03「カール=デビッド」
戻り組は帰還を果たせなかったが、女性を守っていた戦士が捜索隊によって発見された。虫の息であったが、なんとか一命をとりとめた。彼の証言により、黒の館へ向かった10名がまだ館に居るかもしれないと推測され、再度捜索隊が編成された。バケモノとの遭遇を避けるため5名で構成されることになった。うち一人は生き延びた兵士である。彼の息子が黒の館へ向かったグループに含まれており、昨日出会った10名の中に見かけなかったので、まだ生きているかもしれないという望みから自ら捜索へ参加することを願い出た。
その時の条件は、
危険が迫ったとき、状況によっては置いて行かれることも辞さないこと。
当たり前と言えば当たり前だった。死ぬ直前の体をした人間を守ってやれるほど、バケモノに対して張り合えるわけではないのだ。むしろ自ら囮になると名乗りをあげ、許可された。第2兵士団隊長というのも考慮されたのだろう。
意識を取り戻した時、集中治療がされている最中であった。激痛に喘ぎながらも治療中にも関わらず、緊急を要することから兵士団統括長への報告を申し出た。
未だ容姿すら分かっていないバケモノの情報とあって、統括長は直ぐに治療室へと参じた。
そこで治療を受けながら夜が明けるまで報告をし、鎮痛剤と止血剤をこれでもかと服用して45歳という兵士としては老体の体に鞭打ち、息子の安否を確認するため、そして誰も知らぬ伝を頼るため、感覚のない手足を動かし黒の館への道を進むのである。
館へはずっと登りが続く。地面を踏みしめる度に鎮痛剤でも抑えられない痛みが続く。
しかしそんな苦しみなど、味わった絶望に比べればなんともなかった。カール=デビッドの瞳には生きるための活力の大半が失われていた。
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5人の捜索隊は無事何事もなく黒の館へと辿り着くことができた。周囲の警戒と、怪我人を連れてだったので倍以上の5時間近く掛かってしまった。8体の像を抜けて鉄扉の前で一同は止まった。
「ここで良い。自分で歩く」
仲間の支えを失い、カールは少しよろめくも鉄扉の正面で片膝をつき、忠誠の姿勢を取った。
その事に他の4人が驚きを隠せないようで、互いに顔を見合わせている。騎士は王国に、兵士は王国と街に忠誠を誓っている。その主は国王と所属する街の領主であり、忠誠を誓う相手はその民を含む街そのものである。兵士は街の一部となり、生者から外される扱いとなるのだ。
この黒の館は街の領地には入っていない。故に忠誠を誓う余地などないはずなのである。
「……ケルディ様。もう40年近く前になりますが、かつて貴殿方に助けていただいた小僧のカールです。再び領地へ踏み入れてしまい、申し訳ありません。しかし、何卒!我らを迎え入れ対談を望ませていただきたい……!」
鉄扉が音も無く開く。重厚な扉なのに、その見た目に反して音が無いのは手入れが行き届いてるが故だ。
中から一人の老執事がやってきた。
「これはこれは……。カールくん。いや、カール殿。随分と珍しい客人だ」
客人、という言葉に受け入れてくれたと感じ取りほっとする。同時に覚えてくれていただいたことに嬉しくもあったが、今はそんな場合ではない。
「既に20名客人来ておられます。うち10名はまだこちらに残っておりますが」
「っ。そうですか」
カールの瞳に、若冠の希望が宿る。
「街へ戻る途中で、10名はバケモノにやられました。他にも戦闘になった兵士も20名居ましたが、生き残ったのは私だけです。迷惑を掛けたかと思います。彼らには私から説得します。それと」
深々と頭を更に下げる。
「ケルディ様の主、メイディ様との謁見をお許しいただきたく思います……!」
「貴方の望みの予想は付きます。それを決められるのは私ではなく主です。我が主のもとへ案内しましょう。もちろん、他の方々もどうぞ」
5人の兵士は黒の館へ迎え入れられた。カールへ若冠の不信感を抱きつつも館へと一同は足を踏み入れるのだった。