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王国の君  作者: てんまゆい
一章 揺り篭の君
24/96

波紋

ヴィンセント6歳。春。


カズマサ視点。

 王都からの帰路。

 昼過ぎに到着した宿で考え事をしとった時にそれは来よった。

 コツコツ、と窓の木板を叩く(しばく)音。


「……なんや?」


 すわ刺客か? と脳裏を過ぎった考えを捨てて声をかけてみても、コツコツと叩く(しばく)ばかりで入ってくる気配があれへん。


「ん? ……あー」


 しばらく考えてはたと気づいたワイが木板を外してやると、窓枠を飛び越えて小さな鳥が一羽。


「さてさて何の知らせかいな? おーい、誰か! 餌と水やってくれや!」


 腕に止まった小鳩をくすぐる(こそばす)ように撫でてやりながら、両足に着けられた輪っかの一方を外してやった後は使用人に渡す。


「ついでにソウとミレイを呼んどいてくれや」


 オトンが倒れてアテにならへん以上、やれるだけのことはやらんならんしな。


 荷物から取り出した魔道具に輪っかを嵌めると、じぃぃぃぃ、という音とともに焦げた匂いが立ち込める。ほどなくして魔道具が細長い紙を吐き出終えると同時、嵌めた輪っかはぱらりと砕けて机に零れた。


「ほいできあがり、と。どれどれ? …………ははーん。そういうことか」


 魔道具が吐き出した紙に焼きつけられた内容を追って視線を往復させた後、懐にしまい込んで魔道具を片付ける(なおす)


「若、遅くなりました」「……お待たせ」


 扉を開けて入ってきたのはちっさいの二人。

 (にーちゃん)の方がいとこのソウスケ。八歳にしてなかなか爽やかな顔した男前。

 (ねーちゃん)もいとこで名はミレイ。見た目はお人形さんみたいに可愛い一〇歳児。

 こないな幼い(おぼこい)頃から奉公先やら嫁ぎ先やらを探しに連れ出されるんやから、偉うなるんも考えもんやなー思うけど、ようよう考えたらワイも他人事やあらへんのよな……結婚とかどないせいっちゅうねん。下町(まち)で遊んだコはぎょーさんおるけど、それで納得せえへんやろしな…………あー、またぞろ遊びに行きたいモンやなあ。


「おう、呼び出してすまへんけど、これ読んどいてえな」


 薬缶を火にかけてすぐに来よった二人に紙を渡して茶の用意。読み終えた後は回収して火にくべれば跡形もなし。


「ほい茶。熱いから気いつけてな」


(まずは……そうやな。暗殺未遂から聞こか)

 厚ぼったい木の湯呑みの中身をしばし啜った後、頃合いを見計らって口を開く。


「今回の事件やけど、それぞれどう思ったか聞かせてくれるか?」

「……俺は……不安かな」


 ちらりと目配せし合った後、まずソウスケが口火を切った。


「王家のお膝元で暗殺未遂なんてされておいて、企んだ奴らの尻尾も掴めないなんて――むぐっ」「――こらこら、ちょい待ち。しーっ! ……御上の批判はあかん。口にするんしてもわからんよーに言え。ええな?」


 普段から気いつけとかへんとぽろっと出るんやで? せやから言葉をぼかして言うたのにまったく……なんぼ大丈夫や言われてもワイは怖うてよぉ言わへんわ。

 冷汗を拭って茶を啜る。……はぁ、うまい。よし。


「……ええと、その、大丈夫なのか、不安です」


 うまい例えが見つからへん時は主語を誤魔化すのも一つの手。つまり、王家はみすみす暗殺未遂など起こされておいて首謀者の切り捨てた(ほかした)尻尾しか掴めなんだのやから、王家の力に不安があるっちゅうことか。


「……誰かが手引きしたんじゃないの」

「まあ、そやろな」


 あの日はぎょーさん人もおったし、国の外からもいろいろ招き入れたしな。それだけに警戒もしとったみたいやけど、一旦中に入られてしもたらどうしても脇が甘くなるのはしゃあない。


「起こったことを見て、それがどういった影響を及ぼし得るか、二人ともよう考えとんの」


 わしわしと頭を撫でてやると、ソウは嬉しいようなこそばいような顔をして、ミレイは気恥ずかしさに顔をしかめる。


「わ、う…………あ、あの、若はどうお考えに?」

「ん? ワイか。ワイはなーせやなー……」


 第二王子に味方しようっちゅう者への警告、王子に対する脅迫、後は乳母子が邪魔やったか。……結果論やけども、第二王子のお披露目が潰れたのも望外の収穫かもしれへん。

 もうほんの少しでもタイミングがズレとったら、乳母子の危機なんぞ隠してそのまま続けとったやろうしな。


「さすが若です!」「……そういうこともあるかもしれないわね」


 キラキラした目で見上げるソウ、つんとそっぽを向くミレイ。ワイも弟か妹がいたらこんな感じやろうかと思うと自然に笑みがこぼれる。


「それにしても、偶然聖国の治癒使いが居合わせるなんて、すごい幸運でしたね!」

「……タイミングが良すぎるわ」

「え? ……どういうことミレイちゃん?」


 ワイに「どう思う?」と視線で促されて考えをぽつりと口にしたミレイに対して、ソウはわからんとでも言いたげに眉間にしわを寄せた。


「……カズ兄様」


 睨むように見上げるミレイにくつくつと笑って(わろて)答え合わせ。


「穿ち過ぎはよかないけど、せやな。ミレイの言う通り何か掴んどったかもしれへんし、ひょっとするとひょっとするかもしらんけど……居合わせたんが子どもやし、そこまでできるかっちゅう感じやな」


