鳴くような声をこぼさせる。気づかないでほしい、でも、言い訳がましく最低限だけは言っておこうという、どっちつかずの気持ちが滲んだ声の大きさ。

 気恥ずかしさを覚えながら、それでもそろそろと足を動かし動かして辿り着いた垂れ幕の陰。

 ようやく誰の目もない場所に辿り着いて、安堵に力が抜ける。


「――――んむっ……!?」


 ……部屋で待っていればいいのかな。

 そんな考え事をしていたのがまずかったのか、いきなり横から伸びた手に口を押さえられたまま、なすすべなく、手近な部屋の中に引きずり込まれてしまう。


「ん、んーっ、んー!!」


 暗い。

 怖い。

 抑え込まれて動けない。

 まさか退場後に刺客が来るなんて。

 綯い交ぜになった感情が荒れ狂うままに手足は出鱈目に暴れて、けれど後ろの刺客は手馴れているのか、羽交い絞めが外れない。


「しーっ、にぃ、にぃ! 私だよ、にぃ」


 え、あれ、この声って……そう思いながら恐る恐る視線を動かせば、薄く開いた扉から差し込む明かりに照らされた幼なじみの笑顔が見えた。


「……………………んん(ミア)?」

「ごめんね。びっくりした?」

「……()んー(もー)……」


 命の危険とばかりに強張り切っていた身体から、どっと力が抜けた。


「あっ、ちょ、に、にぃ!? 大丈夫? あ、手外すね」

「……大丈夫」


 だけど、もうちょっと………………どうにかならなかったんだろうか。


 抜けかけた腰にくっと力を込めて立ち直しながら、袖口でくしくしと口元を拭う。……涙もちょっと出てる。


「――――あ、ちょっと、ミア? 暗くて見えないよ?」


 ついでとばかりに肩より下まで伸びた髪を手櫛で整えたり、見える範囲で着衣の乱れを整えていたら、ミアは扉を閉じてしまった。


「私は見えてるから、任せて」

「そうなの? ――――あっ、え、ちょっと、ミアっ?」


 自分の手の輪郭も覚束ない部屋の中を動く気配が近づいてきたと思ったら、不意に上着のボタンが外されていく。


「窮屈だし、もう必要ないよね?」

「え、ん、それは、そうだけど……」

「着替えも持ってきてるんだ」

「着替え?」

「そ、とっておき♪」


 とっさに出た抗議は、けれど頷くしかない問い返しに萎んでしまう。それに、最後の弾んだ声を聴いてしまえば、ミアに悲しい顔をさせてまで強く嫌がる気もなくなった。


 抵抗がなくなったと、停まっていたミアの手が改めて動き出す。あっという間に留め金を外して上着もベストもタイもシャツも脱がせていってしまって、ズボンも靴もするすると剥かれた。

 ひやりとする空気が肌に触れて、心許なさが全身を震わせる。


「じゃあ着替えなんだけど……どう?」


 どう、とは? と思いながら差し出された布地は、妙に硬い。

 手触りも……その、ミアが「とっておき」と言った割には、よくない。


「えっ。かた、え…………と」


 どう言えばとっておきを持ってきてくれたミアを傷つけなくて済むかと悩んでみたけれども、結局正直に聞く以外の選択肢は思い浮かばなかった。


「……なにこれ?」

「街の男の子が着ててもおかしくない服、かな」


 ? 街の男の子……?


