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王国の君  作者: てんまゆい
一章 揺り篭の君
12/96

07 可愛い来訪者

ヴィンセント5歳

 カップが置かれる音に、上の空だった意識が引き戻される。


 言われるまま戻った離宮内で、今、僕はティータイムの続きをしていた。

 というのは、マルチダが僕にリリアーナ様のお相手を務めてもらえないかと頼んだからだ。


 そのリリアーナ様はというと、背後の壁際に騎士を従え、うきうきした様子で向かいの席に腰かけている。


「リリアーナ・スレイスロードですわ! 本日はおまねきにあずかりましてたいへんうれしくおもいますっ」

「あ、う…………ええと、今日は、ようこそいらっしゃいました。是非とも楽しんでいってください」


 今か今かと待ち侘びていた状況がやっと訪れた。

 そういいたげな勢いのある自己紹介に気圧されながら、なんとかマルチダに教わった通りに挨拶を返す。


「ヴィンセントさま、そちらのレディーをしょうかいしてくださるかしら?」

(紹介? え、えっと??)


 ほっと息をつきかけたところで飛び出た要望に眼を白黒させるばかりではどうにもならない。

 窺うようにじっと僕を見つめる瞳から視線を逸らし、助けを求めてマルチダに顔を向けると、心得た様子のマルチダが「こちらが乳母妹のミリアリア・トレキアです、と」と囁いた。

 その言葉をそのままリリアーナ様に告げると、


「ミリアリアというのね! とってもかわいいお名前だわ!」

「うぅ……」


 きらきらした目でずいっと身を乗り出したリリアーナ様にびっくりしたのか、身体を引いたミアが潤んだ目で僕を見る。


(え、えっと!? えっと!?)


 しょ、紹介すればいいの!?

 よくわからないままに、それでもホスト側としての役割を思い出して慌てて口を開く。


「ミア、こちらが……僕の妹の、リリアーナ・スレイスロード様。大丈夫だから、挨拶してみて?」


 安心してくれるようにと笑顔で頷く僕に、ミアは二回三回と僕とリリアーナ様の顔を交互に見る。


「ぅ…………ミア、ミリアリア・トレキア、です……」


 不安そうな表情で、それでも僕が言うならと、表情に精一杯さを滲ませたミアが、おずおずと名乗った。


 ――ガタッ。


「キャー!! かわいいっ! かわいいわ! なんてかわいいのかしらっ!!」

「ひゃっ、やぁ、やああああああああ!? やああああああっ!!」


 何かが倒れた音に視線を向ける、その途中で反対方向へと流れていった銀の輝き。

 ミアに視線を戻してみれば、ミアに抱き着いてキャーキャーとはしゃぐリリアーナ様と、突然の襲撃に悲鳴を上げて嫌がるミアの姿。

 そして壁際では、リリアーナ様付きの騎士が顔を覆っていた。


(………………………………な、なに? ……えー、と?)


 理解が追いつけない状況に呆けていると、マルチダが音もなく二人にすり寄っていく。


「コホン。リリアーナ様。淑女の振る舞いが難しいのであれば、お茶会は取り止めとなりますが構いませんか?」


 その口許は笑っていたけど、目が笑っていなかった。







 お茶会においてホストというのは、お茶やお菓子を用意することの他にも役割がある。

 何かというとそれは…………曰く、“ホストとゲストだけでなく、ゲスト同士でも楽しくお喋りすることができる雰囲気を作り維持すること”らしい。


「うぅぅぅぅ…………!」


 ミアはまるで威嚇でもしているかのように唸りながらリリアーナ様を見つめている。

 嫌で嫌で仕方がない雰囲気をひしひしと感じさせるのに、それでもリリアーナ様を凝視し続けているのは…………次に襲われた時に即座に逃げようという強い警戒心の表れか、はたまた怖くて目が背けられないだけなのだろうか。