 自作自演は歓心を買う手段としてようある手の一つやし、バレんのやったら実際効率もええからアリやな。……現実には、あんまり劇的な筋書きになると、すぐにやっかまれて陰口叩かれるし疑われるしで、めっさ上手あやらんと悪評が長いこと付いて回るさかい、難しいねんけど。


「こ、子どもって、俺やミレイより下ですか!?」

「いやー、確か一〇くらいか? っちゅうかジブンらも見たやろ? 金髪の、こうくるくるしたごっつゴージャスなねーちゃん」

「……いたわね」


 豊かな金髪の途中から縦ロールで、全体的にはふわっとボリュームのある髪型したお嬢ちゃん。少し吊り上がりつつもぱっちりした深緑の目は吸い込まれそうで、泣きぼくろが色気溢れるアクセント。胸は詰めもんかもしれんけど、それでも大人びたデザインの真紅のドレスが様になっとって、イヤホンマ、コレと比べられる同世代のオンナノコたちは難儀やろなーとも思たわ。ホンマにコレが一〇歳か!? と思わず二度見しかけるくらいにはエエ女の気配がしとったし。まあウチのミレイもお人形さんみたいに可愛いし、負けとらへんけど。あれで噂の一つも流れてきぃひんって、聖国の美人ちゃんはどないなっとんねん――――


「――うァッチィッ!?」

「若……カッコ悪いです」「鼻の下伸ばして」


 太ももに茶をこぼして飛び跳ねたワイを冷めた目で見る二人が酷い……。火傷してないかとか心配してえな。

 ちゅうか、ソウは後数年もしたら好き好んであんなコの尻追っかけ回すようになるで? いやホンマに。


「ずずっ…………ゴホン。あー、そしたら、他のお偉いさん方から十把一絡げのしょっぱいなんちゃって貴族までいろいろ動いとるっちゅーて書いとったと思うけど、そこらへんについては何や思うたか?」


 鬱陶しいミフィーユ侯爵家は、孫が第一王子やからここぞとばかりに非難しとる。派閥の連中も、やれ王族の自覚がないだの貴族をないがしろにしとるだの、まー騒ぐ騒ぐ。


 反対に、変人にーちゃんとこのシアーノス辺境伯家は好意的。けども、呪詛と毒に倒れた乳母子にさえお心を砕かれると称えて回っとるのは、おそらく「懐に潜り込めたら大したことのない乳母子でさえ大事にしてもらえるんやから、貴族の自分らやったらごっつ大事にしてもらえるんちゃうかー」っちゅう期待が山盛りやからやろな。寄親の狙いはどこやわからんけど、あることないこと囀っとんならアホや。


 くそったれのアルルス侯爵家は様子見しつつの第二王子に同情的な姿勢。まあ、領内外でゴタゴタしとるさかいそれどころやないっちゅうんがホントのところやろうけど、ホンマエエ気味やで。


 ル・ブーニュ辺境伯家はよーわからん。なんや王家が心配やーゆう顔で話しこんどるらしいけど、その割に相手が宮廷貴族やら騎士やら役人やらの比較的小物ばっかやし。そいつらなんしとんやっちゅったら、酒場でべろんべろんになった挙げ句騒ぎを起こすばっかりらしいし、何がしたいねん。……王都で騒ぎでも起こす気か?


「え、えっと…………ヴィンセント殿下がデビュタントにいらっしゃることができなかったのは、次の国王を決めるにあたって不利になると思います」

「ほー、王家を見たか。顔を売って回れへんかったのは痛いやろな」


 レオンハルト殿下の後ろには実家のミフィーユ侯爵家が付いとるけど、ヴィンセント殿下には明確に味方しとる大物がおらんしな。レオンハルト殿下がポカしてヴィンセント殿下がごっつできる奴やったらチャンスありやろうけど、どうやろなー。


「ヴィンセント殿下は借りとはいえ聖国と繋がりができたじゃないの。……ミフィーユはヴィンセント殿下の株を下げるのに必死、シアーノスとアルルスは同情的。ブーニュは中立? かしら」

「お、俺だってそう考えてました!」

「おーわかっとるでーワイはわかっとるからなー」

「わ、若ぁっ!」


 ハハハと笑ってずいと詰め寄ってきよった頭を撫で回してやる。


「いろいろ考えて動いとるっちゅうことを改めて認識した上で、せやったらワイらヒノ家はどう動いてどんな利益を得にいこか?」

「毒と呪詛を防ぐ魔道具を売りつけて恩を売るべきです! 王族から始めて味方する貴族や大商人に売ればがっぽりお金が稼げるはずです!」

「ヒノの装飾品と【付与】魔術の抱き合わせで、後々までぼったくったろうっちゅうんやな。ミレイはどや?」

「…………注文に応じてやるくらいでいいんじゃないの。基本的には様子見。どこまで繋がってるかもわからない相手の尾を踏んづけて睨まれるのはごめんよ」

「王城で事を起こして尻尾も掴ません奴らやもんなー。首謀者とそれに味方する奴がどんだけ居るねんって思たらそうなるわな」

「それで、若はどうお考えなのですかっ?!」


 傅役に任せて決まるまで調べて考えさすのも一手や思うたけど、興味があるうちに言うたるか。


「ワイはヴィンセント殿下と、必要なら今回の被害を受けたお嬢ちゃんにも魔道具を贈るのがええ思うてるで。ただし、繋ぎをブレットノア子爵に頼んでお代はそっちからせびるけど……さて、何でこないなことするかはジブンらと傅役で調べて頭捻ってみ」


 えー!? とぶーたれる二人を追い出して、ワイは他の顧客を頭の中で選びにかかった。

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