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王国の君  作者: てんまゆい
一章 揺り篭の君
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28 最後の手段

ヴィンセント6歳。秋。


ヴィンセント視点。

 昨夜のこと。




「…………んー……」


 静まり返った部屋の中で、僕は何度も寝返りを打っていた。

 朝から聖堂に出向いて解呪をしてもらって、昼食を挟んだ後はリタに手伝ってもらって手紙を書いた。

 慣れないことを一日中やっていたから、心も身体もくたくた。

 ……その、はずなんだけど。


「…………ん~」


 寝ようと思っているのに、疲れも確かに感じるのに、寝つけない。

 瞼を閉じても、今日のことがぐるぐると頭の中を回る。


 ――――くよくよしてないで反省したら前を向きなさいと、そして、非難する人ではなく一緒にいて支えてくれる皆を思いなさいという、司教様のお言葉。


 ――――指輪とともに贈られた祝いの手紙とともに思い出した、大人びた少女との約束。


 ……何かやらなくちゃ。

 そんな気持ちが心の底から湧いてきて、


「……ん~!」


 堪え切れなくて、もどかしくて、跳ねるように身を起こした僕は、ナイトテーブルの上に手を伸ばす。

 水差しの手前、歪な石を鉤爪に掴んだ銀の鷲。

 立体的で精緻な装飾の施された表面とは打って変わって、指に触れる裏側は滑らかに磨き上げられていて、するりと指の根元まで嵌まり込む。

 雄々しく精悍な表情を一撫ですれば、気持ちはもういっぱいだ。


「……よしっ」


 水差しを抱えて、意識を自分の内側に集中していく。

 魔力の動き。

 確かにあるはずのそれを、ほんの微かなものであっても感じ取れるようにと、自分の中の変化に感覚を集約していく。


「“水よ集え。球を模り、我が敵を……」

(――――あ……)


 “水よ集え。球を模り、我が敵を撃て”。


 あの時必死の思いで聴き取ったその言葉は、けれど今の状況で唱えてしまうと、部屋のどこかに飛んでいったりするかもしれない?

 もし成功してしまったらどうしよう? なんて心配は、けれど今までと何も変わらず、水差しはわずかも揺れる気配なんてない。


「………………」


 いや、うん。わかっていたことだもの。

 今まで散々試して、それでもどうにもならなかったんだ。今更これくらいで挫けたりなんかしない。

 そんなことより、集中しなきゃ。唱えて、少しでも水が動いたり魔力の感覚があったりしたら、きちんと感じ取れるように。

 唱える内容を今の状況に合わせるとしたら、水差しの中に水はあるし、撃つべき敵もいないから、えっと……、途中で止めるっていうか、最初だけにしちゃえばいいかな?


「“水よ、球を模れ”」

(動けっ!)




†   †   †   †   †





「――――そうやって眠くなるまで唱えていたというわけか」

「う、うん」

「他に心当たりはないんだな?」


 疑わしげに睨むクリス先生から視線を逸らして記憶を漁ってみるけれど、やっぱり思い当たることなんて他にはない。

 夢も見なくて、朝気づいたら妙に胸が苦しくて、だから眼を開けたら、昨日までいなかったはずの透明な塊が胸の上で揺れていたのだ。


「それでその後は?」

「寝起きでどうしたらいいかわからなくてぼん――――え、えっと……」

「なんだ」


 ぼんやりしてたらその塊が弾みを増して、なんとなく嬉しそうな様子に見えて触ってみたらくすぐられて身を捩るみたいな反応をして、なんというか、ちょっとかわいい……? って思いながらしばらくぷるんぷるんな身体を触って遊んでた――――って言ったらこれ怒られるよね?


「ふむ……ぼんやりしていた、か」

「うぇっ!?」

「そして危険かもしれないとも思わず触ったんだな?」

「あだだだだっ」


 確認するならぐりぐりしないでぇ~~~~!!


「毒殺されかけたのを忘れたのかお前は……」

「ごめんなさぁい……」


 痛い……痛いよぅ……!


「その後は……俺が見たように、服の下に隠れていたわけか」


 突いて遊んでいたらリタが起こしにきて、ぷるぷるは慌てたようにぎゅるっと服の中に潜り込んできた。

 ひゃうん! ってヘンな声が出たのを聞かれて誤魔化しちゃったのがよかったのか悪かったのか、そのまま言い出せずにどきどきしていたのだけれど、ぷるぷるはうまく隙間や見えないところに動き続けて上手にかくれんぼ。僕にだけ見えるところでぷるんっと得意気に揺れるのに吹き出しながら、気づけばバレずにここまでこられた。

 結局ぷるぷるが見つかってしまったのは、修練場(ここ)にきて、先生からの容赦ない一撃を防いでくれたから。


「何というか、本当にお前という奴は……」

「え…………せ、先生? 大丈夫……? ……ご、ごめんなさい……」


 手で顔を覆って途方に暮れた様子の先生にちょっぴりショックを受けている自分に驚きながら、だんだんといけないことをした気持ちが湧いてきて僕までしゅんとなった――――のに。


「……ク、クククク」

「え……え?」

「ハハハハハハハハハハハハ!」


 堰を切って溢れたのは笑い声。

 いかにも普通じゃない雰囲気にぎょっとする僕の前で、憚る様子もなく先生が大笑する。

 この場に居合わせてる残りの二人――――セリーナ先生とテイラーに目をやっても信じられないものを見たような表情。


「ハハハハ、まったく、本当に、退屈させない奴だ」

「ううぇうわうわうわうっ!? ――――も、もーっ!」


 出し抜けに遠慮の欠片もなく頭を掻き回されて、頭はくらくらするし髪の毛はぐしゃぐしゃだし、もうほんっとに先生ぇきらい。


「さて、セリーナといろいろ考えながら確認していく必要はあるが、それはそれとして予定通りに進めるか」

「何を?」


 ……きらいだけど、でも、見上げた顔に浮かんでいるのはいつもの不敵な笑みで、少しだけ安心した。


「魔力を空にするぞヴィンセント。冗談抜きで死ぬほどキツいが、なに、あれだけ魔力を感じ取りたいと手を尽くして、まだこれだけのことを仕出かせるお前ならできるさ」

「え……し、死ぬほどっ?」

「大丈夫だヴィンセント。お前の側近候補達も全員参加する。親睦を深められるぞ」


 声を上擦らせて一歩下がった僕の肩を、笑う悪魔ががっちり掴んだ。

 ……やっぱ先生嫌い!

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