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王国の君  作者: てんまゆい
一章 揺り篭の君
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クリエンテス

クラウディア・ナルディーニ視点

「――んにゃ! 終わったー!」

「――っと、オリガ。お疲れ様。でも、びっくりさせないでちょうだい」

「えぇー、オシゴトしてきたんだからネギライってものがあたたたたっ!?」

「お嬢様はお疲れです」

「ははは、なかなか痛そうだね」


 わたくしに回していた腕が、痛みにパッと離れた。

 連れていかれるオリガと彼女の耳を引っ張って脇を通り抜けていくギネヴィア、その後をミルコが苦笑しながら通り抜けていく。


「オリガ。それで、どうかしら?」

「いたたたた……えーと、ごそごそしてたのはちゃんとお話して帰ってもらったからだいじょーぶ。ギネヴィアさんあたしもお茶ー」

「あ、僕も淹れてもらえると嬉しい」


 ソファーに腰を下ろしたわたくしのために紅茶の用意を始めたギネヴィアに紅茶をお願いして、オリガとミルコもソファーに腰を落ち着ける。……オリガが改めてわたくしを抱え上げて膝の上に置くのは、もう、ええ、慣れたわ。


「どこからかはわかる?」

「んー、大きく分けて二つかな。一つは王城の警護で間違いないと思うけど、もう一つは……ミフィーユあたりかな?」


 手櫛でわたくしの巻き髪を弄びながら「厚みの偏りがそんな感じだったし」とオリガが付け加える。


「紅茶をお持ちしました。ほら、お嬢様に構うのは後にして下さい」

「しょーがないにゃー」


 ギネヴィア…………そこは後回しにしないで止めてちょうだい……。


「お嬢様の目から見て、ヴィンセント王子はどうだった?」

「そうね……」


 オリガとギネヴィアからも視線が向けられたのを感じながら、ミルコの問いを受けてしばし思い返して考える。

 ヴィンセント王子の印象。


「……子どもらしい子ども、かしら。表情も感情を表してころころ変わっていたし、王族としての教育も、まだまだこれからでしょうね」


 基本的には、ただの六歳児。

 嬉しいことに喜び、残念なことがあると表情を曇らせる。

 王族らしく基礎的な振る舞いを仕込まれている様子はあっても、見た目も中身も可愛らしい子どもだった。


「ただ、年齢の割に、理解は悪くないわね。後は……魔法を使ってみても別段顔色を変えはしなかったから、少なくとも魔力は相応かしら。…………こんなところかしら」

「それは……一応聞くけど、アレを除いての話だね?」

「……ええ。利発ではあったけれど、そうね、そのイメージをできるだけ除いて振り返っても、頭は悪くないと思うわ」


 もしかすると聖国の上流階級の子女のように猫を被っているかもしれないし、あるいは転生者の可能性は今後も残り続けるけれど……ゲームではそのようなタイプには見えなかったし、少なくとも現状では違うと思いたい。


「わかった。……僕から確認すべきことは確認したから、後は話が終わるまでお茶でも楽しませてもらおうかな」


 ミルコはそれで納得したらしい。

 一つ頷いて、後は我関せずとばかりにクッキーに手を伸ばし始めた。


「……んじゃーあたしはー……身のこなしと、見た目かな」


 視線を向けてギネヴィアに聞くことはないか視線で問うと、彼女はわたくしの頭上に視線を投げかけた後、オリガが口を開いた。


「身のこなしも見た目もわたくしに聞かないで直接見ればいいじゃないの……」

「えー、ヤだよ! 王子様ってどんなのかと思いきや、昨日のアレだよ?! まだしも可愛いと言えるのは見た目くらいで、ホント、クソ生意気だったし! あんな幻滅体験一度でいいよぉ~! アタシにはこんなに可愛いお嬢様がいるんだしぃ~」

「わぷ、もう、ちょっと、オリガ、貴女……!」


(あー……)

 ……確かにレオンハルトの方は……オブラート抜きで形容すれば、生意気だったわね。


 昨日の謁見を思い出して、わたくしは思わず眉をひそめてしまった。

 キアラ妃同席の下、レオンハルト王子とリリアーナ姫と会うには会えたけれど、短い時間で切り上げた。

 王妃はもっと献上品を寄越せと遠回しに催促するばかり。

 王子は上下関係を押しつけようとして躱されるや否や不機嫌な表情を隠しもしない。

 リリアーナ姫はお姫様らしい出で立ちでキラキラしいものだった……のだけれど、ちょっと、活発かつ積極的な方だった。個人的には微笑ましいものだと思えたし、好奇心が人一倍というだけで、話は通じそうだったから、なかなか好ましく感じた。

