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王国の君  作者: てんまゆい
一章 揺り篭の君
42/96

27 手紙

ヴィンセント6歳。

秋。


ヴィンセント視点。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 父なる神と堅忍なる教皇ロナーティⅤ世の命に預かり使徒の末席に連なるクラウディア・ナルディーニから、幼くして敬虔なるわたくしの友人ヴィンセント・スレイスロード王子殿下へ。


 主が貴方に平穏と幸福と成長をいっそうもたらしてくださいますように。鼎の聖賢のお導きによって齎された数々の神の恵みを思って、わたくしは常に感謝を捧げております。


 貴方がたもまた、神と鼎の聖賢に深く愛されし聖ウォルター建国王の御遺志を忘れることなく、教えに背くことのない日々を営み、その故に貴方がたは恩恵に浴していらっしゃるのでしょう。あの日に訪れた王都は夜も灯りが消えることなく賑わっており、民は皆明るい顔で杯を交わしておりました。それも陛下の素晴らしき治世の賜物かと思うと、名君を戴く王国のますますの栄達が目に浮かぶようです。


 さて、いつになく冷たいものの恋しくなる大暑の名残りも過ぎ、冴え冴えとした秋気が肌に沁みる季節となりましたが、お健やかにお過ごしでしょうか。わたくしと父からの申し出に快くお応えしてお会い下さったばかりか、庭園の散策にもお付き合いしていただいた折はありがとうございました。待ち侘びた春の訪れに色とりどりに綻ぶ花々をお見せいただいたあの庭園が、秋を迎えてどのように様変わりしているのかと気にしつつこの文をしたためております。童女のようとは思いつつも花一つに心囚われるわたくしを、どうか笑わないでくださいまし。


 常日頃よりお会いすることも叶わず寂しさを覚えておりますが、今回はその事について残念なお知らせをしなければならないことをお許しください。この秋にヴィンセント殿下とリリアーナ殿下のお披露目が執り行われることは予てより聞き及んでおりましたが、この度は聖国を代表して別の者がご挨拶に伺う運びとなりました。


 とはいえまたとない慶事ですから、わたくしからも心よりお祝い申し上げるとともに、僭越ながらお役に立てればと装飾品を添えてお送りいたします。常日頃から身に着けていただければ、ヴィンセント殿下を思いながらデザインさせていただいたわたくしとしましてもこれ以上の喜びはございません。


 名残り惜しくはありますが、この辺りで筆を置かせていただきます。またお目にかかれるその時を楽しみにしております。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 二つの季節が過ぎて、それでも記憶に強く残る年上の少女からの便り。

 改めて開かれるお披露目でまた会えるだろうと、何の根拠もなくそう思っていただけに、むぅ、と眉根を寄せてしまう。


「ヴィンセント様。よろしければ、お手紙を見せていただいても?」

「? どうして?」

「返事を書かれるのでしたら、折角の機会ですので手紙の作法について振り返りながら内容に即したものを用意するお手伝いをさせていただこうと思いまして」

「それは……」


 そうだ。返事を書かないといけないけれど、ちゃんとした手紙は書いたことがない。他人に宛てる初めての手紙、そう思うと途端に尻込みしそうになる自分の情けなさにちょっとだけ落ち込みながら、リタに手紙を見せる。


「失礼いたします。………………そういうことでしたか」


 何かに納得した様子で呟いたリタが、手紙の入っていた封筒から取り出した。

 それは、小さな煌めき。

 円く反るように翼を広げた銀鷲。双の鉤爪の内には、薄く光を反射する暗い色の石が嵌め込んである。

 それが手紙にあった装飾品だと思い至るのに、大した時間はかからなかった。


「指輪に見えますが……これは、魔石のようですね」

「これ……が、魔石?」


 前に受け取った紫水晶(アメジスト)の首飾りは、光の加減で幾通りにも輝きを変えて、まるで万華鏡のように美しくて見飽きなかった。


 対してこの指輪は、台座となる鷲の意匠こそ、羽根の一筋に至るまで精緻に彫られているとはいえ、主役であるはずの石そのものは歪な形をしている。表面は磨かれているように見えるけれど、改めてしげしげと眺めてみても、透けるような黒ということくらいしか発見がない。


「ええ。ですが、何らかの魔術が込められているようにも見えず……私自身の見識不足を憚らずに申し上げれば、王族への贈り物としては、いささか格が釣り合わないように見受けられます。同じ色なら黒瑪瑙や黒曜石などでも十分に適うはずでしょうし、魔術を込めるなら、わざわざ魔石をこんな碌なカットもしていない状態で贈らずとも、やはり宝石で事足りるはず、なのですが……」


 …………わざわざ扱いにくい素材を用いて作るからには、やはり何かあるのでしょうか。

 腑に落ちない様子で独り言つリタを見上げながら、一緒に悩んでみる。


 リタが言ったことを信じるなら、見た目に関しても、魔術を込める点でも、宝石でいい。

 でも、贈り主はあのクラウディアさんだ。お祖父様たちと堂々と話をしていたし、ミアが大変になった時にも動くことができていた凄い人なのだ。

 そんな人が、贈り物の選定を間違えるなんてことがあるだろうか――――?


