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王国の君  作者: てんまゆい
一章 揺り篭の君
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06 侵入者

ヴィンセント5歳

 それはある日の昼下がり。

 いつもと同じティータイム、のはずだった。


「……?」

「きゃああああああああっ!!」


 がさがさと、草木が擦れる音が妙に大きく響いて。

 なんだろうと視線を向ければ、茂みからドレス姿の女の子が転がり出てきたところだった。


「「「「「……!?」」」」」


 一拍の静寂が空間を支配した直後、言葉にならない騒めきが庭を塗り潰す。

 ちくちくと肌を刺すような居心地の悪い空気の中、女官や護衛の者たちが、緊張と迷いを孕んだ視線を交わし合い身動ぎする。


「……マルチダ?」


 僕の声で硬い表情をハッとさせたマルチダが、緊張に満ちた沈黙を最初に破った。


「っ――警護は彼らを拘束して下さい! 残りはヴィンセント様の警護と周辺の捜索に分かれて! 女官はヴィンセント様を囲んで下さい!」


 サッと身を翻したマルチダが、僕と転がり出てきた女の子の間に立ち塞がる。

 マルチダの口から矢継ぎ早に出された鋭い口調に、女官たちも騎士たちも皆妙な表情を浮かべつつも、役回りを思い出した役者のようにてきぱきと動き出した。


「お、おにぃ~~っ」

「……ミア? ミア!? 大丈夫?」

「ぅぅぅ……っ」


 緊迫した雰囲気に当てられたからだろうか、不安をありありと浮かべてしがみついてきたミアの頭を、少し前までしていたように撫でて落ち着かせる。


(……もしかして、危ない状況……?)


 生まれて初めて感じる喉が絞まるような空気に、今更ながら、恐怖が実感を伴って心の底を浸し始める。


「マルチダ……?」

「大丈夫です。私共が一命に代えましても必ず御身を――」







「――――さっ、下がりなさいこのブレイモノっ! このっ、このわたしを、リリアーナ・スレイスロードと知ってのロウゼキなのっ!?」







 振り返って顔を僕に向けたマルチダの言葉を、甲高い声が遮った。

 今にも泣きそうなのを必死に堪えたような震えた声に、視線が声の主を探して彷徨い――――わずかに傾いだマルチダの身体が作った隙間、警護の者たちが作る包囲網の中に、一人の女の子と、騎士の礼服に身を包んだ大男が見えた。


 ……やっぱり、騎士に囲まれたドレスの女の子だ。


 無残に裂けた濃い緑のドレスから覗く細い足首。

 陽光に映える銀髪は風もないのに震え、双の瞳が涙を湛えて潤む。

 女の子を背に庇う大男も、大勢に囲まれて守り切れないと感じているのか、額に汗を滲ませている。


(――怯えてる)


 どう見ても、か弱い女の子が追い詰められているようにしか見えないその姿は、僕にしがみつき涙を流して震えるミアを思い起こさせた。


「……マルチダ」


 だから、心の底をひたひたと満たしつつあったはずの恐怖は、溶けるように掻き消えた。

 代わりに浮かび上がったのは、強い心配。


「マルチダ。ねぇ、マルチダ。あの子、震えてるよ。やめてあげて……?」

「ヴィンセント様? しかし、それは……」

「マルチダ。お願い。…………だめ?」


 困惑をありありとその顔に浮かべたマルチダは、ややあって、乱入者に視線を戻す。

 悩みの色を残しつつも険しい表情を緩めないマルチダから返事はない。

 けれど、あるいは、お願いを聞いてくれたのだろうか。


「……どなたか、王女殿下のお顔を拝見した方はいますか?」


 緊迫したまま睨み合いに陥っていた状況を、再びマルチダが破った。

 マルチダの問いに、けれど周りを囲む女官やさらにその向こう側からは、困惑した雰囲気が返ってきた。

 どうやら、王女殿下だという小さな女の子の顔に見覚えのある者はいないらしい。


「……では、そちらの男性。護衛と見受けますが、自らの身分を示すものを所持していますか?」

「……ある」


 そう答えた大男が、油断なく周囲を睨みながら、そろそろと腰から鞘を外して、投げた。

 ガチャガチャと、芝生の上を跳ねた剣が音を立てる。


「ブロウズ男爵家四男、ナバル・ブロウズ。リリアーナ殿下の専属騎士」

「……ブロウズ男爵家の紋章です」


 恐る恐る近づいて剣を拾い上げた警護が、剣の柄あたりを確認して頷く。


「では、危害を加えないことは約束しますので、別室に案内させていただいても構わないでしょうか? いくつか確認させていただきたいこともございますし、あちらの女官にも連絡させていただかなければなりませんので」

「……構わない――――」

「――――いや! そ、それはやめて!」


 緊迫感も去り、落ち着くかにみえた状況は、けれど女の子の叫び声で俄かに張り詰めた。


「リ、リリアーナ様ぁぁぁぁあ!? どう考えても悪いのはオラたちだよ!? 落ち着いて確認してもらえば誤解も解けるとオラは思うんだども!?」

「ち、違っ、違うの! そうじゃなくて、もてなされるのは構わないけど、わたしの女官には言いつけないでってことよ!」


 種類の違う怯えに支配された表情でそんなことを叫ぶ女の子。

 けれど。

 少なくともその顔に、さっきまでの恐怖と緊張は欠片もなくて。

 ほっと、吐息が漏れる。


「いッ――――今更怒られたくないっていうだか!? 絶対ムリだよ! 今度ばっかはグレタもカンカンになるだ!」

「なななななんとかしなさいよ――――――!?」

「むしろ一緒に叱られそうなオラこそどうにかしてほしいだよ!!」


 今までの空気など嘘のようにぎゃあぎゃあと騒ぎ始める二人。


「――――ふ、ふふっ」


 不意に響いた、噴き出すような声。

 聞こえた先を求めて視線を下げれば、いつの間にか泣き止んでいたミアがくすくすと笑っている。

 それをきっかけにか、女官や警護の騎士たちまでが、こらえきれないといったふうに笑い声をこぼし始めた。


「くくくく……ン゛ッ、ゴホン。トレキア夫人、ありゃあ違う。あんな間抜けな刺客なんていやしないさ」

「……それもそうですね。ヴィンセント様」


 警護の騎士の笑いが滲んだ声に、やはりどことなく笑みを含んだ声を返したマルチダが、表情を改めて僕に向き直る。


「念のため、お部屋に戻りましょう」

「……うん。わかった」

「え……? ――あっ……」

「ミリアリア。ティータイムは終わりです。わかりますね?」

「う…………、はぁい」


 思わず残念そうな声を漏らしたミアを嗜めると、マルチダは警護の者を集める。

 そのまま彼らに囲まれた僕は、ミアやマルチダと一緒に離宮の建物に向けて移動を開始した。

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