「あぁぁぁぁ…………!」


 穴が開くほど見つめられているリリアーナ様はといえば、席に戻って紅茶を一口飲んだあたりでミアに嫌われたことに気がついたようで、慌ててお菓子やドレス、装飾品の話題を振って機嫌を取ろうと試みていた……のだけれど、最早手遅れ。何一つ答えないどころか、一挙手一投足にビクビクと反応し警戒心剥き出しで睨み続けるミアの様子に、遅ればせながら失敗を悟ったらしく、今は手で顔を覆って唸っている。

 それでも時折指の隙間から様子を確認しているのは……なんというか、めげないなと思う。


(…………どうしよう)


 そしてお茶会のホストである僕は、どうしていいかわからず困り果てていた。

 参加者が僕も含めて三人しかいないのに、こんな状況からどうやってお茶会を立て直せというのだろうか。

 傍らに控えるマルチダの顔を見上げても、困った顔で首を横に振られるだけで何も教えてはくれない。


「――ま、いいわっ! 前向きにいかなきゃ!」


 出し抜けに響いた明るい声。

 なにやら立ち直ったらしい。

 輝きを取り戻した碧眼が僕を射抜いていて、ミアではないけれど思わず腰が引けた。


「わたしねっ、ヴィンセントさまのおはなしが聞きたいわ!」

「えぇっ? ぼ、僕のお話って……」

「いつもどんなことをしてるかとかあるでしょ!?」

(いつもやってること!?)


 ミアの次は僕らしい。

 予想もつかない言動に目を白黒させながら、聞かれたことに答えようと頭の中をひっくり返して考える。


 え、えっと、なんだろう、いつも僕がやってること。

 起きて、朝食の後は、ミアと一緒にお本を読んだり、わからないことをマルチダに尋ねてみたり、一緒に遊んだりして。

 その後はお昼を食べて、また遊んで、ミアと一緒にお昼寝をして、その後はマルチダに言われるまま作法の動きをマルチダを見習って真似してみたり、お歌を歌ったり楽器で演奏したり、かな。


 その中でもよくやってることと言われると、一つしかない。


「……ミアと遊んだり、とか?」

「え!? いいなぁ!! どんなことして遊んでるの!?」


 ばっと身を乗り出して聞いてくるリリアーナ様から顔を逸らした先で、偶々おもちゃが入っている籠に視線が吸い寄せられた。


「あの中になにかあるの!?」「――あっ……」


 目敏く視線の先に気づいたらしい。

 いつの間に椅子から立ち上がったのか、反応する間もなく走り寄ったリリアーナ様は、ずるずると籠を引き出すと中を覗き込み始めた。


「これはなに? これも見たことないわ! あっ、積み木がある! かわいいっ、なんの人形かしら!? ボールもある! うらやましいわ! お兄さまが遊んでもなんにも言われないのにわたしが遊ぶと怒られるのよ!? 女の子がするようなことじゃないって! トランプ見っけ! あら? 細長いものと布切れ? どう遊ぶのかしら??」

「あ………………………………ええと…………」


 ぽいぽいぽいぽいと籠から周囲に取り出されていくおもちゃの数々。清々しいほどためらいがなくてびっくりする。


(……誰が片づけるんだろう? いつものように籠から出した人?)


 そんなことを考えていたら、マルチダがリリアーナ様の後ろに立った。


(あー……怒られる)