 けれどもそれはそれ。三人が三人とも好き勝手に行動し始めて、場の収拾がつかなくなるのは目に見えた。だから、父と目配せし合って早々に切り上げてきた。


「ヴィンセント様は素直で可愛らしい方だったわよ? 容姿も整っていて愛らしいものだったわ」


 なにせ、ルートによっては女装もこなしてみせるくらいだし。

 今なんて、見た目だけなら本当に天使よ天使。

 攻略キャラは多少なりともそんな感じでしょうけど。


「えぇー…………ほんとに?」

「私もそう見ましたよ。残念でしたね」

「えっ? ……ぎ、ギネヴィアさんまで? ということは……う、うわー!」

「ひゃっ? ――わぷ、ちょっ、こら、髪がっ、やめなさい、オリガ!」


 ご愁傷様と言わんばかりのギネヴィアの言葉に頭を抱えて叫んだオリガが、項垂れる動きのままに頭に頬ずりしてきて髪がぐしゃぐしゃに…………。


「お嬢様の髪はオリガさんに責任持って整えていただくとして」

「えっ」

「お嬢様」

「…………なにかしら」


 ……最終的にはギネヴィアが整えることになるのに、そこまでしてオリガを追い込みたいの……? ………………いえ、むしろ、どのみちわたくしの髪を整え直さなければならないならと放っておいた……?


 侍女の行動に疑問と呆れを抱きながら、気持ちを入れ替えるために紅茶に口をつけて、


「旦那様にお話されなくてよろしいので?」

「……? 何か忘れているかしら?」

「ようやく見つけた婚約者候補では?」

「――っ!! けほっ、こほっ」


 噴き出しかけた。

 動揺を抑えてなんとか飲み下し、素知らぬ顔を取り繕って呼吸を整える。


(こ、この侍女は……!)


 契約とはいえ、わたくしを試す機会があるなら逃さずやってくれるわね……!


「え!? クララちゃんマジ!?」「おやっ? 本当なら目出度いね」

「ちょっ!? ちょっと、ちょっとお待ちなさいな! わたくしそんなことを口にした覚えはないのだけれど!?」

「前々から並々ならぬ関心を懐いておられましたし、本日お逢いしても機嫌よくお相手なさっていたように見えましたが」

「そっ、そ、それは……!」

「キャー! クララちゃん顔真っ赤ー!!」「……思い返してみれば」


 沸き立つオリガ。思案気に顎を撫でるミルコ。

 顔を見合わせて、心当たりがある顔で二人が頷き合う。


 でも待って。待ってほしい。

 機嫌がよかったのは否定しないし、気に入られようと好ましく見えるように振る舞ったのも事実その通りと認める。

 でも、でもよ?

 なにせ乙女ゲームの攻略対象だから、どう足掻いても美形、目の保養。しかも攻略難度が頭おかしくて攻略させる気がないくらいの隠しキャラ。友人につき合ってやったのがきっかけだったとはいえ、スルメすぎるハードルを一つ一つ下していくのはとても楽しかった。こっちに転生してからも難易度はあんまり落ちず、それでもどうにか直接顔を合わせられるまで漕ぎ着けることができたのだから、達成感に酔うくらいは許されるはずでしょう?

 そしてこの世界を生き延びるためにも、気に入られるよう心を砕いた。魔法についてはまだ覚醒してはいないようだったけれど、攻略キャラである以上当然魔法持ち。だから安易に安請け合いもできたし、本人も上機嫌になった。落として上げたぶん、きっと好印象も大きく稼げたはず。だから喜ぶのは何もおかしくない。

 付け加えれば、性根の歪んでない少年だったことも小さくない。この世界で指折りの高貴な家柄の生まれにもかかわらず、社交界に蠢く魑魅魍魎たちに穢されていないかのような素直さは、とても心が洗われた。


 ………………というように、理由はいくらでも出てくるはずなのに。

 否定の言葉が、しかし喉の奥に引っかかったまま、口元を戦慄かせるばかりのわたくしを置いて、この状況を招いたギネヴィアはしれっとした顔で紅茶を飲み干した。


「さて、そろそろ時間です。オリガはお嬢様の支度を始めなさい。でないと次の予定に間に合いませんよ」


 急に話を振られたオリガが「うぇっ!?」と唸って固まり、ミルコは「おっと、じゃあ僕は王都で土産でも探してこようかな」と、とばっちりを避けるべくそそくさと退出していく。


「さ、お嬢様も馬鹿みたいに固まっていないでご用意を。そうでなければ立派な淑女にはなれませんよ」


 そう言って、侍女はニコリともせず片づけに取りかかり始めた。

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