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王国の君  作者: てんまゆい
一章 揺り篭の君
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11 クラウディア

ヴィンセント6歳

 王城の一室を後にした僕とクラウディアさんは、そのまままっすぐに庭園へと足を向けた。


「先程の氷菓は王国の魔術を用いて作られたとか。ヴィンセント様も魔術を習得なさった後にはご自身で作って召し上がられるのかしら?」

「そう、ですね」


 隣を歩くクラウディアさんの言葉に頷きながら、そういえばそうだと今更ながらに気づく。

 三日後にはお披露目だけど、その前に魔術授与の儀式がある。陛下や他の偉い方々が見守る中で、僕は『才の珠』というものに触れて、【水流】と【凍結】の魔術を身に着けることとなるのだと――――確か、説明に来た魔導師はそう言っていた。


「それは羨ましいわ。機会があればわたくしもお誘い下さる?」

「は、はい。その時には頑張ります」


 そう答えれば、年上の少女は嬉しそうに笑った。


「……」


 ……不思議な人だ。

 洗練された立ち振る舞いや、お祖父様たちに混じって会話する姿からは、随分と大人びた人に見えた。

 けれど、今みたいに、ふとこぼれた笑顔を見ると、僕やミアとあまり変わらないように思える。


「……あの。クラウディアさんも、魔術を使えるのですか?」

「ええ。聖国の誇る【治癒】と【聖別】を」

「【治癒】……」


 クリス先生との鍛錬の時に手を傷つけて、それを【治癒】で治してもらった。温かい光の中で嘘のように痛みが引いていった、あの魔術を?


「……僕にも【治癒】の魔術が使えますか?」

「あら。ヴィンセント様は、聖国の魔術に興味をお持ちなの?」


 軽く目を見張ったクラウディアさんに、傷を治してもらった時のことを話すと、納得した様子で頷いた。


「【治癒】が使えるようになるかと言われると……そうね、ヴィンセント様には難しいわ」


 どうして? と首を傾げる僕に、年上の少女が困ったような笑みを浮かべる。


「そうね……魔術は国に大きな恩恵と力を齎すから、かしら」

「恩恵と……力?」

「例えば、先程の氷菓は、サイラス様が作られたと仰られたわね。けれど、あれはこの国の【水流】や【凍結】が使われていて、他の国の魔術で作るには難しいものよ。……それは、他にない“力”ではないかしら」


 ……確かに。

 【治癒】で氷菓を作ろうとしても、温かい光と傷を治す力でどうやって氷菓を作ればいいのかわからない。


「ここに、簡単に氷菓を作れる国と、もう一つ、氷菓を用意するのにとても手間がかかる国があったとしましょう。

 その二つの国はどちらも氷菓を作ることはできるわ。でも、簡単に氷菓を作れる国が一日一〇個、他の国は一日一個しか作れない。

 そして、ここでは仮に、一日に一一個売れるとする。――――あくまで、わかりやすくするための例え話よ?」


 目元を緩ませる少女に頷きを返す。


「今言った通りのままなら、同じ値段であのお菓子を売ったとしても、多く売れる方が多くお金が手に入ることになる。そしてどちらも作った数がきちんと売れてくれるから、作ったお菓子が売れなくて困ることもないわ。

 ――――でも、もしここで変化が起きて、氷菓を作るための魔術を他の国も使えるようになってしまったとしましょう。

 そうなると、日に一個しか作れなかった国が、一日に一〇個作れるようになってしまうかもしれないし、もっとたくさん作って売れるようになるかもしれないわね。

 そうなったら、一日に一一個しか売れないのに、元々一〇個を作って売っていた国は、自分たちの作ったお菓子を買ってもらえなくなるかもしれない。だって、同じものが売れていた以上にあるんだもの」

