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王国の君  作者: てんまゆい
一章 揺り篭の君
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奉禮卿の訪問

サイラス・ブレットノア子爵視点

「何? ヴィンセントに目通りを願い出た者がいるだと?」


 王都の屋敷に着いて早速執事が駆け寄ってきた。その時点で何かあったのだと察したが、儂ではなくヴィンセントか。


「相手は誰だ? ……枢機卿?」


 お披露目の賓客として招かれたのは承知している。別の顔ではあれ、第一王子の折にも列席していた。去年もまた別の枢機卿ではあったが、ヴィンセントのお披露目に合わせて同じように王都に滞在していた。王族のお披露目である以上、枢機卿が来ても不思議はない。

 だが、単に国を代表して挨拶する程度ならば、披露宴で一言二言言葉を交わせば十分だろう。


(聖国の重鎮がわざわざ会おうとする理由は何だ?)


 裏を疑いはしたものの、続く報告を聞いて儂はいささか呆れを覚えた。

 王族の子女全員にお目通りを願うとは、とんだ自信家か傲慢な愚か者か。

 だがそれは些末事だ。


 今回出向いたのは奉禮卿(ほうれいきょう)

 聖教の財務を牛耳る席は最近代替わりしたばかりと耳にした覚えがある。


 ……顔を売ろうとして気が逸ったか? そのような注目のされ方では方々から要らぬ不興を買うことくらいわかりそうなものだが……。


 あるいは、同伴しているらしい一人娘の結婚相手を早くも探し始めたか。特に噂は聞かないが、年齢的にはどちらの王子とも釣り合うくらいであったか。

 普通ならば分不相応な地位に判断を誤ったと見るが……枢機卿にまで上り詰めておいて、そのような初歩的な失敗を犯すものか?


(……どのみち、備えはしておかねばな)


「ヴィンセントとナルディーニ猊下に送る文を用意しろ。目通りの可否がどうなるかはわからんが、叶った場合にはヴィンセント一人に相手をさせるわけにもいかん。強引だが、祖父として顔を出す」


 子爵ごときが出しゃばるとはと眉をひそめられようとも、国王も信頼できぬ以上致し方ない。

 執事に指示を出すと、儂はそのまま執務室へ向かった。




†   †   †   †   †




「お初にお目にかかります、ヴィンセント殿下、ブレットノア子爵殿。奉禮卿(ほうれいきょう)を務めさせていただいております、ジーモ・ナルディーニと申します」


 恰幅のよい金髪の中年男性が、人のよさそうな笑みを浮かべて頭を下げてみせる。


 ――ジーモ・ナルディーニ。

 ヒアヒム聖国で数年前枢機卿に抜擢された若造だ。

 前身は商人。十数年前に博打じみた取引を成功させて大金を得てより、大小様々ながら成功を収め続けている。

 枢機卿の地位も金で買ったと陰口を叩かれてはいるが、商人としての顔と枢機卿としての顔を使い分けて、着実に足元を固めていると聞く。


 結論を言えば、この男は王族の子女三人全員とのお目通りを叶えおった。

 格下と見てヴィンセントのみ出向かされるか、逆に権力者との縁を阻むべくヴィンセントのみ面談が叶わぬか。

 十中八九そのどちらかだと踏んでおっただけに、やはり妙だ。


「こちらが娘のクラウディアでございます」

「クラウディアと申します。お目にかかれて光栄ですわ、ヴィンセント殿下、ブレットノア子爵様」


 ヴィンセントより少し年上の、しかしまだ年端もいかない少女が、流麗な動作で一礼してみせる。


 ――クラウディア・ナルディーニ。

 幼くして魔法に目覚めた神童。人呼んで、“聖約の乙女”。

 父親に聖教との縁を持ってきたのがこの娘だ。

 その後何か成したという情報は特になかったが……一目見ればわかる。年端もいかぬ小娘のくせに、既に色香の片鱗を覗かせておる。将来はもとより、下手をすれば今でさえ男どもが放ってはおくまい。これで何の噂も聞かなかったなど、逆に異常だ。余程大事にしているとみえる。


 ……つけ込む隙があるとすれば、娘の方か。

 だがそれも、果たしてどの程度まで通用するか。


「お近づきの印にこちらを殿下に献上したく。お気に召していただければ幸いです」


 控えていた男の一人が、首飾りを恭しく差し出した。

 カボション・カットを施したアメジストを中心に据えて、銀細工をあしらったシンプルなものだ。

 宝石はヴィンセントの菫色の瞳に合わせたのだろうが……枢機卿ほどの地位の者が、王族の子女に贈るものをこれ一つで済ますものか?


(いや……もしや魔道具か?)


 秘めた効果によるが、それならば頷ける話だ。

 贈り物とはいえ妙な仕込みをされていないか確認せねばならんなと考えつつ、初めて贈られた煌びやかな献上品を前に、無邪気に目を輝かせるヴィンセントに挨拶と礼の言葉を促す。


 一代で成功を収める有能さと強運。

 今も膨らみ続ける莫大な資産。

 容易には無視しえぬ地位。

 美しく育つだろう一人娘。

 ……これだけ揃えば、強烈な嫉妬も買うはずだが、勝手に味方する者もさぞ溢れ返るだろう。


 王族の子女全員にお目通りを願えるはずだと、相手の大きさに気を引き締め直して挨拶を済まし、用意したものを運ばせる。


「おや。見たことのないものですな」「これは……」

「シャーベットという氷菓ですよ。手ずから用意させていただきましたので、遠慮なく味わっていただきたい」


 【水流】と【凍結】――我が国が誇る魔術を惜しみなく使うことで作られる極上の氷菓だ。

 削った氷に蜜をかけた甘味とは違う。魔術に長けた者が余興以上の熱意を以て研鑽を積まねば味わえぬ甘露は、まさにこの国であっても一握りの者だけが味わえる指折りの贅沢に他ならない。

