08「軍勢」
空が白み始めて、やがて太陽が全貌を現した。日常的にこんな光景を見ることが出来るのは、彼らくらいだろう。既に感慨の念は湧かない。夜が明けたかぁ、くらいである。しかしそのいつもの光景に、一点の影が射すことを見逃すほど、彼らは気を弛めてはいない。特にバケモノが出てからは街に近付いてこないか動員も増やして、気を張り詰めて警備を夜通し行っているのだ。
「おい、なんだあれ」
「……どうやら見間違いというわけではなさそうだ!警笛を鳴らせ!統括長と各隊長に伝達せよ!『南方見張り舞台、正体不明の飛行体を発見せり』!」
カランカランカラン!
鐘が街の南方から響き、伝達役が各々散っていく。しかし『飛行体を発見せり』という非常識なその伝達を、隊長達は常識を持って何かの見間違いだろうと否定する。そんな中、統括長は速やかに行動をとった。彼が考えられるのは二つしかない。
街を襲うバケモノが正体を現したか、カールの言っていた伝か。
事前にカールから話を聞いていたというのもあるが、柔軟な判断力と実行力も兼ね備えた兵士団統括長ダダンだからこそ出来る、迅速な指示を飛ばす。
「撃つな!何もするな!考える前に行動しろ!」
攻撃の許可が出るもの思っていた伝達役は「何故?」と考え始めるが、それをダダンは止めさせ伝達を急かした。伝達役はより早く、1秒でも早く情報と指示を伝えるためにある。考えている暇があるなら伝達しろ!と。
そして自身も寝間着のまま、コートだけ羽織って外に飛び出す。空を飛ぶなら目立つ。もしバケモノが飛行を可能とするなら目撃情報があっても不思議じゃない。何よりカールが「熊のバケモノ」と呼称したのだ。熊が飛ぶはずないだろう。
外に出た統括長は空を見上げた。そこには金色の長髪を持った人間を乗せた黒い狼が、朝の雲一つない空を駆けていた。
別の方角からゴウゥンゴウゥゥンと腹に重く響く鐘の音が響いた。心臓にも振動を与える音にダダンの顔が青褪めた。
警笛には、対象の危険度に応じて鐘が5つか用意されている。
今のは最もデンジャーな、街が滅ぶレベルを示す音だ。
聞こえたのは北東の方角。ここから殆ど反対側だ。
シャーーという音が微かに聞こえ、やがて近付いてきた。見張り台は互いに中空でレールによって結ばれている。鐘で最初に危機を伝え、次にこのレールを伝って詳細を伝える仕組みになっている。
ガタタン、という音を立てて投げ捨てられたトロッコは、レールから外れて停止した。
「統括長!!北東から魔物の軍勢が!!」
「数は!?」
「数を答えろ」という簡単な質問に、北東の見張りから来た伝達役は黙ってしまった。折角効率のよい伝達方法を用いているのに意味がないと、思わず怒鳴ってしまう。
「数を!!答えろ!!それがお前の仕事だ!!」
「………………ん」
「はっきり答えろ!!」
俯いていた伝達兵はぐわっと目を見開き、叫ぶようにして告げた。
「分かりません!!私が見たとき数は100以上!!なお増大中!!!以上!」
心底続きを促さなければ良かったとダダンは思った。「本当に合っているのか」とか「見間違いじゃないのか」とか愚問はしない。迅速な判断が出来るか否かが、生死を分けるからだ。そう信じ、実際そうしてきたダダンであったが、この時ばかりは思ってしまった。
無理だと。
事実を受け入れることまでは、これまで通りのことだ。馬鹿げた数でも信じよう。敵が未知であっても考えよう。しかし、100という物量の前に何が出来るというのか。それも伝達兵の様子からして200、300はいくような雰囲気がある。
「ねえ、戦士さんたち。どうなっちゃうの?」
ダダンのコートの裾を引っ張る子供。子供が近付いていることに気づかなかった。大丈夫だから、家に帰っていなさい等とは言えなかった。
「なあ、今のやばい鐘なんじゃないか?」「魔物が来た?」「100とか言ってなかったか?」