「……あっ」


 ……お金が手に入らなくなるかもしれないから、他の国の人には教えられないんだ。

 なるほどと感心する僕に、クラウディアさんが言葉を重ねる。


「繰り返して告げるけれど、あくまでも今のは極端な例えよ。

 作れるようになっただけ、買ってくれる人も増えるかもしれない。あるいは逆に、真冬になったら冷たいものをわざわざ買おうとする人はきっと減るでしょうね。そんなふうに、現実はたくさんの都合が取引を左右するものだわ。

 取引のお話はそれとして、魔術には色々と使い道があることは理解していただけたかしら?」

「それは、はいっ。……ですけれど、それだと、あの……」


 理由はわかった。

 けれど、それじゃあ僕は、【治癒】を使えない、ということになる?


「そうね。特別な理由がない限り、魔術は授けられないと思うわ」

「っ……そ、そう……ですか……」


 嬉しくない結論をあっさりと認められたせいで、中庭を案内している最中だということも忘れて、思わず項垂れてしまった。


「――――だから、まだしも望みがあるとすれば魔法ね」

「魔法……って、なんですか……? それだったら、僕にもできるようになるんですかっ?」

「ふふふ、焦らないで、ちょっとお待ちになられて?」

「あっ、う……ご、ごめんなさい」


 気落ちしたところに告げられた、別の可能性。

 思わず質問を重ねる僕ににこりと笑って断りを入れると、クラウディアさんは付き人たちとなにやら相談を始めた。


「あちらに参りましょうヴィンセント様」

「えっ――あ、はいっ」


 手を引かれるまま花園を抜け、周囲より低く作られた花壇や生垣に囲まれた洋館、黄色く色づいた木々が両脇に並ぶ芝生の道を進んでゆく。


(ここは……)


 辿り着いたのは、広大な芝生と、その向こうに剥き出しの地面が広がる場所。


 ……中庭の奥に、こんなところがあるなんて。


「こちらであれば、魔法や魔術を使用しても咎められることはないそうよ」


 …………そういえば。修練場から少し離れたところには、馬上試合や演習を見せる場所もあると、誰かが言っていた気もする。

 だから、きっとここも、そういった場所の一つなのかもしれない。


「お近づきの印に、お見せしましょう」


 ただただ広がるばかりの土地、その中央あたりに立って、くるりと振り返ったクラウディアさんが、おもむろに手を翳した。


「一言で言えば――」




 瞬間――――――――――――――――――宙が、歪んだ。




「――――これが、魔法よ」


 後ろから微かに呻き声が響く中、歪みから浮き出るように色形を帯びて、それはクラウディアさんの前を漂う。

 現れたのは、


「羽ペンと、羊皮紙……ですか……?」

「そうね。――――ただし、契約者に対して、記した内容を絶対遵守させる、【契約】の力を宿した契約書」


 王宮で時々見かけるような、細かな装飾の入った羽根と羊皮紙の組み合わせは、けれどそう言われると、淡い輝きを帯びていることも相俟って、とても凄いもののようにも見えた。


「――――魔法は、魔力がもたらす奇跡。魔力の多い者でも、ほんの一握りだけが持ち得る力。そして、『才の珠』が与える定まった力ではなく、一人一人が全く異なる力を持ちうる。

 ……一説には、その者が心の奥底から願った力とも言われているわね」

「……! じゃ、じゃあっ?」

「王族であるヴィンセント様であれば、魔力量は十分。心の奥底から望まれるなら、あるいは――――傷を癒す力も、きっと使えるようになるわ」

「……! どうか僕にも、【治癒】みたいな元気になれる魔法が使えますように……!」


 目を輝かせる僕に苦笑しながらも、クラウディアさんはしっかりと肯いて。

 僕は思わず聖印を切った。

 どうか神様、僕にもそんな力をお与えください――と。


「ふふふ。わたくしもお祈り申し上げるわ。ヴィンセント様に格別のご加護があらんことを」


 一生懸命に祈る僕に、クラウディアさんもにっこり笑って聖印を切ってくれた。

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