「――――お城の外に行ってみようよ、にぃ」


 意図がわからず生まれた思考の空白に、その誘いは、するりと入り込んできた。


「じゃあ……そのための、服?」

「えへへ、そういうこと」


 薄闇の中でもはにかむ顔が見通せそうな綻んだ声につられて頬を緩ませながら、ミアの手を借りて、手早く街の男の子とやらが着ている服を着込む。

 ……ちくちくする。

 擦れるとちょっと痛いというか、普段着ている服とは違って、硬さがある。

 でも、大広間で着ていた服とは違って、窮屈さがない。


「じゃあ行こう。こっち」


 姿見で確認しないままに、部屋から連れ出される。

 途中寄り道しつつ、手を引く声について、明るい廊下や薄暗い通路を辿った先、城壁の陰に植えられた茂みの一つに身を潜めた。


「ミア……すごいね」

「そう?」


 壁に身を寄せながらささっと通り過ぎていくのは、とても心が浮き立った。夢の中にいたような、それくらい鮮やかな振る舞いだった。

 けれど、こうして一息つける状況に至って、もし見つかっていたらどうなっていただろうという不安が胸の底を浸してきていて。

 ミアの表情に焦りや不安の色は欠片も見当たらない。得意気に口の端を吊り上げているのは、自信の表れなのか、はたまた偶然の賜物なのか。でも実際、見回りをしているはずの騎士はおろか、王宮の使用人たちすら見かけなかったのだから、かくれんぼの実力は間違いなくすごい。


「んー……通用口とはいえ、さすがに手堅いなあ……」


 茂みから睨む先にあるのは城壁の穴、騎士が守る城門の一つ。

 時折出入りしている人はいる。入る場合は身体を触られて厳しくチェックされてる一方で、出て行く人は簡単な確認で出て行っているようだ。


「……にぃって、城壁の上まで登れる?」

「え」


 ……大人二人以上の高さがある城壁を?

 いやムリムリムリと、首をブンブン振れば、そうだよねとミアが笑う。ミアに聞き返してもあっさり首を振るのだから、普通はそうだろう。

 でも身軽な人なら、例えばミエロとか名乗ったあの道化師ならいけそう……? なんて思考が脇道に逸れつつある僕に、青髪の少女は悪い笑顔を浮かべた。


「じゃあ、馬車に乗っちゃおうか」




†   †   †   †   †




 ――――思いの外、あっさりと出られてしまった。


 停まっていた荷運び用の馬車を見繕ったミアに言われるまま、隙を見て幌の内側に侵入。

 積まれた木箱同士の間に作ったスペースは、狭いけれど、子どもの身体なら収まった。

 程なく動き出した馬車に揺られるまま様子を窺っていれば、垂れ幕を捲って中を確認しにきた騎士の目もすり抜けて城壁の外へ。


 こんな簡単に脱出できるんだ……と、ぼんやり感心していた僕の上から、木箱が退けられた。


「後は隙を見て飛び降りちゃえば外だよ」


 どう? と誇らしげに笑うミアも、今は街の女の子の衣装に身を包んでる。ズボンかスカートかという違いはあれど、生地も色合いも、質素な服は僕と同じ。

 それでも、朗らかに笑うミアはとても魅力的だった。


「にぃ、ここ座って」


 言われるまま、木箱の一つに腰掛ける僕の後ろに回り込んで、ミアが髪を弄り始める。


「下も捨てがたいけど、むむむ、やっぱこっち。できた!」

「えっと?」


 手を伸ばせば薄々感づいていたように頭の上の方で一括り。

 その髪を括った紐は、つやつやとしていて、手触りのいいものだ。


「プレゼント。遅くなったけど、誕生日とお披露目おめでとう、ヴィーにぃ」

「えっ、あ……ありがとう。ミア」

「どういたしまして。……一生懸命探して作ってもらった青い髪紐なんだから、肌身離さず着けててね?」

「うん。勿論。約束」

「約束。……えへへ」


 嬉しさを抑え切れない様子でくるりと回ったミアが隣にすとんと腰を下ろす。


「あのね?」

「うん」

「――――私の誕生日は祝ってくれなかったよね、にぃ?」

「え゛っ!?」


 笑顔で放たれた一言に、心臓が跳ねた。


 え、いや、あれ? と頭の中をひっくり返しても、確かにどこにも記憶がない。

 去年より前倒しされたお披露目の準備にかかり切りだったとか、トレキア家が危ないって教えてくれたクラウディアさんに任せられた役割で頭がいっぱいだったとか、日々の勉強とか習い事とか鍛錬とか魔術の練習とか色々こなさなきゃいけないことがあったとか。

