04「妹〈カレン〉と恋人〈ユナ〉」
「主をお呼びしますので少々お待ち下さい」と、一同を居残り組が待機している部屋へと連れていき老執事は彼らと別れた。
こういう場において、言葉通り受け取ってはいけない。「主はいつでも来れるが、先に説得する時間をやるからとっとと済ませろ」というのが本意だろう。そこまで酷くはないだろうが、常に皮肉を交じわせてくる領主とやり取りしていると裏の意味というのを嫌でも考えるようになる。
ゴールド製のノブを回し、部屋の中へ入る。そこは廊下と同じく赤い床に鈍い金の壁をした部屋だった。中央には30人は座れるテーブルが置いてあり、配置されたイスの10個が現在使用されている状況だった。
「お、戻り組が来たか。で、どうだった?」
てっきり戻り組がそのめま来ると思っていたが、顔ぶれが違かったため、恐らく来るのが面倒になって他の奴らに頼んだなと考えながら居残り組が訊ねた。
「死んだよ。皆、バケモノに殺された」
カールが応えた。
「殺されたって……!父さん!……なんでそんなにボロボロなんだよ!?」
父さんと呼んだのはユージ=デビッド。カールの22歳の息子である。
その姿を認めると、息子が生きていることにカールは救われる思いを感じた。その瞳に輝きが戻るが、同時に涙が溢れてくる。しかし、先に言うべきことがある。
「ユージ、無事だったか……本当に良かった。皆、良く聞いてくれ。帰還途中だった10人は死んだ。その様子からして既に分かっていると思うがここの主は俺たちが探しているバケモノではない。……俺はバケモノと戦った」
バケモノと戦ったという言葉に居残り組が驚愕する。今までバケモノに殺された者はいても、生きて帰ったものはいなかったのだ。当然気になるのはそのバケモノの正体だ。
「一言でいうなら、毛むくじゃらの熊だ。ただし4本の長い爪を持っていて、3mはある。強い。とにかく、強い……んだ……ああああ!」
突然カールは蹲り頭を抱えて嗚咽混じりに涙した。皆傷が痛むのかと心配する中ぽつりぽつりとカールは話した。
「すまない……!すまない……カレン……!!俺はああ!!お前を!ぐっ守ることが!っできながっだ!ああ」
「なあ!父さん、どうしたんだよ?カレンがどうしたって?」
父親の肩を揺すり詳細を聞こうとするが、なんとなく嫌な予感をユージは感じていた。
「殺されだんだ。カレンはバケモノに殺された。殺されたんだよおおおおお!!!」
カレン。カールがバケモノから守ろうとしていた女性。名をカレン=デビッドという。名前から分かると通りカールの19歳になる娘だ。
「俺は父親なのに!!何も出来なかった!!」
床をガンと殴り付ける。何度も何度も。血が滲んでも殴るのを止めなかった。そしてそれを止める者もいない。ここにいる人間は、大切なものを失う辛さを知っているからだ。いくら殴り付けても足らないくらい、どうしようもない悲しみと苦しみに襲われるのを知っているから。
「……証拠は?証拠はあるのかよ?!」
「……証拠は、ない」
カールは見たのだ。薄れゆく意識の中で、自分の娘がバケモノにーー
「丸呑みだ。カレンを丸呑みしやがったんだ。血すらも残していない……ッ」
ユージは恋人であるユナと、妹であるカレンという大切なものを続けて失った。ユナが死んだ時点で壊れかけていた何かが、妹の死という追い討ちをかけられ完全に壊れさった。
ほんの少しだけ目に涙を浮かべ、次の瞬間どうしようもない怒りと憎しみによって高ぶった感情が、涙を蒸発させ行動させるのだ。殺せと。
「俺が、殺す」
ユージの異変を察してカールが止めようとしたが、鎮痛と止血の効果が切れたのか、体に激痛が走り、服の下にミイラのように巻き付けられた包帯を通り越して服にまで血が滲んできた。
その父の姿に、更に掻き立てられるようにして、ユージは部屋を走って出ていった。その手にはいつの間にか鎧と剣が抱えられていた。
勝ち目がない戦いに、その身が壊れてでもユージを止めたいカールであったが、そこは堪え皆に告げる。街にとっては裏切りの行為であると同時に、このままではバケモノに虐殺されゆく街を救うための一手。
「……落ち着いて、聞いてくれ。俺が8歳のとき、魔物に襲われた。勇者に憧れて、冒険をしようと……誰も近づこうとしないこの館へと、来たんだ。聖剣があるなんて、考えてな」
家族も誰も知らない物語を、カールは話始めた。
今でも覚えている。あの死にかけた日のことは。
本当は皆が寝静まった夜に出掛けるのが一番だったんだ。でも真っ暗は怖いから、早朝に出掛けたんだ。母親に遊びにいってくるって告げてな。
道には迷わなかった。黒の館は目立つから、その方角に適当に進んで行けばいい。
転べば立ち上がればいい。怪我をしたら痛みが少し引くまで待てばいい。でも奴はそんなことは待っちゃくれない。
そいつは目玉が8つある狼だった。緑色をしていて、周りの風景と溶け込んで全く気づかなかった。
8つ目の狼が飛び掛かってきたとき、運良く転んだ俺は初撃を回避することができた。でも8歳だったんだ。そこから全力で逃げたとしても直ぐに追い付かれ、殺されただろうが、恐怖で足が全く動かなかった。
その時俺は思ったよ。俺は勇者じゃないんだって。ただの人なんだって。弱っちい人なんだ。ただ助けを願うしかないんだ。「助けてくれ、勇者。僕を聖なる力で守ってくれ!」
でも勇者は守ってはくれなかった。そりゃそうだ、この世界には多くの悲劇で満ちている。俺はその一つの悲劇にいるに過ぎない。でも俺は救われたんだ。
「だから頼むーー俺を……俺たちを救って下さい、メイディ様」
懇願の先。いつの間にか部屋に入ってきていたメイディは
「頭低くしたほうがいいわよ。そいつら今から来るから」
壁を指し告げた。次の瞬間。
壁が衝撃音を伴って破壊されることによって消え、外の風景が露になった。その背景の緑から出てきたかのように現れる獣が10体。
12つの目を持った緑の狼。それはカールにとっては悪夢の再現であり、他の戦士に対してはカールの話が本当であることの裏付けとなった。
日曜日は休みます。
次は月曜日の予定です。