 マルチダの影にも気づかないなんて…………。

 きっと、とっても怖い方だ。


「リリアーナ様」

「――ぴゃっ!?」


 文字通り跳び上がってマルチダに向き直ったリリアーナ様の顔は、しまった! という言葉がすごく似合う表情。


「お茶の最中ですから、お茶もヴィンセント様も放っておもちゃに夢中というのはいけません」

「わわわわかってるわよっ? ただ、その、ちょっとだけ、ちょっとだけ気になったものだから………………………………………………………………な、なによぅ……!」


 マルチダはきっと、僕やミアが悪いことをした時にする、ニコニコしているのにすごい怖い顔をしているに違いない。


「おもちゃを散らかすこともいけないことです」

「そ、そんな、そんなこと……知らないわっ! グレタだってこんなことでわたしを怒ったりなんか……………………う、ぅ~~……ど、どうしたらいいのよぉ……!」


 どうしたらいいのかわからず涙を浮かべてマルチダを睨み始めたリリアーナ様に、マルチダがしゃがみ込んで視線を合わせた。


「いけないことをしたら、ごめんなさいといって謝るのです。ご存じありませんか?」

「……お、王族が頭を下げたらいけないって、お母様もグレタもいつも言ってるわ!」

「ですが、ヴィンセント様はいけないことをしたらごめんなさいをされますよ?」

「えっ!? ……え、でも、ヴィンセントさまは、お兄さまで、王族なのに……」


 びっくりした様子で僕を見る青い目に頷くと、自信がなくなったのか眉尻を下げる。


「どうしてだと思われますか?」

「…………わ、わかんないわよ!」

「一つには、リリアーナ様もヴィンセント様も子どもだからです」

「こ、子どもだから……?」

「立派な大人になるためには、いけないことをいけないことだと認めて反省することが必要だからです」

「……???」


 困惑した表情を浮かべるリリアーナ様にマルチダが微笑む。


「もう一つは、いけないことをした時にもう一度仲直りするためのきっかけになります」

「仲直り……あっ」「――っ……」


 マルチダが指し示すままに振り返ってミアを認めたリリアーナ様は、言わんとすることに気づいたらしく、ハッとした様子を見せた。

 けれど、ミアの警戒心が解けたりはしていない。その証拠に、見つめられている今もミアは硬い表情を崩さないままだ。

 それを認めて残念そうに肩を落としながら、リリアーナ様はおずおずとマルチダに視線を戻した。


「……な、仲良くできるの?」

「勿論です」


 マルチダの揺らがない微笑みに背中を押されて、リリアーナ様はおずおずと振り返ると、一歩を踏み出した。

 その途端、ミアは、硬い表情のまま腰を浮かせ始める。

 ――――これ以上は近づけない。

 そう感づいたリリアーナ様は、テーブルを囲んで座っていた以上の距離のままで、おっかなびっくり頭を下げて見せた。


「…………………………………………ご、ごめんなさいっ!」


 真剣な気持ちのこもった声。

 懸命な面持ちで告げられた謝罪の言葉は、


「――いやっ!」


 けれど、すげなく拒絶されて。


「っ、…………ぁ、う……っ」


 取り付く島もない拒絶の言葉にぎゅっと身を竦めたまま、よろよろと後退ったリリアーナ様を、マルチダが優しく抱き留めた。


「よく言えました」

「……う。……うぅぅぅ、っ……いっ、言ったのに、いっだのに……うぅぅぅぅっ!!」


 腕の中で振り返るようにマルチダを見上げるリリアーナ様の表情はくしゃくしゃで、きゅうっと胸が締めつけられたような感じがする。

 どうにかしてあげたいという気持ちでマルチダを見た僕に、マルチダが小さく頷いた。


「では、仲良くなるために私も協力しましょう」


 大粒の涙をぽろぽろとこぼすリリアーナ様に「貴女の騎士様をお呼びください」とお願いした後、マルチダは散らばったおもちゃの中からトランプを拾い上げた。

 続けて僕を手招いて四人で輪を作ると、マルチダの手の中でトランプが踊り始める。


「ミアも遊びませんか?」

「――っ!?」


 実の母どころか、僕までもがまさかの裏切り。

 表情に衝撃をありありと滲ませて呆然としていたミアに、マルチダが声をかけた。


「…………うぅぅぅぅ………………!」


 僕をちらちらと見ながら、それでもリリアーナ様と一緒に遊ぶのは嫌なのか、そろそろと伸ばされた足はそれ以上こちらに近づく様子がなく、伸ばしたり引っ込めたりしている。

