03 約束
ヴィンセント3歳
離宮の寝室にて
「……王子さまととけっこんしたおひめさまは、ずっと幸せにくらしました」
よみおわった絵本からかおを上げると、ミアがほっぺに手をあててよろこんでるのが見えてほっと息をつく。
「えへへ、おにぃ、ありがとっ」
「どういたしまして」
うれしそうに足をぱたぱたしてはしゃいだ後、ひしっとだきついてきたミアの頭をなでる。
「えへへへへ~~♪」
うれしそう。
ぼくもうれしい。がんばってえほんをよんだかいがあった。
「お上手でしたねヴィンセント様。ミアもよかったわね」
「うん」「んっ♪」
いすから立ち上がったマルチダが、ベッドに近づき、えがおでぼくとミアの頭をなでてくれる。
……少しくすぐったいけど、あったかくてやさしい。
「さあ、よい子は寝る時間ですよ」
「えー……あっ、えほんっ、ぅぅぅ~~~~!」
ぼくの手からうけとった絵本を見せると、ふらふら、ふらふらと、ミアの目がそっちを追いかける。
あたらしいお母さんにいじめられていたうつくしい女の子が、王子さまとけっこんしてしあわせにくらしました、というお話。
ねる前にマルチダがよんでくれるものがたりで、ミアのおきにいりだ。
「……ミア。そうやっていつまでもヴィンセント様を困らせていると、お姫様にはなれませんよ?」
「ぁえっ……え、えぇぇ……」
ぼくにしがみつきつつもえほんを追いかけて右に左にふらふらしていたミアがパッとぼくの目をのぞき込む。
(んえ? ……あっ、えっ、どうしよう……?)
なにか言いたげなくりくりのおめめが、じわぁと涙を浮かべる。
「…………よ、よしよし?」
「……んっ、えへへへぇ~」
ミアがひょうじょうをゆるめると同時に苦しいかんじがどこかへいって、僕はほっと息をついた。
「……やくそくして、くれる?」
こゆび? いっしょうけんめい立ててなんだろう? ……ゆびきりげんまん? マルチダが何日か前に読んでくれた、あのえほんかな。ミアもやくそくって言ってるし、きっとそうだ。
「なあに?」
「……ミアね、ミアがね、いいこになったら…………おーじさまに、なってくれる……?」
王子さま? ぼく、王子さまだよ? マルチダもそう言ってたし。…………? ?? どういうこと?
「――ミリアリア!」
きいたことのないマルチダのこわい声に、ぼくとミアのかたがピクっとはねる。
「――やぁっ! や――――ッ!」
「殿下。今晩はこれにて失礼いたします。どうぞ安らかにお休みくださいませ」
あっというまにミアをひきはがしてかかえたマルチダが、見たこともないけわしいかおで頭を下げ、とびらに向かっていく。
そのすべてを、ぼくはただながめているしかなかった。
「やっ、いやあああああああ! おにぃ! おにぃっ!!」
泣きじゃくりながらぼくをよぶミアの声が、マルチダが見せたけわしいかおに固まっていたぼくをひきもどす。
マルチダにかかえられて遠ざかるミア。
(なにか)
追いかけたい。頭をなでてあげて、だいじょうぶだよって言ってあげたい。
でもマルチダがこわい。
ねなさいって言ってたのに、マルチダのいうことをきかなかったら、さっきみたいなかおでおこられるかもしれない。
(でもなにか)
ミアに、ひとことでも、なにか――――
「……そく」
(――それだ)
おそるおそる、でもいっしょうけんめいにミアが言ってたそれなら、泣きやんでくれるかもしれない。
「やくそく! ミア! やくそくだよっ!」
「んっ、ん、やくそく! おにぃ、っ、ぜったぃ――」
――――。
音もなくしまったとびらのむこうから、つづきのことばはきこえなかった。
(……けど)
泣いてたけど、でも、なんとなくかわっていた……気がする。
…………だから、足りなかったぶんは、また明日、頭をなでてあげよう。
「……そしたら、わらってくれるかな……?」