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メイディ-ブラッド  作者: 綾
第一章:前編『吸血鬼、再誕』
3/33

02「1/2の選択」

 あの後、気絶した1人と他に9人を居残りと決めて、居残り以外の10人は街へと戻って行った。

 ちなみに紅茶は美味しくいただかれた。気絶した者は熱々のまま無理矢理飲まされた。見るからに蒸気の量が違ったのは気のせいだろう。きっと目を覚ましたときに腫れた唇に悶絶するに違いない、アーメン。


 戻り組は新たに死者が出るかの確認が任務だが、居残り組にももちろん任務がある。それは何故半分を留まらせたのかという理由にも繋がる。あの幼子は自ら、自分を監視しろと言っているのだ。その状況で殺しなぞ出来っこない、その間に死者が出たなら自分ではない誰かがやったのだという証明になる。ようするに、後付けのアリバイを作ろうというわけだ。


「……この肉旨いぞ」

「野菜もうめえ……瑞々しい……甘いっす。野菜なのに甘い」

「野菜なのにってお前……甘いな……」

「肉と野菜一緒に食うと、んぐ。やばいぞ」

「あ、おかわりありがとうございます」


 しかし監視と言っても、これおもてなしされてるだけじゃね?と思っていた真面目な男がおかわりの紅茶を啜った。うまい。


「ここのコックって誰ですか?こんな旨いもの作れるなんて……」


 コックでさえも、バケモノだとでも言うのか。老執事が質問に答える。


「コックの名は、平野錬次と申します。以前はあなた方の街にいらしたと聞いております」


 その名に誰もがギョッとした。

 平野錬次は10年ほど前に失踪してから、全く行方が掴めていない人物だったのだ。宮廷料理人の経験のある彼の腕は良質で、当時はかなり話題になった。その料理の旨さに多くの富裕層が涙したと噂されている。


「それなりに有名な方でしたか。ここの裏では放牧をしていまして、彼はそこの家畜を料理させてくれと突然浸入してきましてね。何度追い払っても来るので、そのまま雇ったのですよ」


 では、平野錬次も今の我々のように捕らわれたのだろうか?


「いえ、今回のは敵意がありましたので。平野様は純粋にこの館で扱っている食材に興味があっただけなので。ある程度丁重に対応させていただきましたよ」


「……なんかすみません」


 すっかり餌付けされているのだった。



 ーーーーーーーーーーーーーー



 では、戻り組はどうなったか。気になるところではあるが、あまり多くは語れない。何故なら、こちらは帰還途中に不幸にもバケモノに相対してしまったのだ。結果は言うまでもないだろう。


 黒の館を出たあと、暫くは紅茶の話で持ちきりだった。あんな旨いものは初めてだ。娘や、妻、友人達にも飲ませてやりたい……飲ませてやりたかった。

 そう、彼らの大切な人たちは既にない。

 バケモノに殺られてしまったからだ。どうにも館の幼子はバケモノではないらしいというのは、皆口にはしなかったが理解していた。ではこの憎しみや悲しみは、いったい何処へ向ければ良いというのか。