(そんなはずないよね)


 あのクラウディアさんなのだ。きっと、何か意味があるはず。


「……ねえ、リタ。魔石が宝石より優れていることってなぁに?」


 ……魔導の講義が遅れていなければ、もしかするとノリー先生から習っていたかもしれない内容なのに。

 もどかしく思いながら、リタのドレスを軽く引っ張る。


「優れていることと言えば…………魔道具とした時の性能や、魔力の容量でしょうか」


 少しの間視線を彷徨わせたリタが、おずおずといった様子で言葉を続ける。


「元から魔力が馴染んだものですから、宝石や他の材料よりも良い出来になりやすいとは言われております。ですが、なにぶん専門外のことですので、さらに詳しい内容をお求めであれば、宮仕えの魔導師を呼びますが」

「うーんと……ううん、大丈夫。今度先生に聞いてみる」


 そこまで難しいことなら、僕とリタで考えてみたところできっと答えなんて出ない。

 何にせよ、この指輪はきっと、逸品に違いない。


「それがよろしいでしょう。では、指輪はこのくらいにして、返信をしたためることにしましょうか」

「あっ、そうだった」


 クラウディアさんの贈り物のせいで忘れてたけど、本題はそっちだった。


「これはなかなか参考になる書き方です。区切りはここと、ここと、それから……」


 そう言いながら、リタの指が紙面を幾度が横切る。


「それぞれ、差出人と宛名、主の賛美、陛下の治世の称賛と一通りを並べて、季節の挨拶から先日の来訪に話題を繋げ、そして本題へとうまく絡めてあります」


 言われるままにもう一度目を通してみれば、確かに。必要なことをさらさらと書き連ねた後で、話の内容が流れるように繋がっていく。

 やっぱりクラウディアさんは凄い。

 ――――それはわかったけれど、だ。


「ですが、最初からここまでのものを書くのは難しいでしょう」


 こんなの書けるの? と思わず見上げた僕を安心させるように、にこりと笑ったリタは、本棚へと足を向ける。さして迷う様子もなく一冊を引き抜くと、僕の隣に戻ってくる頃には目的の(ページ)を開き終えていた。


「それぞれの項目ごとにまとめられた例文集です。こちらを参考に、季節の挨拶までは一つ一つ合うものを選んで書いていけば問題はありません。ですので、先に書きたいことを決めてしまいましょう」

「書きたいこと?」

「はい。お祝いの言葉と指輪の贈り物に対するお礼は欠かせないとして、ヴィンセント様がお伝えしたいことやお気持ちは何でしょう?」


 僕が、伝えたいこと。


「……また、会いたい」


 ミアがすっかり元気になったこととか。

 先生の扱きが相変わらず酷いとか。

 新しく知り合った皆のことも。


 それに、クラウディアさんの話も聞いてみたい。

 同じ年の頃はどうしていたのかとか、何をどう学んだらクラウディアさんのように凄くなれるのかとか。

 王宮の庭園だって、まだまだ案内していないところがいっぱいある。


 それに、約束だってした。忘れていたわけではないけど、お祖父様が出された氷菓を、僕の力で作って振る舞うって、そう約束したら、クラウディアさんは笑ってたんだ。

 大人びて見えた顔が、本当に嬉しそうにほころんで。


「……会って、約束を果たしたい」

「約束……ですか?」

「うん。……約束、したんだ」


 いつまでもくよくよしてたって駄目なんだって、せっかく司教様が教えてくれたんだ。

 頑張らなきゃ。お祖父様みたいにできるようになって、そうしたら、クラウディアさんに、ううん、ミアやオリヴァーたちにだって、振る舞ってあげたい。

 励ましてくれた皆に、ここまでできるくらいになったんだって自慢して、一緒に美味しいねって言って笑いたいんだ。




†   †   †   †   †




「――――さあ答えろヴィンセント。それはなんだ」

「い、いや……ぼ、僕も何が何だか」


 ぽよん、ぽよん。

 僕の足元で、実に無邪気に水の塊が跳ねる。

 なんの悩みもなさそうで、それどころか見ているこっちまで妙にうきうきしてくるリズムで跳ねていて、今じゃなければ僕だって楽しい気分になっていたかもしれない。


「ほう…………隠し事か。成長したなあ、ヴィンセント。偉いぞ」

「ほ、ほんとに! ほんとに知らないのっ! 朝起きたらいたの!!」


 嘘だあっ! 成長したなんて全然これっぽっちも思ってないくせに! 嬉しそうに笑ってるように見えて、全然目が笑ってないじゃないか!!


「そうかそうか、朝起きたらいたのか。それで? 何か心当たりくらいあるだろう?」

「知らないから、ちょっと待って、ち、近づいてこないで…………っ」

 ほんとに! ほんとに怖いんだから! こんな状態で思い出せるわけないもん! だいたい心当たりなんてあったらとっくに――――


「――――あっ……」

「ヴィンセント」

「――――ちがっ! ちがちがちがうのっ、僕悪くないもん!」

「いい、大丈夫だ。そいつのことは洗いざらい全部吐かせてやる。そして楽になれ」


 逃げ遅れてわしっと頭を掴まれた僕は、この後に待ち構える地獄を思って泣きそうになりながら足元を睨む。

 珍妙な水の塊は、えっ何? とでも言いたげにその身をくねっと曲げた。

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