 その様子に傷ついた表情を浮かべたリリアーナ様も気にはなる。

 けれど、それ以上にミアがかわいそうでならない。


「マルチダ。ミアが……」

「少ししたらリリアーナ様とも遊べるようになりますから、このまま協力していただけませんか?」


 かわいそうだと言いかけた僕にマルチダが耳打ちする。その内容に、少し後になっても皆で遊べるならその方がいいかなと考え直した僕は、迷いつつも頷いた。


「では、七並べをしましょうか」

「オラは問題ねぇだ」「……わたしもできるわ」


 視線を向けられて騎士が頷き、遅れて意味を理解したリリアーナ様もすんすんと鼻を鳴らしながら手を突き出す。

 手札がリリアーナ様、騎士さん、僕、マルチダの順に配られる。


 七を場に出して、手札は一二枚。…………あ、今回は七に近い数字のカードが多い。


「ではリリアーナ様からどうぞ」

「なら……ぐずっ、ハートの六よ」


 そうして始まった七並べの結果は、僕が最初にあがって、騎士さん、マルチダ、最下位がリリアーナ様。


「なんで最後までスペードの八を持っていたのよ!? そこが止まってなかったらわたしが勝てたかもしれないのにっ!!」

「えー……だって、勝負だもの」


 最初はミアの様子を気にしていたリリアーナ様も、カードが出せずパスを繰り返しているうちに沈んだ雰囲気もどこへいったのか、今はもうこうして負けてすごく悔しそうな顔。

 わかりやすいのだ。顔が、目が、「そのカードが出てきて!!」と置かれてほしい場所を訴えていて、すごくわかりやすい。


 そして――乱入が起きたのは二回目にカードを配り始めた直後のこと。


「――わっ? ミ、ミア?」


 いきなり後ろに引っ張られてびっくりしたけど、なんとか振り返って見てみると、眉を寄せ涙を浮かべたミアが、必死な顔で僕の襟首を引っ張っていた。


「おにぃはミアと一緒に遊ぶのっ!!」


 苦しさとかはないけど、さすがにびっくりして動きが遅れた間に、マルチダが動いた。


「――ミア!」「「っ」」


 厳しい声色にミアどころか僕の背筋までピンと伸びる。

 いや、僕は悪いことなんてしてないけれど、悪いことをした心当たりもないけれど、何回も叱られた経験が僕の身体を勝手に……。


「ヴィンセント様に迷惑をかけるのですか?」

「う、ぅぅぅぅ……だ、だって!!」

「私との約束は忘れましたか?」

「――っ!」「ぐぇっ」


 襟首がぎゅっと締まったのも一瞬のことで、握り締めた手は緩んで、僕の背中をするりと滑り落ちた。


「ごめんなさいをした相手も受け入れられないで、相応しいと思うのですか?」

「うっ、ぁ、うぅぅぅ…………!」


 いつになく厳しいマルチダの声にびくびくしながら、それでもとそろーりと身体の向きを変えてミアの様子を窺う。

 ぽろぽろと流れる涙を、それでもこらえようとしてぎゅっと歪められた顔。


「…………ミア、ちゃん。あ、あのね……いやなことは、もう、しないようにするから…………だから、わたしと一緒に遊んでほしいの……」


 背後から聞こえるリリアーナ様の声はか細く、まるで寒さに震えているような辛さを感じる。


「…………っ!」


 奥歯を噛み締めるミアの表情は、見ている僕も辛くなる。


「……ミア」


 だから、思わず名前を呼んでしまった。

 ズキズキと痛む胸のあたりを掴んで、それでもマルチダがいうことが本当になるならと願いながら、今の気持ちを表してくれる言葉を探す。


「一緒に遊ぼう……? リリアーナ様や騎士の人と一緒に遊べて楽しかったけど、ミアとも一緒に遊びたいよ、僕」


 ね? と首を傾げたその瞬間、ミアの目元から一際大きな雫がこぼれた。


「――わっ!?」

「………………うっ、うううううぅぅぅぅぅ! うああああああん!!」

「え、と……よしよし」


 飛びつくように抱き着いてきたミアに押し倒されながら、押し殺せず泣き声を漏らす女の子の背中をそっと撫でる。

 ひっくり返った視界の中でマルチダが頷いて、もう大丈夫だとわかった僕はようやく胸を撫で下ろした。


「……ミアもごめんなさいして、それで、仲直りしたら、今度こそ一緒に遊ぼう。ね?」


 こくこくと頷く感触を肩に感じながら、落ち着くまで、僕はミアの背中を撫で続けた。

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