 そう、言い訳はぽろぽろと思いつく……のだけれど、笑顔を浮かべて、でも妙に怒ってるようにみえるミアを見ていると、そんな言い訳で納得しては、くれない気がする。


「…………忙しかったんだよね」

「う」

「忘れてたんだ」

「あうっ」

「まだかな、まだかなって、一日中待ってたのに」

「うあっ……!」

「そうだよね、王子様だもんね、忙しくて、幼なじみなんて構ってられないもんね」

「………………ご、ごめん……なさい」


 下からじとーっとした目で覗き込んでくるミアに、脂汗がだらだら垂れる。

 気分は、獰猛な猫に見つかって、壁際に追い込まれた子鼠。


「じゃあ、何かちょうだい」

「な、何か?」

「プレゼントの代わりに、にぃが身に着けてるものがほしい」

「え、えっと……帰ってから、ちゃんとしたものを用意するよ?」

「誕生日忘れてたくせに」

「うぐっ」


 手、腕、耳と伝ったミアの手が、ぐうの音も出ない僕の胸元に触れる。

 クラウディアさんからもらったペンダントと指輪がシャツ越しに浮き上がった。


「……これがいいな」

「えっ!? こ、これは、その」

「やだ。これがいい」

「えっ、え、ミア? でもね、これは、その、大事なものだから」

「いや! これがいい!」

「ミア、どうしたの――――」

「大事なんでしょ!? だったら、大事なものなら…………にぃだってきっと、忘れないもん……私のこと、絶対忘れなくなるもん……!」

「ミア……」


 むすーっと拗ねていたミアの顔が、不意にくしゃりと歪む。

 今にも涙をこぼしてしまいそうな、薄明かりに揺れる瞳はひどく寂しそうで。


 責めるような口調も、不貞腐れていた表情も、今の必死な言葉も、このまま忘れ去られるんじゃないかという不安が理由だというのなら。

 可愛いミアを不安にさせた悪者は、僕だ。


(……ごめんなさい、クラウディアさん)


 迷いを振り切って、僕は首の後ろの留め金を外した。


「……わかった」


 ペンダントの鎖に通してまとめていた指輪を手渡……そうとして思い直し、左の親指に嵌める。

 ミアが憧れていた、お姫様のような扱いをしてあげた方が、きっと喜んでくれるはず。……ん。ちょっと大きめだけど、親指ならなんとか。


「……っ! にぃ! ありがとうにぃ! 大好きっ! 大事にする!」

「わ!? ちょ、もう……」


 感極まったように抱き着くミアに押し倒されながら、妹のようにかわいいミアの頭を、優しく撫でる。


「ごめんね、その……放っておいちゃって……」

「ううん。……私こそ我儘言っちゃったのに……」

「じゃあ、おあいこ」

「うん。……仲直りしよ」




「――――あ。……お、お前ら、誰だ?」




 え? と視線を上げたところで、幌の中を覗き込んでいた馭者と目が合った。


「――――逃げるよ!」

「あ、うん!」

「ま、待て!」

「ご、ごめんなさーい!」


 一息で身を起こしたミアに引かれる勢いに合わせて身体を起こし、そのまま幌の後ろから飛び降りる。

 土壇場でぼうっとしてられるほどヤワな鍛え方はされてない。その点は先生に感謝してる。


「こっち!」


 建物と建物の間の細道に駆け込んで通りを走って、突き当たった通りをさらに折れる。

 ミアが先導するまま、左右に道を折れるのを繰り返せば、馬車の持ち主の叫び声は遠く薄れるように消えた。


「はー……はー……撒いたかな?」

「そうみたい」


 少なくとも、後ろから追いかけてくる慌ただしい喧騒や、周囲からの訝しげな眼差しはない。


「でも、もうちょっと移動。騎士が追って来たりしたら流石に逃げきれないだろうし……せっかくのデートをそんなことで台無しにされたらイヤだもん」


 えへへと笑うミアと、手を繋いで大通りを歩く。

 闇夜の帳の下、多くの人が行き交う石畳の通りはあちこちに火が灯されていて、独特の陰影が視界を踊る。通りかかる人を手あたり次第に呼ぶ声は大きく、そんな声が一〇も二〇も上げられていれば、最早どこでどんなことを叫んでいるのかもわからない。