 そんな答えのない解答に苦しんでいる時、近くで悲鳴が聞こえた。女性の悲鳴だ。


 彼らはすぐさま悲鳴のした方角へ急行する。尖った枝が肌を刺し、葉によってスパッと鮮血が散るが気にしない。

 近づくにつれて、剣檄の音が聞こえてきた。誰かが戦っているのだ。しかしその答は的を少しばかり外していたことに気付かされる。


 小さな傷を負った10人の視界に飛び込んできたのは人、人、人……の血だった。奇妙なことに、そこら辺にごろごろと転がっていて不思議じゃない死体が一つも見当たらない。

 戦いではなく、殺戮だった。

 その理由は直ぐに明らかになる。


 血飛沫が上がった。

 その渦中にいるのは一人と一体。

 3度交わりあったあとに、耐えきれなくなったソードが砕け散った。得物を無くした人間に、ソードなんかよりも太く、鋭利で頑丈な4本の爪を防ぐ手立てはない。

 振るわれる爪に合わせて後ろに飛び退き避わそうとするも、長いリーチによって左肩から右足の付け根までざっくりと抉られた。

 膝から落ちた戦士に、守られていた女性が駆け寄り、庇うようにバケモノの前に立ち塞がった。


「……動けるか?」


 助けに行くぞ、ではなく疑問系になってしまったのはバケモノの容姿に恐怖と嫌悪感を抱いたからだ。

 体毛は、血によって塊になり、一本一本が直径1センチはあるように見える。もとの毛色が分からないほどに、血で真っ赤に染まっていた。

 腕から生えた4本の爪だけが、銀色に鈍く輝いている。おそらくソードによって血が削り取られたからだろう。しかし傷は一切見受けられない。

 目も口も耳も、血を充分に吸って重くなった体毛によって隠されていて見ることが出来ない。

 そこにいるのは全長3mの、血の色をした毛むくじゃらで爪を持ったバケモノだった。


「行くしかないだろう」


 10人は戦士として、守るという義務感によって己を鼓舞しなんとか足を動かした。

 ソードを持つ手が震える。寒気もしてきた。この先に待ち受ける死を想像して手先の感覚が無くなり、何度もその手てにソードが握られていることを確認する。


「包囲!」


 何度も演習でやってきたように、二人が銃によってバケモノを牽制する。その間に他が走り抜ける。


 全部で12発放たれた銃弾は、そのすべてが爪によって弾かれるか裂かれるかして宙に放物線を描いて落ちていく。

 その間に包囲が完成した。


「構えろ!」


 残りの8人も銃を構える。戦士に一人一丁配備される標準的な銃だ。特別威力が高かったり、精度が良いわけではないが、人を殺すには十分な銃。


「撃てえええ!!」


 射線上に重ならないように配置した10人の銃から銃弾の嵐が炸裂した。3mという巨体なので特に狙いを定めなくても何処かしらに当たるのは不幸中の幸いだった。震えた手元では精密な射撃など出来やしない。


 銃による攻撃に対してバケモノが行ったのは、顔に向かってくる弾丸だけを弾くことだけだった。致命傷だけを避け、あとの弾丸は体に当たるが貫くようなことにはならず、人とは比べ物にならない筋肉の密度によってどれも表面で止まっていた。


 銃弾の嵐の中、女性を守っていた満身創痍の戦士が、バケモノへと迫る。手には砕けたソードではなく、仲間のソードが2本握られている。


「うち続けろおおおお!!!」


 誤射を避け、引き金を引く手を止めようとしたがバケモノへ向かう戦士の声のままに撃ち続けた。

 2発の弾丸が戦士の体に突き刺さる。右脇腹と、左足を貫通していくが引っ張られるようにして前へ進む。


「っくそ、たれええーー」


 ソードを振りかざすが、それが振るわれるよりもバケモノの爪のほうが速かった。


 左から右へ振るわれた右腕はメキメキという音を立たせながら戦士をぶっ飛ばした。

 20mはぶっ飛び、1本の木をへし折ってようやく止まった。


 ガキン、と嫌な音がした。弾が尽きたのだ。

 攻撃が止んだ後は、殺戮の始まりだ。ゆらりとバケモノの影が揺らぐ。戦士の首が2つ飛んだ。

 ソードで対抗するも高速で振るわれる爪の前では木の枝同然だった。容易く砕け、ついでに首が飛ぶ。


 女性は、救援に駆けつけた戦士10人が現れた時、ほんの少し希望の色を覗かせていたが、1分と経たずに絶望へと再び塗り替えられた。


 新たに首がない戦士が10量産され、グチ、グチュッとバケモノに咀嚼されていく。銃弾の傷跡はボコッボゴオと収縮と膨張を繰り返し再生し、より強固な筋肉へと変わっていく。


 遺されたのは女性一人。

 バケモノは女性の正面に立つと曇った、ガラガラに嗄れた声で言った。


「 こいつらにも 飽きてきた。 味が単調 すぎる。だから、一つ ゲーム をしよう。なぁに、 簡単さーー」


 3.5mにまで成長した体に、女性は飲み込まれた。


 館からの帰還途中にあった10人と、周辺の戦士計30人が10分の間にバケモノの胃袋へと、栄養として取り込まれた。

 その場に残ったのは血と、鎧と剣だけだった。

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