ざわざわと、人が集まってきた。鐘の音が、街の住民を眠りから覚ましていた。そして次々と溢れる不安の言葉。
「ダダンさん、一体どうなってるんだ?」
馴染みの顔が問いかけてきた。家の近くで魚を売っている大将だ。トレードマークのハチマキは、まだ開店前だからかしていなかった。
大将の疑問に答えたのは、新たにトロッコに乗ってきた北東の伝達役。
「報告します!!数、1500!緑色の狼です!目からレーザーをーー」
トロッコから降りようとした所を、赤いレーザーで撃ち抜かれた。運悪く鐘で二つに反射したレーザーの内の一つが伝達兵に当たってしまったのだ。胸を貫通したレーザーは地面に焦げ目を作って消えた。そしてもうひとつは近くの建物に穴を明けた。
「敵の、攻撃なのか?」
気づけば、100人近い人だかりが出来ていた。突然赤い光が飛んできて、突然一人死んだ。
「これが、1500いるのか?」
伝達兵は任務を全うした。しかしそれは、恐怖を運んできたも同義だった。
混乱。
南の方へ我先に走っていく。死にたくないという一心で、倒れた人にも目もくれず、家に必要なものを取りに行ってからなんていう人間も一人もいなかった。
他の所でも悲鳴が上がっていた。それも一つや二つではない。きっと他所でもここと似たようなことが起こっているのだろう。
街の北東から、人が流れ込んできた。その波に押されるように、他の住民も南方へと向かう。
その光景を眼下に収めつつ、ダダンは統括長としての役目を果たすため、トロッコで北東へと向かう。敵はすぐに確認できた。緑狼〈グリーンウルフ〉の軍勢ーー群れではなく、まさしく軍勢が街へと迫っている様は色からして、まるで山が動いているかのようだった。
北東の見張り台には、茫然と立ち尽くす戦士達の姿が見えた。彼らは統括長の姿を認めると、すぐに指示を仰いできた。どうにかなるともダダンには思えないが、このまま絶望したままでは、彼らも動けないだろう。
「ありったけの爆薬を持ってくるんだ。おそらく10分後には軍勢は、ここに辿り着くだろう。5分で爆薬を各自設置、3分間で退却、ここを放棄する」
やることを与えられた戦士達はとりあえず動き出す。命令ならば辛うじて動ける。だから命令に"放棄"という避難指示を入れた。あの数を仕留める爆薬など、5分で集めるなど無理だ。そしてあそこに戦士達を投じるような無謀はしたくない。そんなことは全くの無駄だ。数秒のうちに全滅し、敵の肥やしになるのは目に見えている。
恐怖に手が震えながらも、あるだけの爆薬を積んでいく。統括長も一緒になって運んだ。何かしていないと意識が飛びそうになる。見張り台から降り、軍勢と同じ大地に立つと勝手に足が震えだした。少ししたら、ここをあの軍勢が通ると考えると、歯もカタカタ音をたて始めた。何かに、何かに集中しなければ。この地面の振動に集中しよう。この振動は軍勢によるものか、はは。
近くにいた戦士と目があった。顔が青ざめていた。俺もきっと、そうなのだろう。生きた心地がしないとはこのことだ。だって、これから死ぬのだから。
「統括長、赤い光が……」
「ああ、あれな……」
あれは伝達兵を撃ち抜いた光だ。その光が、1500の軍勢の12の目から放たれている。
その膨大な光源は、街のどこからでも確認することができた。1500×15=18000のレーザーが殺到する。それが最初に掻き消すのは統括長含む、北東の見張り兵達。
「迎えが来たんだ。ほら、声も聞こえる。安心しろってさ」
あの光に飲まれたら、きっと骨すら残らないだろうなとダダンは思った。
赤い光が、大地を抉り、ついに視界全てが、赤に塗られた。
どうやら家のプリンターが壊れたみたいです。
『プリンターヘッド(カートリッジ入れるところ)が対応していません』
「……いや、お前のだから!!」
突っ込みいれましたよ。一切弄ってないから!取り替えてないし!お前のヘッドだよ!ばか野郎!!
明日、更新予定です。
そろそろ街にも名前をあげたい。