「ここは?」

「んと、西の……市街区、かな」

「西市街区?」

「お城の外に広がる貴族の街の、さらに外にある街の西側。それじゃあ行こうっ」


 どこへ? と問い返す間もなく手を引いて駆け出したミアに合わせて足を動かす。

 大通りの様子にはとても興味を惹かれるけれど、ひたむきに前を見て急ぐミアの足取りは軽くも迷いがなくて、だから逆らうようなことはしない。

 クラウディアさんからもらったお忍びのペンダントもあるっていうのも、理由ではあるけれど、ミアは、きっとどこか一緒に行きたいところか、僕に見せたいところがあるのだ。誕生日プレゼントの内容を根掘り葉掘り暴くなんて、そんな野暮なことは、してはいけない。




「――――おい」




「ぐえっ」


 徐々に人の密度を増していく通りを、ミアの後についていくことに集中していた僕の身体が出し抜けに宙を舞う。


「どうしてお前らがここにいる?」

「っ、にぃ!? ――――この……!」


 千切れるように手が離れたことで振り返ったミアが、怒りも露わに、僕の脇をすり抜けざまに足を伸ばす。


「おお、いい蹴りだな。いつの間に覚えた? ミリアリア・トレキア」

(――――えっ?)


 感心するような男の声がミアの名前を呼んだところで、まさかと思いながらなんとか振り返ると、案の定の意地悪な笑み。


「せ……先、生?」

「そうだ、俺だ。さて……坊主、――――ちょっと待ってろ」

「うわっ!? と、え、先生?」


 ぽいっと、興味のないものでも捨てるように宙づり状態から放り出されて慌てて着地。


「手間をかけさせるな」


 振り返る間にミアが捕まっていた。


「くっ……むっ……!」

「抵抗するな。そう簡単には逃がさんし、それ以上往来で暴れていれば目立つぞ」

「うっ……」


 その一言が止めになったらしい。ありありと不満の表情を浮かべながらも、抜け出そうと奮闘していたミアが先生の腕の中で大人しくなった。


「さて……行くぞ坊主」


 周囲に視線を走らせた先生は移動を決めたらしく、ミアを下ろすと、僕の手を掴んで歩き出す。


「それで、ミリアリアはともかくとしてだ。何故お前がここにいる……」

「うっ……」


 ミアに誘われて。

 事実とはいえ、馬鹿正直に話せるわけない。そんなことを言ったら、ミアが困るくらいは僕でもわかる。

 幼なじみのせいにするなんて、そんな馬鹿なことができるわけがないし、それに、誘われたとはいえ、お城の外に出ようと言われて、ついてきたのは僕だ。

 とはいえ、どう言ったらミアに責が及ばないか。


「なに、責めているわけじゃない。悪さの一つも覚えたと思えば、俺個人としてはむしろ安心したぞ、あー、坊主」

「えっ、えっ」


 わしわしと乱暴に頭を掻き回す手つきは痛くなくて、心なしか嬉しそうな笑みを浮かべたままでちっとも怖くないその顔に、ようやく本当なんだと脳に染み込む。


「…………え、えへへへへ」


 ど、どうしよう。頬が緩んできた!? 戻らないんだけどっ!?


「――――ただし、危険と、説教と、反省と、心配をかけることは理解しておけ」

「あッ、ぐ、う…………!?!!?」


 と思ったら拳骨。しかも今までで断トツに痛いやつ。

 目から火が出て悶え苦しむ僕を笑ってぇ……だから先生って嫌いなんだよぅ……超痛い…………!!


「俺の説教は以上だ。お家まで送ってやる。それで、目的地は広場でいいんだな?」

「……そう」


 浮足立っていたのが嘘みたいな、不貞腐れた様子のミアが渋々といった様子で答える。


「全く、ませたガキだ。ほら、見張っておいてやるから、行ってこい」


 いつの間に着いたのか。

 質素な服からでもわかる鍛え上げられた肉体と不穏な目つきに、自然と人垣が割れて途切れて。

 姿を見せたのは、堆く積み上げられた木々を包んで燃え盛る炎とそれを囲む男女。

 宮廷に響いていた、上品で流麗で狂いのない演奏とは違う、雑多で騒々しくてところどころ調子の外れた祭囃子。


「にぃ。――――踊ってくれる?」

「もちろん」


 ごちゃごちゃとして、けれど底抜けに陽気で朗らかな空気に当てられたように、差し出されたミアの手を取った僕は、可愛い女の子の手を引いて、輪の中に飛び込んだ。

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