 今回はよく熟した林檎を使って作ったが、相手は儂以上の地位と財力を併せ持つ相手。

 さぞ舌も肥えているだろうが…………さて、どうか。


「……っ! 美味しい!」

「これは……素晴らしいですな」

「美味しいですわね」


 秋といっても、ようやく暑さが引き始めた頃合い。

 ジーモ殿は驚きつつもにこやかに味わいながら、しかしその目までは笑っておらず、今手の中にあるものの価値を測っている。

 しかし娘の方は妙だ。確かに嬉しそうに味わってはいるが、最初の一口でさえ落ち着いていた。

 子どもであれば、今のヴィンセントのように顔を輝かせて夢中になるものだというのに、スレイスフィールド王国でも魔術に秀でた者でなければ用意するのが難しい一品を味わいながら、父親でさえ驚いて目を見開いた一口目を、目を細めるだけとは。


「子爵様。どうかなさいました?」

「……いや。喜んでもらえたか気になったのでな」

「まあ。わたくし、とても気に入っております。お心遣いいただき感謝いたしますわ」


 軽く探りを入れてみたつもりだが、気づいていないのか、それともわかっていてとぼけて見せたのか。

 ……いや、そんなはずはないか。大物を前にして、流石に儂も緊張しすぎているのだろう。


「いやはや、いろいろ食べて回る機会には恵まれましたが、その中でも大変美味なものでした。これだけでもお招きいただいた甲斐があったというものです」

「林檎の香りがとても濃厚で、まるで凍らせた実をそのまま味わっているような気が致しました」

「……美味しかった……」


 ヴィンセントよ……流石にその感想はどうかと思うぞ? 頬を緩ませて笑う顔は微笑ましいが……。


「サイラス殿も魔法を持ってお生まれですから、元より魔術の腕も素晴らしいだろうと思っておりましたが……このようなこともお出来になるとは。まだまだ隠し玉を多くお持ちのご様子。サイラス殿が治められる子爵領もさぞ素晴らしいのでしょう。この後お伺いしたくなりましたよ」

「いやいや、しがない片田舎です。ジーモ猊下が直接足を運ばれるようなものなど……」

「そうでしょうか? 澄んだ流れを湛えるピュリス。西は海に面した港町でタラやニシンなどの海産物が水揚げされ、北は林業が盛んで豊富な木材を王国に送り出している」

「……よく、ご存じですな」

(やられた……)


 相手の狙いを悟った今、辛うじてそれだけ返すのがやっとだった。


(目的は、儂か領地だったか)


 幼く後ろ盾も乏しい王族に会うというのに、保護者が出てきては誰であれ邪魔だと考える。にもかかわらず、返信には歓迎する旨しか書かれていなかった。

 老体の一人程度、どうとでも転がせるという自信の表れかと読んだが…………元より狙いが儂ならば、やけに素直で好意的な文章にも得心がいった。

 ――――いや。仮に儂か子爵領が狙いだとわかっていたとしても、ヴィンセント一人で会わせる選択など、儂には有り得なかった。仮に狙いが儂と領地であったとして、枢機卿が出向く以上、ヴィンセント一人の場合も想定した上での予定も考えていたはずだ。


「おや、ヴィンセント様を差し置いて大人二人で話し込んでしまいましたね」

「い、いえ……」

「そうだ! 折角ですから、クラウディアをエスコートして王宮の庭園を案内していただけませんか? 大人の退屈な話を聞かせておいて、子どもにじっとしていなさいと強いるのも忍びない」

「あの……それは……」

「わたくしも興味がありますわ」

「サイラス殿もいかがでしょう? 若い者同士で親睦を深めていただいた方が、どちらも退屈せずに済むとは思いませんか?」

「………………それは」


 精神が崩れたわずかな隙を突かれ、気がつけばそこまで話を進められていた。

 ナルディーニの二人は乗り気。

 一方で、経験のないヴィンセントが判断に困った表情を浮かべているのは…………客人の二人が乗り気である一方で、儂の雰囲気が硬くなったことを察して戸惑っているのだろう。


 ……いかんな。まだまだヴィンセントの頼れる祖父でなくては。


「……そうですな」


 断るのは簡単だが、話の内容を聞いてからでも遅くはない。

 それに、強大な力を持つ者を前にして過度な警戒を抱き、早々に切り上げて本当に不興を買うのも馬鹿馬鹿しい。


 人を付けて庭の散策へ赴く二人を見送った後、対面に座す人物に視線を引き戻す。


「……それで、お話というのは?」

「そう硬くならずとも大丈夫ですよサイラス殿。詳しい中身をお伝えしてお返事を今すぐいただくには……いささか不似合いな場所でしょう?」


 周囲の壁や天井に視線を回されれば嫌でもわかる。

 ここは王宮だ。今はヴィンセントが使用しているとはいえ――否、むしろだからこそ、誰がどこで聞き耳を立てているかなどわかったものではない。

 とはいえ、子爵ごときにそこまでしなければならない話というのは何だ……?


「ですから今は提案だけさせていただいて、後は大人も世間話といきましょう。――――いえ、勿論、ここでお聞きしたいというのであれば、私もお話しできる限りのことをお伝えする用意はありますが」


 腹の探り合いか。……まあいい。不快には違いないが、探られて痛い腹はない。乗ってやる。


「何はともあれ、伺いましょう」

「なに、ちょっとした投資のお話です。――新しく製鉄所でもいかがかと思いましてね」


 あくまで人のよさそうな笑みが儂に向けられていた。

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